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第48話

「ぶべっ!」


 考え事をしていたせいで足下が疎かになり、足がもつれて転がってしまった。顔面から地面にぶつかり、ゴロゴロ転がって途中で石に頭をぶつける。

 ピヨピヨと頭の周りを小鳥が飛んでいるようだ。


 早く加勢をしなければ。


 オーガの前に飛び出したということは腕に覚えがあるのだろう。それでも加勢はあった方がいいに決まっている。そうでなくとも、助けを求めた私がただ寝転がっているわけにはいくまい。

 それでも、頭がクラクラするのを止められない。


「大丈夫?」


 可愛らしい女の子の声に手を上げて応える。


「……本当に大丈夫?」

「え? あっ! 大丈夫大丈夫……。うん、大丈夫!」


 再び声をかけられてようやく意識を取り戻した。流石に心底、心配しているような声をかけられてふらふらしているわけにはいかない。


 声の主を見てみると、可愛らしい声の通りに可愛らしい女の子がそこに立っていた。

 身長は座っている私よりも少し高いくらい。ミニッツと同じかそれくらい。頭にあるのはヒストリアと同じ三角形の耳なので、キャラサ種の子供だろう。

 着ている服から察するにあの冒険者が連れている子供か。ジャケットは革でファンシーな装飾が施されている。短い丈のキュロットと、全体的に赤系統の色が多く、女の子っぽい。


 ランドセルと同じだ。と、思ったが私の代ではカラフルなランドセルが多く、私がそうだったからと言って赤い物=女の子っぽい、というのは安直すぎる。


 そんなことは置いておいて。


「助けてくれてありがとう」

「ううん。助けたのはユウキだから」

「……ユウキ?」


 聞き覚えがあるような。とは言えありふれた名前であるし、こちらの世界でユウキという人が居たとしても驚きはしない。

 しかし先ほど非常に耳慣れた声を聞いたばかりで、その声とユウキなる人物が結びつく。


「まさか、ね……」


 その時、


「ゴアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!」

「きゃあああ!」


 突如吠えたオーガの声に耳を塞ぐ。女の子も同じように顔を顰めていた。


 マンドレイクに比べたら屁でもない声量だが、ちゃんと対策していたマンドレイクと違って今回は不意打ちだ。耳を塞ぐのが間に合っただけでも御の字。


 思わずオーガの方へ目を向ける。


「うそ……でしょ……」


 そこにあったのは驚くべき、そして信じがたい光景であった。


 私を助けてくれた冒険者の人がオーガに踏みつけられて身動き取れなくなっていた。オーガは今にも棍棒を振り下ろしてその人を叩き潰そうとしている。

 しかし私の視線はオーガの挙動なんてお構いなしに、冒険者の人へ吸い込まれていた。


「……お兄ちゃん?」


 そんなまさか。誰でも彼でもホイホイ来られる場所ではないだろう。それがどうして、そしてよりにもよってなんでお兄ちゃんがこちらの世界に居るのか。


 信じられない。


 信じられない、が、二歳児が目が合っただけで泣き出し、コボルトぐらいなら一睨みで殺せそうな、鋭いあの目つき。「今日もまた不良に絡まれちまったよ」なんて傷だらけで笑っていたあのお人好しな顔。すべてがそっくりそのまま、記憶の中のお兄ちゃんと一緒だった。


 ふと、お兄ちゃんが笑ったように見えた。


「夢……?」


 だとしたらもっとマシな夢を見たい。


 瞬間、オーガの棍棒がお兄ちゃんに振り下ろされた。あまりの衝撃にこっちまで揺れが伝わってくるように錯覚し、地面に手をついて耐える。


 顔を上げると、いつの間にかお兄ちゃんはオーガの足下から脱出していて、私に声をかけてくれた女の子の前に身長ほどもある大きな魔法陣が浮かんでいた。


 たったそれだけだが、彼女の魔法の腕前が私のはるか上を行くのだと理解する。

 いつかは私も、なんて決意している間にお兄ちゃんはオーガから距離を取り、女の子が巨大な火球を放った。


 太陽がそこに生まれたのかと思うほどの熱、そして輝きを持った火球は一直線にオーガへ飛んで行き、大爆発を起こす。


「やったの!?」


 と、叫んでしまってから気づいた。


「そりゃフラグだ」


 呆れ半分の声が聞こえる。


 やはり、紛れもないお兄ちゃんの声だ。今はこちらに背中を向けているが、見慣れた後ろ姿。物心付いた時から何度も何度も飽きるほど、日常と化すほど見ていたお兄ちゃんの後ろ姿である。

 そのお兄ちゃんはすぐさま黒煙の中に飛び込んだ。


「無茶しないでよ……」


 殴るような音が一発、二発。


 黒煙から吹っ飛ばされて来たのは、


「やっぱりお兄ちゃんだった!」

「ユウキ、大丈夫!?」


 同時に駆け寄った女の子は心配していたが、見た限り死ぬほどのダメージは受けていない。五人くらいにボコボコにされたお兄ちゃんならまだ耐えられるだろう。

 それでも心配の一つもしないのはちょっと申し訳ない。


 ただ、私の気持ちとしてはそれどころじゃないのだ。


「なんでお兄ちゃんがここに居るの!?」


 お兄ちゃんがこの世界にいるとしたら、お父さんとお母さんも来ているのだろうか。

 一家揃って異世界にやって来るなんて、そんな奇妙なことがあってたまるか。


「今、する話じゃないだろ……!」

「確かに……辛そうだね」


 いつの間にか、女の子が黙ってオーガの相手をしてくれていた。小さな炎を次々と黒煙――オーガへ向けて放ち、足止めをしている。


 まだ子供なのに私以上の魔力を持っているようで、なんだか悲しくなってくる。

 私以上の魔力を持っていたとしても、小さな女の子一人に負担をかけさせるなんて情けない限りだ。


「お前、そんなに馬鹿だったか!?」


 が、お兄ちゃんの今の一言はカチンと来た。


 あまり頭がよくないのは自覚しているし、船長やミニッツには馬鹿にされてばかり。それでも、そんな私を馬鹿にできるようなお兄ちゃんか。


「ちょっと、馬鹿にしないでよね」


 無茶してオーガから反撃されたお兄ちゃんはそこで転がったまま、私がこの世界に来てからどれだけ成長したのかを見るといい。


 ペンダントにはまだ魔力が残っていて、それをすべて使えば一撃限りだが、私にも強烈な魔法が使えるだろう。

 私のためにここまでボロボロになってくれたのだ。例え強烈な魔法が使えなかったとしても、今度は私が頑張る番だ。


 魔力を引き出し、私の腕を伝って正面に集める。次から次へと、このペンダントを見つけたダンジョンの奥の部屋で、なにも気にせず魔法を使えたあの時のように魔力のことなんかは少しも気にしないで。

 私が今まで使ってきた魔法でも最大級の威力だ。複雑な攻撃はできないし、たとえ威力を落としてもそんな腕はない。

 しかし、これだけの魔力があるのだ。ただ氷の塊にしてぶつけるだけでも相当な威力。


 集まった魔力にイメージを伝えると、魔法陣となる。


 これは上手くできると確信できた。


「しっかり見ててよね!」


 魔法陣が消えると同時に、


「ウガアアアア!」


 黒煙を振り払ってオーガが姿を現した。


「今だよ!」


 女の子の合図に合わせて魔法を発動させる。


 空間それ自体が凍りつくような音を立てて自動車ほどもある巨大な氷ができあがる。それを一直線にオーガへ叩きつける。

 ぐしゃりともガシャンとも聞こえたような衝撃音が響き渡り、冷気のもやが晴れるとそこには、巨大なオーガの氷像ができあがっていた。


 これを私がやったのか。まだまだ魔法も練習途上の私が。


 体の底から達成感や興奮や、ちょっとの疲れが込み上げてきて抑えられそうもない。


「どう? 私だって成長しているんだから」


 呆けた顔をしていたお兄ちゃんに言い放つ。


 この瞬間が言いようもなく気持ちよかった。

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