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第64話

「お疲れ様です、奏汰さん。軍人さんに任せちゃいましたが変な事はされてませんか?」

「ああ。変な気付けを飲まされたくらいだよ。シズキちゃんは……」


 と、言いかけて、寝ているシズキちゃんに気づいて静かに腰を下ろした。


「凜々花ちゃんの方に二人くらい逃げてかなかった? ゴメンね」

「いえ、気にしなくていいですよ」


 もう少し逃げてましたよ、なんて言葉は引っ込める。

 その代わりと言ってはなんだが、私が作戦外の行動をしたことを報告しておく。


「……魔力は大丈夫だったの?」


 倒れていた奏汰さんが言うことか、とも思ったがそんな悪戯心はやはり引っ込める。

 この人なら本気になって気にしそうだ。


「このペンダントなんですけど、実はダンジョンの奥で見つけた物なんです。魔力を蓄える性質があるみたいで、依頼が始まる前に船長達に溜めてもらったんで余裕があるんですよ。このペンダントがある時に限っては、私もそれなりに魔力は持ってますよ」


 このペンダントに魔力を溜めている限り、私に魔力切れの心配は無い。

 今回もこれのお陰で魔力を節約できたから二枚目を張ったのであって、もしも最初からペンダントに魔力が溜まってなければ二枚目の壁は到底不可能であった。


 今はもうすっかり黒ずんでいるペンダント。帰ったらまた魔力を溜めなければ。


 そう言えば、魔力が極端に少ないお兄ちゃんはこのペンダントを相当羨ましがるだろう。どれだけ少ないかはわからないが、後先考えないお兄ちゃんが今後も魔力不足で倒れる可能性を考えると、譲るのもやぶさかではない。

 ただ、これで安易に魔力の心配が無くなるのもそれはそれでお兄ちゃんのためにならない気がするので、秘密にしておくよう奏汰さんには頼んでおく。


 長々と説明している間にすっかり盗賊達も連れて行かれ、少し見ぬ間に砦はすっかり綺麗になっていた。人が居なくなったせいでむしろ廃墟感が増しているが、元々廃墟なのでそこは仕方ない。


 兵士が来て、


「締めて四十三人。引き取りました。今なら町へ送っていけるがどうする?」


 奏汰さんと顔を見合わせる。


「まだ寝てる奴が居るんで今日はここで休んでからにします」

「了解。盗賊達が蓄えていた食料や飲み水は君達の分も残していくよ。大丈夫だとは思うが魔物には十分気をつけて」

「はい。ありがとうございました」

「いやこちらこそ。盗賊を捕まえてくれてありがとう」


 こうも直接お礼を言われると気恥ずかしいものだ。

 しかしまだ二つアジトは残っていて、どこか漂っていたやりきった感をなんとか追っ払う。


 一先ずは奏汰さんの号令で夜の準備をすることになる。とは言えシズキちゃんは寝かしたままだが。


 兵士の言っていた通り、盗賊が溜め込んでいた食料は一カ所にまとめられていて、昨日の見張り場所に残っていた物よりも豪勢である。


「これならもっと美味しいスープが作れますね」


 と、自分で言っていてレパートリーの無さに泣きたくなる。


 鍋に水を入れて食材を切って煮込むだけの簡単料理なのだからしょうがない。追々、ヒストリア辺りに習うのがいいだろうか。


 どちらかと言えば料理それ自体よりも火起こしの方が大変だった。シズキちゃんをこのためだけに起こすのも忍びなく、私と奏汰さんで木を擦り続けていた。ヒストリアもシズキちゃんも、火属性のありがたみをひしひしと感じられる作業だ。


 私が鍋の様子を見ている間に奏汰さんが服と毛布を洗濯してくれて、ちょうど起きたシズキちゃんに乾かしてもらっていた。それが終わると今度は交代して、私とシズキちゃんの服を洗う。

 大して動いてはいないが連日着続けていたのでありがたい。


 すべての準備が終わる頃にはすっかり夕暮れで、太陽もどんどん沈んでいく。スープとパンを食べ終える頃にはとっぷり暮れていて、ようやくお兄ちゃんが起きた。

 最初にシズキちゃんが気づき、奏汰さんに言われたバケツの水を引っかけられる。可哀想な気もするが冗談みたいな物だろう。


「ホント……愛されてるよ」


 シズキちゃんは食べ物を渡したり飲み物を渡したり、甲斐甲斐しく世話をしている。血を分けた兄妹である私ですらあそこまで世話をする気は無い。

 すべてを忘れてしまったのにお兄ちゃんだけは信用できると言い切るシズキちゃん。そこにはどれほどの愛があるのか。

 流石に年齢差があるので恋愛ではなく親愛だと私の気持ちも穏やかだ。


「でも大人になれば気にならない? そもそもそんなにこっちの世界に居ないか……」


 我ながら馬鹿なことを考えるものだ。


 絶好調にはほど遠い様子でお兄ちゃんは火の近くに来る。


「お兄ちゃん大丈夫?」

「ちょっとキツいかもな」

「まぁ、腹いっぱい食えば回復するだろ」


 私も奏汰さんもそれほど心配していない。シズキちゃんにも、ちゃんと休めば回復すると伝えているので、目一杯世話をしてそれで十分だ。


「これね、このアジトにあった食料なんだけど私達だけで使っていいって。太っ腹だよね」

「誰がそんなこと言ったんだ?」

「盗賊を引き取りに来た軍の人。一から説明いる?」

「……一応」


 お兄ちゃんの呼んだ軍が盗賊を引き取りに来て、好意で食料を譲ってもらったこと。それを簡単に話して少し内容は遡る。


「驚いたよ。盗賊全員倒してお前の方を見たら倒れてるんだもんな」

「ホントホント。結構な人数逃げて来たなぁ、なんて思ったらお兄ちゃん気絶してるんだもん」


 奏汰さんにも自分の体を大事にしろと言ってやりたいが、身内ではないので遠慮してしまう。

そうなると私とシズキちゃんの身内であるお兄ちゃんにばかり非難が集中するが、耐えてもらうしかない。

 きっと奏汰さんであれば敵陣ど真ん中で気絶することの危険さはちゃんと理解しているだろう。


「まぁ、無事に終わってよかったな」

「なに言ってるんだか……」


 私の声は聞こえなかったのか聞かなかったのか。

 どちらにせよ、やれやれといった様子。


「俺が倒れてたって多分、魔力の使い過ぎだよな? どんな風に倒れてた?」


 問われた奏汰さんは遠慮がちに、


「お前が倒れた時っても俺だって戦ってたからな……。二、三人にボコボコにされてたから助けたけど、そいつらが刃物持ってなくてよかったな」


 ハッキリと答えた。

 その光景を想像するとちょっと面白いが笑い事ではない。


 血の気の差した顔から再び血の気が引くお兄ちゃん。


「私達の方にも何人か逃げて来てね。大変だったよ」

「ん? 凜々花とシズキは一緒に居る作戦だったか?」

「一人にするのも心配だったから氷の壁をもう一つ作りました」


 この流れが無ければ話すのを忘れていたと思うが、これはもう本当に褒めてほしい。魔力の無いお兄ちゃんにはできないことで、魔力不足で気絶したお兄ちゃんよりも私の方が頼りになるんじゃないか。もしかしたらそんなことをシズキちゃんが思ってくれているかもしれない。

 それは無いとわかりつつ、そんな変な考えは横に置いておくとして。


 我ながらいい仕事をしたのではないだろうか。船長達は多分、大して褒めてくれないだろうからこの機会に褒め言葉をもらいたいのだが、お兄ちゃんは悔しそうな顔をするばかり。


「じゃあシズキも戦ったんだな?」


 そして挙げ句には話題を逸らすときたもんだ。


「うん。まぁ、そんなに大変な相手じゃなかったよ」


 同じく褒めて欲しそうなシズキちゃんの頭は撫でるのにどうして私の頭は撫でないのか。まぁ、そんな物より「すごい! 流石だぜ凜々花!」の言葉が欲しいのだが。

 やっぱ無し。お兄ちゃんがそうストレートに褒める姿が思い浮かばない。


「どの順番で見張りする?」


 そんなこんなで話も一段落し、そろそろ休まねばならない。そんなことを考えたわけでは無いだろうが照れ隠しにお兄ちゃんが尋ね、


「片方の塔は壊れかけてたがもう片方はちゃんと残っていてな、ベッドもあった」

「毛布もちゃんと洗ってシズキちゃんの炎で乾かしました」

「だから今日は安心して寝られるよ」

「おぉ……。おぉ、そうか……」


 もう一つの褒めポイントを投下するがやはりお兄ちゃんはなにも言わない。


 お兄ちゃんの人柄は知っているのでわかりきっていたことか。諦めて久しぶりのベッドで眠ることにする。

 砦であることがこう役に立つとは思わなかったが、塔の中で扉を塞いでしまえば魔物が入って来ることはない。硬いベッドでも地面よりはマシ。


 五秒と経たずに、眠りの中へ落ちて行った。

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