第55話
次の日。空は晴れ渡って絶好の仕事日和。と思っていたのだが私達が出発することはなかった。
お兄ちゃんが昨日、宿を取るのを忘れていてバタバタしており、依頼のための準備ができていなかったのだ。
本当に情けない。
それ待つのと、狙う盗賊団の下調べをするために一日空けることになった。
船長達は下調べに走り、私はミニッツから頂いた魔法の練習メニューをこなしていた。
そしてまた次の日。私達は再び冒険者ギルドに集まった。
「まったく……。そんな調子で大丈夫なの?」
「面目ないよ」
「お兄ちゃんだから仕方ないよ。野宿にならなかっただけ大したもんだよ」
「お前に言われるのはなんだか釈然としないんだがな……」
「ほら、無駄話は止めろ」
無駄話をしていた私達を奏汰さんが前を向かせる。
今は一応、依頼の前の作戦会議中。ゲームと違って死んだら終わりなのだからふざけてはいられない。
お兄ちゃん達と再会したからなのか、どこか気が抜けてしまっている。
船長達が下調べしてくれた情報によると、私達が狙う盗賊団は総勢二百人を越える大所帯。それらが東西南北四つのアジトに分かれて町の周囲に潜んでいるらしい。
「それぞれのアジトの場所は確認済みです」
そのアジトを、ミニッツ、ベイタ、ヒストリア、ミイナールの四人があらかじめ確認してくれていた。
地図上のそれぞれの場所にマイナールが印を付けてくれる。
その内の一つが妙に見覚えがあって妙に寒気がする。よくもまぁ盗賊達はオーガが現れる場所にアジトを構えたものだ。
「一カ所ずつ攻めてもいいですが……」
敵は総勢二百人。単純に四つに分かれているとしても五十人対十人では勝負にならない。アジトの場所が町から離れていることもあって、一つずつ確実に潰していくのが最適のように思えた。
しかし船長が、
「せっかく十人も居るんだ。せめて半々で二カ所ずつだな」
風向きが変わった。
「じゃあチーム分けは……」
「えぇー……」
お兄ちゃんも乗り気で、私の言外の抗議は誰も聞いてくれなかった。
それどころか、せっかくだから自分達で固まりたいとかいう理由で私、お兄ちゃん、奏汰さん、シズキちゃんの四人のチームになってしまった。船長達もそれに反対せず、私一人がウダウダ言っても仕方ないので受け入れるしかない。
どうせなら人数が多い方のチームに入りたいが、奏汰さんは魔剣なる物を持っているから百人力だろう。そう信じたい。
「よろしくな、嬢ちゃん」
「マイナール・ファダです。よろしくお願いします」
私にはいくらでも失礼な態度をしても笑って許せるが、マイナールとミイナールはそこら辺厳しそうだ。頼むから船長やミニッツには大人しくしてもらいたい。
今も、子供扱いされたような感じで軽く不機嫌になっている。
膝の上のシズキちゃんを撫でて気持ちを落ち着ける。
「ちょっと……」
「まぁまぁ」
子猫を膝に乗せているかのような感覚である。
「昼頃には偵察の方達が戻って来るので、それから始めましょう」
「了解」
全員の声が重なった。
そしてお昼ご飯を食べ終わった頃に偵察組が帰って来て依頼が始まった。
「いよいよだな……」
これをお兄ちゃんはギルドから何度も言っている。それだけ緊張しているのだ。
私達四人で向かっているのは、ストローファの町から見て北側にあるアジト。オーガと戦ったのが南西側にある街道で、その真反対にあるアジトと言っていい。
そこを選んだのはもちろん、南側のアジトがオーガに襲われたあの森の中にあったからだ。もしかしたら盗賊団の方々にマンドレイクの声を聞かせていたかもしれない。
またオーガに襲われるということはないだろうが嫌な予感はするので、南側のアジトを嫌がったのだ。お兄ちゃんも同じ気持ちだったのか賛同してくれたので、無事に私達はそこから離れたアジトを狙うことになった。
「報告によると平野部のど真ん中に簡易的な砦を築いてるらしい。アジトと街道までの間に獲物を探す見張り場所があって、そこに注意だな」
このチームの司令塔はもちろん、冷静沈着な奏汰さんだ。地図を手に先導してくれる。
「ベイタの情報なら間違いないね」
こちら側のアジトを見張っていたのはベイタ。ミニッツや船長が偵察していたとしても仕事は真面目にやるので信用できるのだが、やはり普段の行いという物がある。四つのアジトならミニッツの調べた場所が一番信用ならない。
アジトは町から丸一日歩かねば辿り着かない場所にあり、一つ襲うのにも一日がかりの仕事になる。
その途中に盗賊達が獲物を物色する見張り場所があるらしく、今日の目的は一先ずそこだ。
アジトを襲撃するに当たって、そこから逃げ出した盗賊が別のアジトに逃げ込まないように注意する必要がある。
もしも逃げられれば私達を迎撃する準備をされてしまうし、もしかしたら逃げられてしまうかもしれない。そうなったら依頼は失敗になる。
それを考えると緊張してしまうが、
「ちょっとプレッシャーだよな」
「ちょっとどころの話じゃねえよ。失敗の原因が俺達だなんて笑えないぞ?」
「私が居るから安心してよ」
「そうそう。シズキちゃんだけじゃなくて私も居るからね。なんとかなるよ」
弱気なお兄ちゃんと奏汰さん。そして対称的に強気なシズキちゃんを見ると、なんとかなるだろうと楽観的になれる。
それでなくと私はあまり緊張していない。どうしてかと言えば、魔法で戦うからだ。
まだ魔法も覚えたてでナイフを使って戦っていた頃は、殴られたり切られたり、そういう痛みを想像して足も竦んでいた。しかし魔法で戦うようになってからは私が直接魔物に襲われることも少なくなり、それほど緊張することもなくなった。
「――でもそれってヤバくない?」
魔物と戦う恐怖を忘れているようなものだ。今はこんな気楽に構えているが、もしも盗賊と相対して、それも剣が届くような距離だったらどうなってしまうのか。
また足が竦んで動けなくなったら死んでしまう。
「リリカちゃん、大丈夫?」
「え? うん! 大丈夫大丈夫!」
一人冷や汗を流していた私を現実に戻してくれたのは隣を歩くシズキちゃんだった。
ちなみに、せっかくだしお姉ちゃんとも呼んでもらおうと思ったのだが、流石になにかがダメな気がして普通に呼んでもらうことにしたのだ。
見ると、シズキちゃんに気負った様子はない。これから戦うというのに自然体で、ちょっと近くのコンビニに行くぐらいの気の抜けようである。
盗賊団を怖がっていないのか、四人も居るから大丈夫と思っているのか理由はわからない。それでも冷静なシズキちゃんを見ると私の気持ちも落ち着いてきた。
深呼吸を一つすれば更に落ち着く。
そしてタイミングよく奏汰さんが私達を制止させた。




