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第7話

 強化週間一日目。早速嫌な予感は的中していた。


「リリカ、遅いですよ」

「うぅ……ごめんなさい……」


 謝っておくが、作業が遅くなるのも仕方のないことだった。私とベイタの間にはネズミの死骸の山と壺があった。


 強化週間、最初の依頼が薬草採取だと聞いて浮かれていた私が馬鹿だった。この四人がわざわざ強化週間と銘打ったのに、優しい依頼を選ぶわけがなかったのだ。

 狙う薬草はゲオルギ草。ゲオルギネズミというネズミの体内で酵素と反応し、胃腸薬の原料になる薬草、らしい。

 その採取方法はゲオルギネズミの腹を裂いて直接取り出す。なのでさっきからずっと、ネズミの腹をナイフで裂いてはドロッとした薬草と取り出し、また次のネズミの腹を裂く。その繰り返しであった。


 ずっと続けていれば作業も遅くなる。気分的に参ってしまうのだ。


 唯一、薬草の臭いで血の臭いがわからないのが救いだった。それもあまり嗅ぎたい臭いではないのだが。


 強化週間というので戦闘力だと思ったらまさかの精神面での強化だった。


「ちなみに、前にリリカがコボルトの肉にあたった時に飲んだ薬もこれが原料ですよ」

「さいですか……」


 虫が原料になっている着色料も一時期話題になった。今更、飲んだ薬の原料でどうのこうのと騒ぐ気はなかった。その元気が残ってない、のが本当の理由だが。


 また一体、薬草を取り終え、ゲオルギネズミを捕らえている穴に向かう。

 土属性の魔力を持っているベイタによって掘られた深い穴。その中で何十体ものゲオルギネズミがチューチューと重なり合うように蠢いていた。

 その光景に吐き気を覚えたのは最初だけ。今では無心になって、釣り針を付けただけの糸でゲオルギネズミを引っかけ、薬草を取り出す作業をしている。


「ねぇ……あの鳴き声はどうにかならないの?」


 今取ったゲオルギネズミの腹を裂きながら聞く。


「殺してもいいんですが……鮮度が落ちますから」

「鮮度……。まさかこのネズミの肉も食べるの?」


 コボルトの時の記憶が蘇る。

 それほど美味しくもない肉を食べて腹を下すだなんて、私にとってプラスの要素が何一つなかった思い出である。


「ゲオルギネズミの肉はそこそこ人気がありますから換金対象です。自分達では食べないですね。薬草の味が染み込んでいるのでクセになりますよ。お腹も壊しませんし」

「……へー。じゃあコボルトは?」

「不味いので買い取ってくれません」

「やっぱり不味いんじゃん……」


 なぜ食べさせたのか。ああいうのも食べなければならない状況もある、という勉強のためか。そうだとしてもどこか釈然としない。


 そんな話をしながらも、ベイタは慣れた手つきでゲオルギネズミを捌いていく。

 やはり無心になるのがコツなのだろうか。しかし無心になろうとすればするほど、穴の底から聞こえて来るゲオルギネズミ達の声がハッキリ聞こえて来る。


「おぉ……! これは今までで一番精神的に来るかもしれない……!」

「ここまで出来たってことはリリカならいずれ慣れますよ」

「くぅ! 簡単に言ってくれる……!」

「ちなみに船長とヒストリアは絶対にこの依頼は引き受けません」


 ちょっと意外だ。ヒストリアはともかくあの船長にもかわいい所があったのか。むしろああいう人こそ、とも言えるか。


 そしてミニッツについても想像通りだ。

 彼は魔法の練習の時も容赦がない。愛らしい姿で笑顔を浮かべながら毒を吐くタイプの人物だ。ゲオルギネズミに対しても淡々と捌いていくだろう。

 なんてことを言ってもこうして私も作業を続けているのだからミニッツと同じか。かわいい見た目も含めて。


「もうすぐ終わるので、リリカは休憩していいですよ。後は私がやっておきます」

「そう? ならお言葉に甘えちゃおうかな」


 近くに小川が流れているとのことで、そこに向かうことにする。

 ナイフや手についた血も落としたいし、冷たい水で顔を洗ってサッパリしたかった。


 ベイタの言っていた小川はすぐに見つかった。

 日光を遮る木々がなくてよく差し込み、川面がそれを反射してキラキラと輝いていた。手を洗ってナイフの血を落とし、顔をサッパリさせると柔らかに吹く風が心地良い。寝っ転がれば、木の葉の擦れ合う音が耳に気持ち良くて眠ってしまいそうだった。


「あぁ……癒やされる……」


 靴を脱いで足を浸していると、ささくれ立った心が修復されていくような気持ちだ。

 本当に眠ってしまおうか。きっと作業を終わらせたベイタが起こしに来てくれるだろう。


 目を閉じて深呼吸する。


 そのままどれくらいの時間が経っただろうか。実はそれほど経っていないのかもしれない。眠ってはいなかったがなにも考えずにボーッとしていると、時間の流れもあやふやになってしまう。

 私の耳元でフンフンと言う何かの音が聞こえた。それと同時に耳に感じる柔らかい感触。まさかベイタではあるまい。

 いつまでも続けていい加減鬱陶しくなったので目を開けると、そこには額から長い角を生やした真っ白のウサギが居た。


「か、かわいい~!」


 角がちょっと恐ろしいが、つぶらな瞳でこちらを見つめてくるその仕草は愛玩動物のそれである。かわいくないはずがなかった。


「ちょっとだけでいいから……触らせて! ね!」


 抱き上げようとしてもその手を躱されてしまう。

 それでも逃げだそうとしないから私も諦められない。


「よ! ほ! お願いだから大人しく……!」


 こちらの言葉が通じるわけもなく、私とそのウサギの攻防は続いた。しかしそんな時間すら癒やしタイムである。


「いたっ!」


 ついにウサギも嫌になったのか角で反撃されてしまった。

 しかしそれも指先を少し突っつかれただけのかわいらしい物。ちょっとだけ血が出るがすぐに止まる。


 ここまで嫌がるのであれば諦めるしかない。

 野生動物はペットショップで売られているような動物とは違うのだ。


 ウサギと遊んでいる間に結構な時間が経った。そろそろベイタの方も終わった頃合いだろう。


「ちょっと……どうして付いて来るの?」


 立ち上がって去ろうとする私の後ろをウサギが付いて来ているのだ。

 まさか懐かれた、と思って手を伸ばすと、それは避けられる。


 いったいこのウサギは何を思って私の後ろを付いて来ているのだろうか。そしてそのままウサギが離れることなくベイタの下まで戻る。


 薬草の入った壺は蓋が閉められヒモで締められている。ゲオルギネズミも袋に入れられていた。


「あはは……。なんか懐かれちゃったよ」


 嬉しいような、それでも触らせてくれなくて悲しいようなそんな気持ちだ。

 しかしベイタはあちゃーとでも言いたげな表情をしている。初めて見る表情だった。

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