第49話
場所は変わってストローファの冒険者ギルド。
大抵のギルドには秘密の話をできるよう冒険者に貸し出されている個室がある。そこに船長達を連れた私と、小さな女の子を連れたお兄ちゃんで入る。
お兄ちゃんを連れて帰って来た私に対して、ギルドで私の帰りを待っていた船長達の第一声が「マンドレイクの代わりに男を捕まえてきたのか?」だった。馬鹿らしくて怒る気にもならない。
カバンから三体のマンドレイクを取り出して見せたら途端に手の平を返して褒めそやしてきたが、普段が普段、最初の一声がアレだったので流石に騙されない。
そりゃ、手放しで褒められて嬉しくないこともなくなくなくなくなくないが。
とりあえず報酬を受け取り、船長達に軽く事情を説明して個室に集まった。
しばしの沈黙。
本当にお兄ちゃんなのか。あの恐ろしい目つきはそうとしか思えない。わざわざあんな目つきにする人もいないだろうし。
だが、どうしてお兄ちゃんがここにいるのか。それがわからなくて信じようにも信じられない。
小さな女の子はお兄ちゃん(仮)の後ろに隠れているが、私のお兄ちゃんが子供に懐かれるとも思えない。そもそもあの女の子は何者なのか。お兄ちゃん(仮)がお兄ちゃん(本物)だったとして、どうして連れて歩いているのか。
疑問に思ってはいても、心のどこかではこの人が本物のお兄ちゃんだと確信していた。
「本当に……凜々花なのか?」
「そっちこそ……。でもそんな怖い目つきの人が二人もいるとは思えないし……」
「余計なお世話だ!」
互いの誕生日や好きな食べ物。お父さんやお母さんのこと。お兄ちゃんの恥ずかしい話。そんな摺り合わせもしたけれど、話している時の雰囲気がもうお兄ちゃんそのものだった。
これ以上疑っても仕方がない。この人は本当の本当に私のお兄ちゃんなんだ。
そう覚悟を決めると、途端に泣きたいような気持ちになる。
「本当に……凜々花なんだな」
「お兄ちゃん……!」
ひっしと抱き締め合って感動の再会を祝う、なんてことがあるわけもなく、一先ずお兄ちゃんには先に説明してもらいたいことがある。
「シズキ、こいつは俺の妹の凜々花だ。凜々花、こっちはシズキ。諸事情あって預かってる」
「よろしくね、シズキちゃん」
「うん。よろしく」
笑顔で手を振ってみるが、うなずいたっきりでまたお兄ちゃんの陰に隠れてしまった。
ちょっと残念。
そして今度はこちらの番だ。
「こっちの四人はダンジョンで私を助けてくれたの。そのままこのパーティでお世話になっている人達。ファルグ種の船長と、キャラサ種のヒストリア。ラッタ種のミニッツとヒト種のベイタだよ。で、お兄ちゃんの有樹」
「船長?」
「パーティのリーダーをしていて、船を持っているから船長って呼ばれてるんだ。ダイガント・ザッツ。よろしくな」
お兄ちゃんと船長がガッシリと固い握手を交わす。
ただそれだけのはずなのに、お兄ちゃんがどこか泣きそうな顔をしていてなんだか気持ちが悪い。
「妹を守ってくれてありがとうございます。なんもできない馬鹿な妹なんで迷惑もいっぱいかけたでしょう。あなた達のお陰でこうやってまた無事に会うことができました。ありがとうございます」
「えぇ……」
思わず口から漏れてしまった。
お兄ちゃんは急になにを言い出しているんだ恥ずかしい。四人も言われてポカンとしている。
確かに四人が私を守ってくれたのは事実で、それには私も感謝しているがどうしてわざわざお兄ちゃんが、それもいきなりこんなことを言い出したのか。しかも泣きそうになりながら。
授業参観にお母さんが来た時みたいな妙な恥ずかしさだ。
「……本当にリリカのお兄さんなの?」
「え、そうだけど?」
ヒストリアが言う。
「なんか……ちゃんとしてるね」
「どういう意味よ!」
ミニッツまでなにを言い出すのか。
そりゃあ、こんな目つきのお兄ちゃんと私では似ても似つかないが。
こんな他愛もないやり取りをしている間もお兄ちゃんの態度がちょっとおかしいのは続いており、今度は、
「それで……これから妹は俺が預かろうと思いますが……」
なんてことを言い出した。
「なに言ってるのお兄ちゃん?」
「当たり前だろ。いつまでも迷惑をかけさせるわけにはいかない」
「迷惑って……」
これまで四人でやってきたところに右も左もわからない、魔法も使えない、戦えもしない。そんな私がやって来て迷惑をかけたのは間違いない。
ただ、四人の力になれるように努力もしてきたつもりだし、なにも得られなかったとは言え一緒にダンジョンもクリアした私だ。もう四人のパーティではなく五人のパーティ、ちゃんと仲間だと認められていると信じたい。
このまま大人しくお兄ちゃんに連れて行かれる気はなかった。
しかし船長達はどうなのだろうか。なんだかんだ言っていてもやっぱり足手まといなのか。
私が元の世界に戻れるように、と思っていてくれるのはヒストリアから聞いたがお兄ちゃんが現れた以上、わざわざ四人の下に居る理由もないのではないか。
私のことをどう思っているのか。船長を振り返る。
少しの間考えていた船長は、
「……迷惑だと思ったことはないぞ。ダンジョンで倒れていて放っておけるわけもなかったしな」
間を置かず、残りの三人もうなずいてくれた。
「船長……!」
みんなと一緒に居たい、と思っていたのは私の独りよがりではなかったようで一安心。一安心を越えて涙が流れて来るほど嬉しい。
「ダイガントさん……。迷惑かけると思いますが、どうか妹をよろしくお願いします」
お兄ちゃんもわかってくれたようで、船長達に頭を下げている。それに倣って私も頭を下げる。