第42話
案内の通りに進み、ギルドまでの道中よりもう一段ほど治安を落とした場所に目的の店はあった。
修理もされていなさそうな外壁は所々がボロボロと剥がれており、唯一外側に面している窓も埃で汚れて中まで見えない。灯りも点いていなさそうだ。看板には『鑑定屋』とだけ書かれていてその下にガブラブ・オードルと名前があるだけだ。
まさかずいぶん前に隠居してそのまま建物が放置されているのだろうか。廃墟と言われてもうなずけるボロさだ。
船長と顔を見合わせるが、このまま帰るわけにもいかない。
私のペンダントの鑑定なので、私が代表してボロボロのドアノブを回す。
ギィーっと嫌な音を立てて扉が開いた。
「すいませーん!」
声をかけるが返事はない。
店内は意外と清潔で、踏み入れても埃は立たない。どうやら廃墟ではないらしい。
カウンターと椅子が一つずつあり、それ以外にはなにもない殺風景な店内。カウンターの向こう側に二階へ続く階段があるが、住居と繋がっているのだろうか。
誰も居ないのは一目瞭然。
「おーい! 誰か居ないのか!」
船長も叫ぶが二階でも誰かが動いた気配はない。
どうしようか、という意味を込めて船長の方を見る。目が合い、船長は両手を上げた。まさにお手上げである。
閉店しているなら、いくらこの店に盗るような物が見当たらないとは言え、流石に鍵くらいはかけるだろう。
外からもう一度確認するが、閉店の札はない。
「……出直す?」
「それしかないな。商工ギルドにでも確認に行くか」
ギルドは冒険者向け以外にもいくつか種類がある。
まず、今出てきた商工ギルド。
かつては別々だった商人ギルドと職人ギルドが一緒になったギルドで、冒険者ギルド同様、ほとんどの町にある。冒険者ギルドから魔物の素材を買い取ったり、物価の調整をしたり。
ドワーフの国なんかでは、職人ギルドが独立してあったりするらしい。
そして、海に面した国には水産ギルド。農業が活発な国では農業ギルド。
その国の特色によって様々なギルドがあり、仕事をするならなにかしらのギルドに属することになる。
閑話休題。
店主がいないのをいいことに、船長は店にあった椅子に腰掛けながら教えてくれた。
冒険者ギルドは登録料を払えば誰でも属せ、冒険者になれるが、商工ギルドはそうもいかないらしい。
所属しないでも商売はできるのだが、審査が厳しいので商工ギルドのギルドカードを持っていると箔が付くのだ。所属しているとしていないとでは、信用度が段違いである。
もしも商工ギルドに属している鑑定士がいるなら、その人も信用できることだろう。
たらい回しになっていると感じつつ、それも仕方ないので商工ギルドへ向かうことにする。しかし、店の入り口に仁王立ちしている人物がそれをさせてくれなかった。
「……あんたら、何者だ?」
その声は酒焼けか元からか、低くしゃがれていて聞き取り辛い声だった。逆光のようになって表情はよく見えない。
身長はミニッツと同じくらい。しかし頭の辺りがこんもりしている。目を凝らすとそれが手入れもされずに伸ばしっぱなしになっている髭と髪の毛だとわかる。お陰でシルエットがマイクのようなっている。
なんとなく、イメージ通りの姿である。
「あんたがガブラブさんか?」
「……そうだが、わしの店になにか用か?」
やはり、彼が私達の求めていた鑑定士、ガブラブ・オードルであった。
ドワーフと聞いて想像していた、小柄で髭が生えていて大酒飲みというイメージにピッタリの人物である。
「今自分で言ったじゃないか……。鑑定してもらいたい物がある」
船長がそう言うと、ガブラブはつまらなさそうに鼻を鳴らし、カウンターの奥に消えた。
すれ違い様にこちらを見ていたが、私や船長にピントが合っていないような不思議な視線を送られた。
再び船長と目を合わせる。
一先ず、店主は現れたので鑑定してもらおう、とは口に出さずとも伝わった。
少し経ち、ルーペを手にしたガブラブが戻って来た。
「見せなさい」
真っ直ぐ私を見てくる。話していたのは船長だったのにどうして私を見るのだろうか。
そんな疑問は置いておいて、首から下げていたペンダントを渡す。
「……これはまた面白い物を」
ルーペで覗く前に、そのままの状態でしげしげと眺めてそう言った。
「どういう物なんだ?」
「まぁ、待ちなさい」
今度はルーペを使う。同じように表と裏を見て小さく笑うと、今度は手をかざし、また笑った。そして視線がペンダントと私とを行ったり来たりしている。
少々、むず痒い。
「こんな物は初めて見たよ」
ペンダントを私に返しながら言う。
「そのペンダントはどうやら魔力を吸収し、溜め込むらしい。ただそれだけじゃなく、恐らくお嬢ちゃんはその溜め込んだ魔力を引き出して使うことができそうだ」
「それは……なんでわかるんですかね?」
説明された仕組みは単純だったので、頭のよくない私でもすぐに理解することはできた。
ただ、ガブラブはルーペでそれを見ただけでずいぶん具体的に効果がわかったようで、いまいち信用しにくい。
「周囲の魔力が少しずつそのペンダントに吸い込まれている。それとわしが魔力を放ったらそっくり吸収されちまったからな。魔力を吸収する効果はまず間違いないだろう。
お嬢ちゃんが引き出せるかどうかは……なんとも言えんな。お嬢ちゃんの体から出てる魔力は吸い込んでいないように見える。そんで、ペンダントとお嬢ちゃんが繋がっているから予想しただけだ。心当たりはないか?」
「いや……わかんないですね……」
「まぁ、色々試してみるこった。そんな代物はわしも初めて見るから効果についてはハッキリとわからん」
兎にも角にも、まったく効果のわからなかったペンダントが、多少は効果のわかるペンダントに変わったことは確かだ。
悪い効果がないようなので一安心。
私がこのペンダントに溜め込まれている魔力を自由自在に引き出せるようになったらとてもハッピーではないだろうか。
もしかした、ダンジョンのあの触手は魔力の塊で、このペンダントに封印されていたのだろうか。最初、色が綺麗だったのは魔力が溜め込まれていたからかもしれない。今は封印されていた触手分の魔力が失くなり、色がくすんでいるのかもしれない。
代金は気持ち分でいいとガブラブが言ったので大銀貨一枚を渡す――と言うより私のお小遣いはそれだけしかない。それでも「そんなに受け取れん」と、銀貨が二十枚になって返って来た。
「大銀貨が五千リリンで銀貨一枚が百リリンだから……」
代金は三千リリン。
こちらの世界の通貨はなんとなく覚えたが、コインに数字が書いてあるわけでもないのでいつも頭がこんがらがってしまう。
「まぁ、妥当な金額だろう」
せめて日本円とそのままイコールで結べれば楽なのだが、そういうことでもないようなので余計に計算も面倒だ。
さっきよりも重たくなった財布を懐にしまう。
中の金額は減っても、やはりコインの数が増えると気持ちもいい。そう考えてしまうのは私が貧乏性だからだろうか。
「船長的に、このペンダントの力ってどうなの?」
「俺は魔法を使わないからなぁ……。どんな魔力でも吸収するってんなら魔物の攻撃とか防げそうだよな。吸収した魔力をお前が引き出せるとしたら、ミニッツとベイタよりも強力な魔法を使えるかもしれない」
「そーれは……すごいね。うん」
例えば、魔法を操る魔物を相手にしたとする。このペンダントの魔力吸収が、ぶつかった魔法そのまま吸収するとかであれば、魔物の放った炎や雷をそのまま溜め込み、それを利用して私が攻撃できるのだ。
想像しただけでも恐ろしくてワクワクする。
なんとなくの効果はわかったのでどこかで試してみるとしよう。
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