第41話
船旅は一週間程度であった。
海の上にいる時はなんだかんだでやることも多く、船酔いなんかしている暇はなかった。体感ではそれほど長い船旅ではなかったが、やはり陸地は懐かしい。港に降りた時は少し感動したくらいである。
しかし私達の目的地はこの小さな港ではない。
ペンダントを鑑定してもらうために目指しているのは、ストローファという町。内陸にある町でこの港町からは馬車で二、三日、とのことである。
「一先ず、換金できる物は換金しちまおう」
船長の音頭で船から荷物を下ろしていく。その間にミニッツとヒストリアが上陸の手続きと、ギルドの職員を呼びに行った。
シーサーペントの鱗、牙、骨。メガジキの切り身に角。
ホウシァ・ネネの所にあったダンジョンで収穫があればよかったのだが、手に入ったのは私のペンダントだけ。普通のダンジョンなら魔物なり宝物なりあるので、本当に空振りのダンジョンだった。
ギルドの職員はやはりシーサーペントの素材に驚いていた。
「依頼は出てなかったと思いますがわざわざ仕留めたんですか?」
「ああ。食いたいって奴がいたからな」
と、私の方をチラリと見たが、私は美味しい物を食べたい、としか言っていない。職員さんも視線に釣られて私を見るのは止めて欲しい。まるで私がすごい食い意地が張っているみたいじゃないか。
「とにかく計算しますね……」
圧倒されつつギルドの職員は鱗の枚数を数えていく。
十枚ずつまとめているが、元が巨大なシーサーペントである。いくらかホウシァ・ネネに渡しても百枚以上はあった。そして牙も巨大さに相応の数が。
いくらになるのか楽しみである。
数え終わった物からギルドに運ばれて行き、そこはヒストリア達が見ていると言うので私は船長に付いて行くことにする。
どうやら、船の管理をする人の下へ行くらしい。最初、私がこの船に乗った時は、リッツルと名乗るラッタ種の男性が船を管理していた。
港には船の管理人がいるようで、陸地での活動が多い船長達はよく利用しているそうだ。
それならばどうして船を買ったりしたのか。
「昔は人数も多かったしな、飛空挺で移動するのも面倒だったんだよ。それと……好きな場所に自分達で行けるっていうのに憧れてたんだ」
「……青春。若いね」
「やかましい」
今の船長の姿からは想像できないが、船長にも若い頃はあって夢を追っていた時期もあったのだ。その頃の自分を思い出して眩しく思ったりするのだろうか。しかし考えてみると、一攫千金を求めてダンジョンに潜っているのは今も昔も変わらないのか。
それならあの頃から変わったのは年齢だけ。少しもの悲しくなる。船長の年齢も知らないのに酷い話だと我ながら思う。
無事に船の管理を頼むことができ、自分達の船の下に戻るとすでに素材の換金は終わっていた。
「七十八万リリン。上々ね」
「これなら次のダンジョンも行けるな。ストローファでついでに情報収集だ」
船長の言葉に、三人はわかりやすく喜んでいた。やはりダンジョンに潜るのは宝探しのようでワクワクするのだろうか。釣られて私も笑ってしまう。
換金のついでにヒストリアがストローファまでの護衛依頼を受けていた。やはり大きな町だけあって、そこへ向かう護衛依頼も少なくないようだ。
そして、道中なにか問題が起きることもなく――魔物の群れに二度ほど襲われたが無事に撃退――私達は目的地であるストローファに辿り着いた。
情報都市ストローファ。
世界でも一、二位を争うほどの大国マエリファーナにある町である。マエリファーナ軍の情報総括局のあるこの町には、マエリファーナ中、世界中からあらゆる情報が集められる。そのおこぼれを狙った情報屋や、政府に情報を売ろうとするきな臭い連中まで様々な人間が集まったので、軍の支部があるにも関わらず、治安はそこまでよくないらしい。
しかし人が集まる分、町単体で見れば非常に発展している。
町へ入ろうとする人々の列に加わり、数十分かかってようやく町に入ることができた。町を囲う城壁は非常に堅牢で分厚く、城門を通った時はまるでトンネルを潜ったかのようだった。
「この城壁がそのまま砦として使われているの。マエリファーナは戦争をしたばかりだから、厳重なのよ」
「へー……それにしても、すごいねぇ……」
ストローファ自体も大きい町なのだろうが、それを囲う更に巨大な砦。軍事大国もかくや、である。
そしていよいよトンネルを抜け、ストローファに入った。
城壁を抜けた瞬間の光景はどの町もそれほど大きく変わることはない。しかしやはり巨大な町だけあって、道行く人々の多さに目を見張る。
町に入って護衛依頼は完了。依頼書にサインをもらって、私達は馬車と別れた。
「とりあえず、ギルドに行って依頼の報告。ギルドなら鑑定士の情報も聞けるだろう」
はぐれないようにヒストリアと手を繋いで進む。
城壁から真っ直ぐ通った大通りを行くと、噴水のある広場に辿り着いた。いくつかの屋台も出ていて賑わっている。
「なんだかワクワクするね」
「これだけ人が居るとね」
最初に、治安がよくないと聞いていただけに身構えていたが、中々どうして。見た限りでは平和な町である。
建物の裏で情報の売買や、怪しい薬の売人がいるようなこともない。
鋭い目つきのせいで町中の不良から因縁をつけられたと噂の我が兄も、この町なら普通に暮らせるのではないだろうか。
しかし浮かれていられたのも束の間。
道が不安なのか、道中立てられている看板を確認しながら進んで行く船長。その看板に従っていくにつれて、段々と雰囲気が暗くなっていくような気がした。
「ねぇ……こっちで合ってるの?」
「案内を見ながら歩いてるんだ。間違えるわけがないだろ」
「それにしては雰囲気が……ちょっと……」
「リリカ、この町のこと説明しなかったか?」
「治安はよくないって……」
この町に集まる情報を求めて、ならず者達も集まる。類は友を呼ぶと言うか、そういう人達は自然と集まるのだろう。むしろ、そんな人達を避けた結果、表と裏で棲み分けができているのかもしれない。
冒険者はどちらかと言えば、裏側の人種だろう。
自分でもそう思い至った以上、暗い場所にあるからと文句は言えない。
しかし今のところ、若干町並みがボロくなっているのを除けば、治安が悪くなっているわけでもない。
私が必要以上に怖がり過ぎているだけだ。
「ほら、着いたぞ」
建物自体は普通。冒険者ギルドをいくつも見たわけではないが、特別ボロボロだとかそういうことはなくて一安心。窓が割れていることもない。
しかし中に入ると、外の重苦しい空気がマシに思えるほど、ピリついた空気が漂っていた。
その空気はすぐに霧散するが、気のせいではないだろう。
怖じ気づいた私の手をヒストリアが引いてくれる。
「見られるのはいつものことでしょ」
情報も集まるから美味しい依頼の情報も集まる。故に冒険者も集まる。たくさん冒険者がいればそれだけ強い人も集まるだろう。
私がそのプレッシャーに気圧されているとでも言うのだろうか。
しかしそれがわかっただけでも成長したと言うことか。
「どうしたの? ボーッとして」
「……放っておいて」
現実逃避していたのにミニッツのせいで後戻りだ。
このギルドの空気に慣れるにももう少しかかりそうだ。
依頼の報告をしに行く船長に私は付いて行き、残りの三人は適当にくつろぐと言う。
人数の多さで言えばヒストリア達の所にいたかったが、空いていたテーブルの周囲は酔っぱらいか怖そうな人しかいなかったので、あの中に入るのが躊躇われたのだ。
その点、船長に付いて行けば、囲まれない、職員の近くといいことしかない。
そもそも、冒険者達もいきなりなにかしてくることもないので私の心配し過ぎなだけなのだが、落ち着くまでは仕方ない。
「依頼の報告だ」
サインをもらった依頼書とギルドカードを差し出す。
「お預かりしますね」
船長のギルドカードをよくわからない機械に挿し、操作する。
普段は魔法や魔物なんかでファンタジー一色なのだが、時たまこうして機械が現れるから不思議な気持ちになる。
報酬は銀行口座――もちろん、パーティとしての口座――に振り込んでもらい、第一の目的は達成。
ギルドカードを返してもらいながら船長が、
「腕のいい鑑定士を探しているんだが、心当たりはあるか?」
「鑑定士、ですか。なにを鑑定してもらうんですか?」
私からペンダントを受け取り、
「これだ。魔道具みたいなんだがどういう物かわからなくてな。普通のペンダントならそれでもいいんだが、変な呪いとかかかってたら嫌だろ?」
「それは心配ですね。魔道具なら……ガブラブ・オードルさんというドワーフの鑑定士がいますよ。どうやら魔力が見えるらしくて……歳ですが行ってみるといいでしょう」
「なるほどな。ありがとう」
簡単にそのガブラブとやらが店を構えている場所を聞く。
半分隠居しているような感じらしいが、行くだけ行ってダメなら他の鑑定士を当たればいいだけだ。
船長の影に隠れつつ、ヒストリア達の待つテーブルへ向かう。しかし、ミニッツの姿がそこにはなかった。
「依頼を見てくるって言ってたわ」
「えぇ……ちょっとくらい休もうよ」
護衛依頼を終えたばかりだ。
これからの予定は鑑定士の下に行くだけで休みみたいなものだが、それが終わってすぐにまた次の依頼は急ぎすぎではないか。もうちょっと遊んでもいいだろう。
遊んでいる暇があったら魔法の練習でもしろ、と自分でも思うが、せっかく新しい町に来たのだから観光とかもしてみたいのが本心だ。
しかし幸か不幸か、戻って来たミニッツの表情はそれほど明るくなかった。
「なくもないんだけど……わざわざパーティでやるほどもない、って感じかな」
「それなら、さっさとリリカのペンダントを鑑定してもらうか」
「……そうだ。鑑定は二人に任せて、私達はダンジョンの情報を集めるっていうのはどうかしら?」
「それがいいんじゃないですか?」
「よし。ならそっちは任せたぞ」
こういう時、特に決定権を持っていない――わけでもないが、知識的になにも言うことがない――私はただ黙っているだけになる。
それもまた仕方のない話なので、一先ず私と船長は鑑定士の下に向かう。
三人はどんなダンジョンを見つけてくるのか。あまり怖い場所じゃないといいのだが。
そんなことばかり考えて、ペンダントよりもダンジョンの方が気になっている私であった。
感想やブックマーク等々、是非にお待ちしています