第62話
「あー……緊張するなぁ……」
最初に言われた通り、奏汰さんの立てた作戦は私とシズキちゃんにとって厳しい作戦であった。しかしそれ自体は謝られたし、今更蒸し返すことでもない。
緊張の原因は偏に、盗賊を逃がすかどうかが私達の腕にかかっているということだ。
シズキちゃんの腕は心配していない。相当量の魔力を持っているし、それを扱う腕についても私より一日の長がある。問題は私だ。
作戦は簡単で、盗賊達が逃げられないように壁を作ってしまえ。というだけだ。私とシズキちゃんで一面ずつ。そして残った二面は私とシズキちゃんが移動して、盗賊が逃げて来ないかを監視する作戦だ。
壁を二枚作らなくて済むのは結構だが、私は一人、作るべき壁の大きさを想像して辟易してた。
「広いよぉ……もう……」
愚痴ばっかり言っても仕方ないのだが、役目を放り出すこともできないのだから愚痴くらいは許して欲しい。
お兄ちゃん曰く砦は長方形に近い形をしていて、長辺に当たる部分をシズキちゃんが担当してくれた。それ比べたら私の担当分は小さいのだが、それでも今までで最大規模の魔法を使わなければならない。
「確か巨大な魔法を使う時はちゃんと結果をイメージすること。そして使う魔力の量をちゃんと定めること」
魔法を使う時には無理をしないこと、とミニッツに教えられていて、依頼で戦っている時も大した魔法は使わせてくれない。それでも心構えくらいは教えてもらっていた。
魔力不足で倒れたくもないので真剣にもなる。
しかし私に限っては、それほど心配は必要ないと思う。
胸元のペンダントは僅かに淡い水色が見られる。確かダンジョンにあったときは別の色だった気もするが、恐らく気のせいだろう。
昨日の夜やここに来るまでの道中に魔力を込めていた。ここから引き出せば倒れるなんてことはないはずだ。
集中すればどれくらいの魔力が溜まっているかもなんとなくわかってきた。今溜まっている分を使えば壁の一枚くらいは容易い。
合図はシズキちゃんが炎の壁を生み出した時なので、それに合わせてすぐに壁を生み出せるようにしっかりとイメージをする。盗賊を逃がさないための壁なので薄っぺらい物ではダメだ。厚く、簡単に乗り越えられないほどに高く。
「ふぅ……」
息を吐き、目を瞑り、周囲の魔力の流れだけで世界を見る。
「……来たね!」
離れた場所で魔力が渦巻くのを感じる。途端にそれは広がると巨大な壁へと変わった。
目は閉じたままだが直接見ずとも感じられる。
同時に私も準備していた魔法を発動させる。生み出す壁の大きさはイメージできている。それに必要な魔力をペンダントから引き出し、自分の体を経由して腕の先から放つ。シズキちゃんほどスムーズに壁ができたわけではないが、それこそ空気が凍りつくように左右へ広がっていった。
「よっしよしよし。私にもできた!」
砦の端から端まで見渡せる位置に居たが、それがスッポリ収まるくらいの壁ができあがっていた。
厚さは近くで見なければわからないが手応えは十分。高さは私の頭を越える程度で簡単には乗り越えられない。
そしてシズキちゃんが生み出した炎の壁もちゃんと見えた。
私の身長なんて目じゃない。見上げなければ天辺が見えないほどの高さがある壁が、轟々と燃え盛っているのだ。離れたここにも熱気が届いて来そうなほど。
しかし見とれている暇も落ち込む暇も無い。早く移動して盗賊が逃げないように――
「中に入れないじゃん!?」
壁を作ってから気づいた。どうして自分と砦の間に壁を作ってしまったのか。作るなら砦に背を向け、自分ごと閉じ込めるようにして壁を作らなければ閉め出されてしまうではないか。
と、頭が真っ白になってすぐ、回り込めばいいことに気づく。
「自分でも意外と焦ってるみたい……」
中に入る前にシズキちゃんの壁との繋ぎ目を確認すべく走りながら、深呼吸を繰り返す。
氷壁を生み出す前も後ももっと落ち着かなければならない。
繋ぎ目は、シズキちゃんの壁がせり出すようにできていたので隙間らしい隙間は無かった。近くに寄ると、直接触ってもいないのに焼かれそうなほどの熱気に襲われる。
今度は反対側へ身体強化の魔法を使って駆ける。
これから目指す場所はお兄ちゃんが待機していた場所で、私はお兄ちゃんに代わって逃げる盗賊を見張るのだ。
すぐに逃げ出す奴が居るとは思えないが急ぐに越したことは無い。幸いにも私自身の魔力はまだ十分残っている。
そして位置に着く。全体が見渡せるように少し離れる。
もっと下がると森に入ってしまい、そこに逃げ込まれては追うのも大変だしなにより魔物に襲われかねない。
中間辺りに腰を下ろす。
「シズキちゃん、大丈夫かなぁ……」
あれだけの壁を生み出したのだ。魔力がちゃんと残っているか心配だ。しかし本人の口から、砦すべてを丸ごと焼き払えるくらいの魔法は使えると聞いているので、壁を作るくらいは無茶じゃないのかもしれない。
魔力とは別に、単純に小さな子を一人にさせるのが心配だったのだ。お兄ちゃんもそこは気を揉んでいた。
最終的には本人の「いざとなったら戦えるから大丈夫だよ」との言葉によって四方に分かれることが決まったが、それで心配の種が無くなるかと言えば、答えは否である。
「行く? 行っちゃいますか!」
自分に聞き、自分で答えを出す。
私の仕事は盗賊を逃がさないようにすること。逃がしさえしなければいいのだ。幸いにも私自身の魔力はまだ十分残っている。
今章も佳境に入りました。
是非とも応援よろしくお願いいたします。