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第58話

 心配で少し様子を窺うが、お兄ちゃんの悲鳴も戦闘音も聞こえない。

 気を抜いて腰を下ろした奏汰さんと一緒に、扉の近くに待機する。シズキちゃんはしばらく名残惜しそうに扉の中を覗いていたが、すぐに私の隣に座った。


「有樹はこっちの世界ではどんな様子だった? 冒険者としても上手くやれてるかな」

「大丈夫だよ。危なっかしい所もあるけど魔物にも簡単にやられないし」


 シズキちゃんは少し自慢気で、胸を張っているような様子も見られる。


 対する私は喉が渇いていて水筒を傾けており、少し経ってまた水を飲む。


 まさか私の方が緊張しているのだろうか。なんだか落ち着かない。シズキちゃんもこんな感じでお兄ちゃんのことが心配なのかな、なんて思うが、そのシズキちゃんは笑いながら奏汰さんと話している。

 信頼しているのか、それともお兄ちゃんのことなんてどうでもいいのか。まさか後者であるはずがない。


 これは私も腹を括るしかないか。


 お兄ちゃんがどれだけ戦えるかは知らないが少なくとも私よりは強いはず。そしてお兄ちゃんの実力をよく知っているであろう奏汰さんが落ち着いているのだから大丈夫なのだろう。


「シズキちゃんはお風呂とか……あと服とか、どうしてるの? お兄ちゃんに変な事されてないといいんだけど……」

「変な事?」

「わからないならそれでいいよ!」


 緊張を解すための世間話だったが、奏汰さんが少し離れたのでこの隙に聞きにくかったことを尋ねる。

 お兄ちゃんがそんな人じゃないと信じているものの、一応確認はしとかないといけないが、どうやら杞憂だったようだ。


 しかしシズキちゃんの服は可愛くないか。私もそれなりの物を見立ててもらったが、シズキちゃんはまるでお人形のようで、これをお兄ちゃんが仕立てたのだとしたら別の意味で心配になる。お兄ちゃんに着せ替え人形の趣味は無かったはずだが。


 尋ねると、


「これを頼んだのはシルヴィアだからよくわかんない」


 シルヴィアとは確か、お兄ちゃんのガントレットを開発した人だ。


「頼んだ……お店に?」

「うん」

「オートクチュール!?」


 対する私の服は古着屋さん。最初に買ったのは新品だが、その後に買ったのは自分のお小遣いということもあって安く済ませた。

 それなりの仕立てだとは思うが特注品には敵わない。


 私の様子にも気づかずシズキちゃんはキョトンとしている。それがすごく可愛い。


「でも……全部が全部特注品じゃないよね?」

「うん。これは依頼の時とかに着る用だよ」


 冒険者の受ける依頼なんて泥にまみれて魔物に襲われるそんな汚く危ない仕事ばかり。シズキちゃんが居るのだからお兄ちゃんも依頼は選ぶだろうが、それでも基本的にはそんな依頼ばかりだろう。


 それなのにシズキちゃんの服は町を歩いていても違和感は無い。

 町中にも冒険者は居るのでそりゃあ違和感は無いが、例えば日本の町中だったとしても十分に通用するレベルの可愛らしさである。


 聞いてみると、ちゃんと魔法をかけて強度は上げてあるらしい。他にも魔法の補助をしているとかなんとか。見た目も可愛いのに、そこら辺の服に負けない機能を持っている。

 特注品なのでそこもバッチリなのだろう。


 値段を想像して、笑顔の裏で汗をかく。


「お兄ちゃんから……大事にされてるんだねぇ……」


 私はここまで色々と世話を焼いてもらった記憶は無いが、シズキちゃんとは事情が違うので致し方ない。私がシズキちゃんくらいの歳の時はお兄ちゃんも子供だった。

 今更世話を焼いてもらう必要も無いが、一抹の寂しさもある。

 それを自覚するとなんだか恥ずかしいので、シズキちゃんの頭を撫でて誤魔化す。これなら赤くなった顔を見られることも無い。


「リリカちゃんも、一緒に居た人達から大事にされてるんじゃないの?」

「……よくわかるね?」

「わかるよ」


 まさか船長達から大事にされていないとは思ってない。


 冒険者としてのイロハを教えてくれるし、こちらの世界の常識も教えてくれる。一人でマンドレイクを採りに行かされるが、私にできない依頼ではなかった。晩ご飯の時も事あるごとに食べさせようとしてくる。


 お兄ちゃんがシズキちゃんを大事にするのは、それこそ傷つかないように守っている。

 しかし船長達が私を大事にする方法は、傷つかないようにするのではなく、傷ついても大丈夫なように育ててくれているのだ。


 言葉にするとなんだか素っ気ないが、どちらも愛情が元にあるのはわかっていてどちらが良いとかいう話でも無い。


 シズキちゃんが船長達と相対した時間はそれほど多くないが、それでもわかるのか。


「でもそればかりじゃ申し訳ないからね。せめて魔法をもっと上手く使えるようにはなりたいな……」


 そうすればミニッツに教えてもらう時間も減って負担も減る。依頼の時も私ができることが増えて戦略の幅も広がる。


 そこら辺の小石をちょちょいと凍らせてみるが、これで上達するとも思えなかった。


「私が教えてあげよっか?」

「……いいの?」

「任せて!」


 まさかこんな小さい子に教師ができるとも思えないが、少なくとも私より魔法の腕は上。

 そしてお兄ちゃんが戻って来るまでの暇潰しにもなる。


 一つ咳払いをして表情を改めたシズキちゃんは、すぐ目の前の地面に手を向けた。

 魔法陣が浮かび上がるほどではないが魔力の流れを感じ、見ると、小さな炎の人形が現れてぴょこぴょこと動いていた。


「おー……」


 戦闘には使えないが、これが簡単でないことはわかる。


「魔法はイメージが大切でしょ? こうやって細かい動きをさせることで魔法を使うためのイメージ、って奴の練習をするんだって」

「よく知ってるね」

「うん。お母さんが……教えて、くれたんだ……」


 不意に言葉を詰まらせたシズキちゃんが心配になって顔を覗き込むと、瞳を潤ませてどこか遠くを見ているようだった。


 忘れかけていたがそう言えばシズキちゃんは記憶喪失だった。それを考えるとこの練習方法もよく覚えていたものだ。もしかしたら今、思い出したのかもしれない。


「……なにか思い出したの?」

「うん……。私もこうやって練習したんだ」


 なにを思い出したのかまでは話してくれないが、それは私が気軽に聞くようなことでもないのでそれ以上はなにも聞かない。

 シズキちゃんの声音も元気を装っているようで、気持ちを切り替えようとしているので尚更聞くことはできなかった。


 気を取り直して私も魔法の練習をする。


 シズキちゃんの魔法を参考に、私も氷の人形を生み出すべくイメージしてみるが時間をかけて出来上がったのは氷の塊がいくつかくっついたような不細工な人形だった。手足はあるが、ずんぐりむっくりしていて人形と言うよりは雪だるまに近い。


「それを今度は動かしてみて」


 ミニッツに教わったのは魔法で攻撃することだけ。


 攻撃に微細な模様や華美な装飾はいらないので、氷の塊とそれをどうやってぶつけるかの単純なイメージの練習しかしてなかったのだ。

 なので人形を操ることはおろか、そこら辺の氷を私の支配下に置くようなそういう練習はしていない。


 とりあえず手で触れて魔力を流してみるが、変化は無い。


「氷を動かすんじゃなくて、氷に流した魔力を動かすんだよ。あくまで私達が操れるのは魔力なんだから」

「うん……わかった……!」


 今さっきは魔力を流して「動け動け」と念じていただけだが、シズキちゃんの言葉を受けてやり方を変えてみる。


 まずは魔力を流して氷の中を満たす。そしてその魔力を動かす。

 最初はピクリとも動かないし、私の体から力が抜けていくだけだ。しかし力が抜けるということは魔力も抜けているということ。方向性は間違っていないと信じる。

 体の中を巡る魔力が手を通して氷の人形に溜まっていく。そして人形の中で魔力が巡り始める。その流れを動かすようにして人形自体を動かす。


 次第に視野が狭まっていくような気がして、もう人形しか目に入っていなかった。そしてその人形も表面のみならず、奥に溜まっている魔力からその流れまですべてが透けて見えるようなそんな感覚に陥る。

 やがて、私がイメージした通りに魔力の流れが変化した。


「動いた!」

「動いた!?」


 シズキちゃんが叫ぶのと同時にフッと私の視界も元に戻り、水中から上がった時のように空気を求めて荒く吸い、吐き出す。


 私達の叫びと同時に聞こえたカシャンという音はなんの音だったか。

 見ると、氷の人形が転がっているのは変わらないがポーズが変わっているような気がした。

 ほんの僅かでも動かせたのだろうか。


「これ……成功、かな?」

「うん。少しだけどちゃんと動いてたよ」

「……うん。よかったぁ」


 ドッと疲れが押し寄せるが、それは心地良い疲れだ。爽快感と達成感とセットになっているような気持ちのいい疲れ。

 大の字に地面に寝転がってしまうが、すぐに起き上がる。


「今の感覚を忘れないうちに!」


 なんだかオーガから逃げていた時と似た感覚だった。ランナーズハイにも似ていた感覚で、思い出そうとして思い出せる感覚ではない。

 しかし不可能では無いのだ。


 集中し、魔力を流す。


 今度はちゃんと呼吸をしながら、視界が狭まるようなことは無かったがピクピクと人形が動こうとはしていた。


「……後は反復練習だね」

「今日教えてこれだけできるのもすごいことだよ!」

「うん。ありがと」


 本音を言えばもっと練習したいが、盗賊が逃げて来る可能性もあって、魔物に襲われる可能性もあるのだ。魔力を使い果たすわけにはいかない。


 念のため、シズキちゃんに頼んでペンダントに魔力を込めてもらう。


 見ると、私達が魔法の練習をしていたように奏汰さんもランダムードを振るって剣の練習をしていた。


 目が合い、手招きで呼び寄せられる。


「ちょっと様子を見て来ようと思うけど……」


 どうやら、お兄ちゃんが中々戻って来ないのを心配したようだ。

 正直、私は魔法の練習に熱中していてすっかりお兄ちゃんのことを忘れてしまっていた。


「確かにちょっと遅いですよね」

「カナタだけで平気なの?」

「戦う必要が出てきたらすぐに戻って来ようと思ってるから大丈夫だと思う。これまで俺達も魔物に襲われて無いから心配する必要無いと思うけど、二人も気をつけてくれよ」

「はい。大丈夫です」


 なにが起きているかわからないから自分一人で様子を見に行くと言う。


 三人連れ立ってこの階段を下りるのもそれはそれで危ないだろうし、シズキちゃんをお供に付いて行かせるのもどうだろう。なら地上に一人残すのもどうかと言えば却下である。

 お兄ちゃんが簡単にやられるとも思えないので、様子を見に行くだけなら奏汰さんだけで十分だろう。


 さっきまで振るっていたランダムードを腰に差し直し、開いている扉から階段の奥を伺う。

 中々足を踏み入れず、なんだか表情も険しくなっていた。


「……どうかしました?」


 返答はジェスチャーだった。


 少し離れろ、とでも言いたげな手の動きに、シズキちゃんを連れて扉から離れる。隠れられればいいのだが生憎とそんな場所は無い。


 そのジェスチャーの意味。そして奏汰さんが剣を構えた意味がわからない私では無い。

 さりげなく前に出てシズキちゃんを庇う。


 体感では一時間にも匹敵しそうな時間が流れ、奏汰さんの表情が一層険しくなった次の瞬間、地面の下から二人の盗賊が顔を出した。


「――待て! なんだお前……!」


 片方が奏汰さんに気づいた。

 気づかなかった方を奏汰さんは突き飛ばし、次の瞬間には盗賊の出した注意の声は悲鳴に変わる。


 奏汰さんの動きに一片の迷いも無く、そしてランダムードの一閃は盗賊の肉、骨をまるで無い物とでもするように鮮やかに切り落とした。


「危ない!」


 突き飛ばされた盗賊が状況を察して起き上がろうとしていた。奏汰さんはランダムードを振り抜いたままそちらへ背中を向けている。

 魔剣という最高峰の武器を持っている奏汰さん。対する盗賊に一撃必殺の武器は無いだろうが、それでも思わず声に出ていた。


 それと同時に私の中にある魔力はスムーズに魔法へと変わる。


 さっきまで魔法の練習をしていたお陰で魔法を発動する心構えができていた。なので瞬時に盗賊の方へ手を向け、魔法を発動させる。


「くそ……!」


 盗賊が悪態吐くのと、盗賊が地面に凍りつくのと、奏汰さんが振り返るのは同時だった。


「流石だ」

「これくらいお茶の子さいさいですよ」


 急に盗賊が現れ、急に戦闘が始まり、その時はどうなるかと思ったがなんとか無事に終わった。


 息を吐き出し、体から力を抜く。


 氷で地面に貼り付けられた方の盗賊は近付いた奏汰さんに何事か叫んでいて、奏汰さんはそれに呆れているような様子だ。

 その間に私とシズキちゃんは階段の奥から更に盗賊が現れないか警戒する。


 足を切り落とされた盗賊が目に入ってしまい、一瞬クラリと目眩のような感覚に襲われる。


「どうかした?」

「なんでも無いよ」


 上手くシズキちゃんの視界から盗賊を隠す。


 血の気が引くとはこのことなのか。オーガやゴブリンといった人型の魔物とは違う、私と同じ人の傷ついた姿。目に入れるには心の準備が必要だ。

 バレないように小さく深呼吸をする。


「奏汰さん、どうかしましたか?」


 これ以上敵は現れなさそうなので、妙に不穏な空気の漂っている奏汰さんの下に行く。

 私の顔色を見てなにかを察したのかはわからないが、


「大丈夫。すぐに終わらせるよ」


 と、優しげに突き放した。


「わかりました。じゃあ私はもう一人の盗賊を縛り上げておきますね」


 もう一度深呼吸をして自分に活を入れる。


 いくら足を切り落とされたとは言え、いつまでも自由にさせるわけにはいかない。


 カバンの中に入っていたロープで手を縛る。少し迷って、足はそのままにする。片足は残っているがそれをどこと縛り付ければいいのか。


 一度だけ強い吐き気に襲われたものの、それを堪えればその後はなんとも思わない。むせかえるような血の臭いにも慣れてしまった。


 縛り上げるのと同時に奏汰さんが相手をしていた盗賊からも悲鳴が上がった。

 見るとやはり片足を切り落とされていて、逃がさないため、相手が盗賊だということを差し引いても容赦が無い。


 そっちも縛り上げなきゃ、とロープを準備していると、階段の奥からお兄ちゃんが現れた。

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