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第46話

 三分の一が終わっただけでまだまだ先は長いのだが、とにかく三分の一は進んだ。この調子で二体目三体目と依頼を終わらしたい。


「……でも、このままじゃ体が保たないよねぇ……」


 叫び声を聞いて気絶することはなかった。体を動かしたのも抜くことくらいで、使った魔法もマンドレイクの顔を覆うだけで大した魔力は消費していない。しかし、耳栓で防いでいてもなお強烈な威力の叫び声。大したことはしていなくとも体はドッと疲れていた。


 あと二回もこれをやらなければならないとは、考えるだけで恐ろしい。どこかのタイミングで気絶してしまいそうだ。


「あの声の対策、足りてないのかなぁ……」


 二体目のマンドレイクを探しながら呟く。


 叫び声はどこまで響いていたのだろうか。周囲に魔物は居ないのか、ほとんど襲われることはなかった。


 耳栓だけでは足りなかったとしてもこれ以上の対策のしようもない。

 もっと確実に耳を塞ぐなら耳全体を氷で覆ってしまえばいいのだが、そんなことをすれば耳が凍傷で使い物にならなくなってしまう。

 二重に耳栓をしたとしても結局は同じ氷。効果があるとも思えなかった。


「マンドレイクマンドレイク……魔力を持った植物……叫ぶ……気絶……魔力?」


 はたと、なにかが引っかかった。


「叫び声に魔力が含まれてるなら、魔法で防げる?」


 マンドレイクの叫び声を聞いたとき、耳等の痛みだけでなく、吐き気やそれ以外の気持ち悪い症状が現れた。

 それが大音量の声だけでなるのだろうか。


 マンドレイクが魔物であれば、主な攻撃手段である叫び声に魔力を乗せていたとしてもおかしくはない。それならその魔力の部分を防げば、音量はどうにもならなくとも、それ以外の効果は防げるのではないだろうか。


 魔力を耳――というよりもその中に集める。


 聞こえにくくなったような感覚はないが、より聞こえるようになった感覚もない。

 身体強化の魔法と同じ要領で耳を塞いでいるので、聴力が強化されて余計に聞こえたら今度こそぶっ倒れてしまう。


「怖いけど……試す価値はあるよね」


 どちらにせよ、他に思いつく方法もない。

 さっきと同じやり方でも耐えられはしたので、悪いようにはならないだろう。


 そんなこんなで見つけた二体目のマンドレイク。一体目よりも少し葉っぱが小さいように見えた。

 あまりにも小さいようだと数にカウントされないらしいが、この程度なら問題ないだろう。


「それじゃ、いきますか!」


 気合いを入れ、周囲を確認。襲って来そうな魔物、動物の姿はない。


 一回目と同じ要領で耳栓を作り、耳に押し込む。そしてさっきやった通りに魔力で耳を塞ぐ。

 再び訪れた無音の世界で、マンドレイクを引き抜いた後のことをシミュレーションする。


「抜いて凍らせる。抜いて凍らせる。今度は大丈夫」


 さっきは叫び声に驚いてすぐに顔を凍らせることができなかった。しかし今回は、なんとなくの声量もわかっていて対策も十分。さっきよりもスムーズに口を塞ぐことができるだろう。


 意を決し、渾身の力でマンドレイクを引き抜く。柔らかな土が盛り上がり、マンドレイクを通じてほこほことした感触が伝わってくる。そして、


「ミギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「ああああああああああ――――れ?」


 叫び声はうるさい。しかし、さっきのような嫌な感じはまったくなかった。ただただうるさいだけの叫び声は、すぐ隣で道路工事をしているくらいのうるささだ。音量に耳を塞ぐことはあっても、気持ち悪くて吐くようなことはない。


 やはりマンドレイクの叫び声に魔力が含まれているという予想は当たっていたようだ。


 耳を塞いでいる魔力が霧散しないように気をつけながら、それ以外の魔力を使ってマンドレイクの口を塞ぐ。

 顔を顰めつつも、余裕があるお陰で今度はちゃんと口だけを塞ぐことができた。


 それでもちゃんと声は止められて、マンドレイクは大人しくなる。


「うんうん。いい感じじゃない?」


 魔力の消費が増えはしたが、所詮は耳を塞ぐ程度。さっきの不快感に比べたら屁でもない。


 そしてなんと幸運なことか、すぐ近くにもう一体のマンドレイクを見つけた。


 近くで仲間が大絶叫していたというのに、どこ吹く風とばかりだ。土の中なら声も聞こえなかったのかもしれない。


「と、に、か、く! これで終わりだね!」


 抜いて凍らせる時間よりも探している時間の方が長いのだ。それが短縮できたとあっては、それこそスキップでもしたくなるような心地である。


 まだ日は高い。これなら、夕方までには町に帰れるかもしれない。

 ウキウキしながらマンドレイクに駆け寄り、葉っぱに手をかける。


 その時、上空、木々の枝葉の隙間から見える空をたくさんの鳥が飛んで行った。


 マンドレイクの叫び声に驚いて飛び立ったのだろうか。それにしてはタイミングは少し遅く、気絶していないというのも不可解。


 これがなにかの前兆のようにも思えたが、


「……そんなことよりマンドレイク!」


 目の前のマンドレイクの方が重要である。すでに手までかけてあるのだ。


 これまで二回と同じように耳を塞いでマンドレイクを抜き、口を塞ぐ。


 流石に三回目ともなれば慣れたもので、我ながらスムーズに処理できたと思う。このまま四体目五体目と探して、マンドレイクで荒稼ぎでもできてしまいそうだ。


 しかしそんな面倒なことをする気はなく、マンドレイク自体も億万長者になれるような魔物でもない。なんなら、私一人で採取できる程度の獲物なのだ。

 そして状況が、そんな余裕はないと言っていた。


「これは……なんの音?」


 耳栓を外して耳がおかしくなっていないことを確認する。その時に最初に感じたのは、バキバキという不穏な音だった。


 枝なんて弱々しい物ではなく、木それ自体をへし折っているかのようなバキバキミシミシという嫌な音。それが段々と近付いて来ているのだ。

 そしてまた、鳥の群れが飛び立つのが見えた。


「まさかまさか……」


 次第に音がハッキリしてくる。そして、その音の主の姿も見えてくる。

 鳥達が飛び立った方とは反対側。そこに目を向けると、なにかが近付いて来ていたのだ。


 遠くからでもわかる巨体。浅黒く、どこか赤っぽい肌。太い手足にガッシリした胴体。手に持つ棍棒の一振りで木をなぎ倒し、一直線にこちらへ向かって来ている。その表情はまさしく鬼の形相。


 鬼がそこにいた。

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