第54話
「ただいまぁ……」
「お帰りなさい」
すでに寝る準備を終わらせていたヒストリアが出迎えてくれる。
宿屋に暮らしているわけではないがやはり、帰る時にはこう口にしてしまう。もう癖になっているのだ。
途中で銭湯にでも寄ろうと思ったがもう夜中に差し掛かろうとしていてスッパリ諦めた。
しかし、
「……相変わらずセクシーな寝間着で」
二、三日に一遍は言っているせいで、ヒストリアも顔を赤くして無視するだけだ。
ヒストリアが普段身につけているのは簡単な鎧で胴体の部分と残りは手足を軽く覆う程度の物。ロングブーツを履いてはいるが肌の露出はそこそこあり、防具の意味あるのかと聞きたいくらいだ。もちろんそこは、鎧にかけられた魔法がカバーをしている。
一転して寝間着は薄いワンピースのような物で、ヨーロッパのお姫様が着ていそうな代物だ。透けるか透けないかのギリギリのラインで、肌は見えていないのに昼間よりもエッチに見えるから不思議である。
対する私は普通のパジャマみたいな物で、女子力の差を見せつけられているようでなんだか悲しくなる。
それは置いておいて、私も眠くなってきたのでちゃっちゃと着替える。そして歯を磨く。
こうしていると自分が異世界に来ているなんて信じられない。
隣の部屋からは微かに船長の笑い声が聞こえてきて、男衆の夜はまだまだ序の口というのがわかる。
「騒がしくて申し訳ないわ」
「ヒストリアが謝ることじゃないでしょ。もう慣れたし」
今夜はアルコールが入っている分、いつもより賑やかだ。
毎度毎度、なにを話すことがあるのかと気になるが耳をそばだてても大抵、身にもならないくだらない話しかしていない。
毎夜聞いていれば慣れるもので、最初こそ気になって寝不足だった私も今ではまったく気にすることなく快眠である。
ベッドに入って明日――すでに今日だが――に備えようとすると、隣のベッドのヒストリアが口を開いた。
「あなたとお兄さん、結構似てたわね」
「そうかなぁ? 私はあんま似てないと思うけど……」
お兄ちゃんの目つきは言わずもがな。私自身はそれほど鋭い目つきだとは思っていないが他の人からしたら私も怖いのだろうか。
もしそうだとしたら軽くショックだ。
しかしヒストリアはおかしそうに笑ってそれを否定した。
「なんだか雰囲気が似ているのよ。異世界から兄妹でやって来るなんて信じられないけど、やっぱり兄妹なんだな、って思ったわ」
「確かに、私もまだ信じられないけどさ」
あの人がお兄ちゃんで、もう一人が奏汰さんなのは間違いない。これは何度も確認してもう確信している揺るぎない事実である。それとは別に、やはり信じ切れていないのかどこか夢心地のような、そんな気持ちがあるのだ。
私がこちらの世界に来ているのだからお兄ちゃん達が来ていてもおかしくないのだろうが、知り合いばかり集まるとはいったいどんな確率か。
とは言え、それを考えても答えが出るはずもない。
「元の世界に戻る方法がわかれば、私達がこの世界に来た理由もわかるかもね」
「ふふっ。そうかもしれないわね」
楽しみにしているような、それでいて少し寂しさを滲ませているようなヒストリアの声。気になってそちらへ寝返りを打つと、ヒストリアはこちらを向いて微笑んでいた。
目が合ったのがなんだか気恥ずかしくてすぐに反対側に寝返りを打つ。
「なによ。そっぽ向かなくてもいいじゃない」
「なんでもないから!」
咎めるような言葉だが咎めるような声音ではない。
私の心の中を見透かされているようで、恥ずかしさが更に増す。
「……ヒストリア達には今までずっと迷惑かけてきたじゃん」
「急にどうしたの? 迷惑で言うなら私達だって何度も意地悪をしたわよ」
「本当にそうだよ」
悪戯レベルの物なら何度も。今日で言うならいきなりマンドレイク狩りに一人で行かされたりと、厄介なことこの上なかった。
「だからお兄ちゃんが私を引き取るって言った時、本当はお兄ちゃんの方に行った方がよかったんじゃないかって思ったりもしたんだよね」
しかし実際には、船長達は受け入れてくれて私が拒むこともなかった。
まだ出会って日は浅いが、日々寝食を共にする内にこちらの世界では家族のような存在になっている。
「……ありがとうね」
「こちらこそ。ありがとう」
なんだか妙な気分になっている。
お兄ちゃんと久しぶりに会ってホームシックになるのかと思えば、逆にこちらの家族同然の人達に対してホームシックになってしまった。
今すぐ掛け布団を頭から被って隠れたいところだが、それをすると私が恥ずかしがっているのがヒストリアにバレてしまう。今はただ、月明かりが耳まで赤くなった私を照らしていないことを祈るだけである。
「ねぇ……そっちに行ってもいいかしら?」
「……いいよ」
置いてあるベッドはシングルサイズで、二人並んで寝るには狭すぎる。それでもヒストリアは構うことなく私の布団に入って来た。
そのままとりとめのない話をしているといつの間にか眠りに落ちていて、気づいたらすでに朝になっていた。