第40話
「リリカ、魔法の準備!」
「えっ、は、わかった!」
ミニッツにいきなり言われてとりあえず魔力を練る。
ジャンプしたメガジキは再び海中に戻ったが、その下に現れたのはミニッツが生み出した巨大な水の塊だった。メガジキがそこに収まると同時に広がっていき、一気に二十五メートルプールくらいの大きさにまでなる。
そこで、ミニッツのやろうとしていることを理解する。
「流石だミニッツ。少しずつ小さくしていけ……」
私とミニッツを除いた三人でロープを引きつつ、メガジキの動きを制御している。
水上に現れた巨大プールはその姿を通路のような長細い形に変え、船の上にまで伸びて来た。その中をメガジキが泳いでいく。そしてドーナツ状に変わると、メガジキは同じ場所をグルグルと回っているだけになった。
こうなると水族館の水槽のようで、巨大なメガジキもあまり恐ろしくはない。
しかしグルグル泳ぎ回るメガジキの影が私の上を通る度に、その巨大さにお腹の下辺りがキュッと引き締まる。
「また飛び跳ねるかもしれないし、ちゃっちゃと凍らせなさい」
「うん。もう少し……」
メガジキの泳ぐプールはじわじわと水量を減らしていく。私がメガジキを捕らえられるように泳ぐ範囲を狭くしているのだ。
ドーナツ状のプールそのままを凍らせたら巨大過ぎて船に乗らないし、そもそも私はそれだけの魔法は使えない。
最初に比べたら水量も減っているが、それでもメガジキが自由に泳ぎ回れるレベル。
ミニッツが気を利かせてプールの位置をずらす。そしてまた一回り小さくなった。
メガジキ分くらいは魔力も練り上げられた。最悪、頭から先さえ凍らせられれば暴れても被害は少なくなるはずだ。
タイミングを見計らい、メガジキが船の上に来た瞬間、魔法を放つ。メキメキともバキバキとも取れるような激しい音を立てながらプールの一部は凍りついていき、それに合わせてメガジキの動きも小さくなっていく。そして、船の甲板にゴトンと落ちて来た。
甲板の半分くらいを占める巨大な氷のブロックだ。
メガジキが逃げないようにピッシリ同じ大きさではなく、一回り二回り大きく凍らせたのを抜きにしても大きい。
純度が低いからから、中はあまり見通せないが、メガジキの黒々とした輝きが覗ける。
「ここからどうするの?」
メガジキは氷の中にいるが、これは周りの水を凍らせて閉じ込めるようにしただけで、メガジキ自体を凍らせたわけではない。
周りの冷たさに冷やされて凍るかもしれないが、だとしてもすぐには無理だろう。
このまま周りの氷を取り除いていっても、メガジキが自由になって暴れ出すだけだ。
ちなみに私は今の魔法で魔力を結構使い果たしていて、若干気持ち悪い。
「そうだなぁ……」
船長が頭を捻る。
「殺してから取り出すか」
と、船室から自分の武器を持ってきた。魚を捌くには大き過ぎる手斧である。
素人の私が口を出すわけにもいかず――最近は船長達がなにをするのにもあまり驚かなくなってきた――ただ船長の動向を見守る。
手斧の柄で何度か氷を叩き、メガジキの頭を露出させる。ベイタがメガジキを支え、砕かれた氷の欠片はミニッツが魔法で洗い流すという見事な連携である。
そして船長は、剥き出しになったメガジキの頭に向かって勢いよく手斧を振り下ろした。
思わず目をつぶってしまい、開けた時にはもうメガジキはピクリとも動かなくなっていた。元々氷漬けで動けなかったのだが。
「船長達って魚は捌けるの?」
私と同じく手持ち無沙汰なヒストリアに尋ねる。
「できるとは思うけどこれだけ大きいのはどうだったかしらね」
「気合いだ気合い!」
私は捌けもしないので文句を言う資格もないのだが、それでも気合いで大丈夫なのだろうか。隣のヒストリアと一緒になって呆れる。
そんな風にボケッと眺めている間にも次々とメガジキは捌かれていく。
頭の部分の氷を完全に砕き、角を断ち落として頭も切る。カブト焼きにしたら美味しそう。
残りの氷をすべて取り除き、腹を割いて内臓を取り出すと――これは凍らせて海に投げ捨てた――ブロック状に切り分けていく。ここまでくると食材にしか見えなかった。
「リリカ、これは凍らせておいてくれ」
「りょうかーい」
残りの海路は二、三日足らず。毎日メガジキ料理は地獄だし、毎日食べても食べきれるかわからないほどに大きいメガジキだ。三分の二は凍らせてギルド行きだ。
氷属性の魔法印が刻まれた箱が空いていたので、ブロック毎に凍らせてそこに放り込む。目印代わりにメガジキの角を上に置いておく。
一メートルはあろうかという長い角である。スラリと細いが十分な硬さがあり、角で箱を叩くとコンコンと小気味よい音が鳴る。このまま武器として使えそうだし、小さな魚相手なら銛として使えそうだった。
これもギルドで換金してもらえるらしいので元に戻しておく。
換金するメガジキはすべて冷凍し、船室に上がるといい匂いが充満していた。それと共になにかを焼く気持ちいい音も。この状況で焼いている物は一つしかない。
作業を終えて寝転んでいたベイタを飛び越して給湯室へ向かう。
そこでヒストリアが焼いていたのはやはり、メガジキの切り身であった。
バターをふんだんに使ったフライパンの中は美味しさとカロリーが同居していて、思わずヨダレが溢れる。ひっくり返した瞬間にはつい歓声を上げてしまったくらいだ。
「パンが残ってなかったかしら?」
「取って来ます!」
私のお腹はすでに限界に近い。
寝返りを打っていたベイタを飛び越してメガジキを冷凍したばかりの倉庫に戻り、少々湿気ったパンを人数分。レタスとチーズ、トマトをついでに。
私の意図をヒストリアはすぐに察してくれた。
ソテーをしている横で私は、パンに切れ目を入れて千切ったレタス、輪切りのトマト、薄く切ったチーズを挟む。そこに焼き上がったばかりのメガジキのソテーをイン。簡単だが美味しいメガジキサンドイッチである。
初めて食べるメガジキだが、ここまでいい匂いをさせているのだから美味しくないはずがない。
ヒストリアを急かして二つ目、三つ目。そして人数分を素早く焼いてもらう。もちろんその間に私もサンドイッチの準備だ。
すでに出来上がったサンドイッチが、早く食べて欲しそうにこちらを見ているがまさか後片付けをすべてヒストリアに任すわけにもいかない。この待っている時間が最高の調味料になると信じてその時を待つ。
「先に食べててもいいのよ?」
「それは……流石に我慢するよ」
お腹は減っていても死にそうなほどではない。
ただ、漂ってくる香ばしい匂いを我慢するのは容易ではなかった。
お腹の音をBGMにしながら後片付けも全部終わらせて、四人分のサンドイッチ――ベイタは食べないらしい――を持って甲板へ上がる。
舵をとっている船長と、捌く時に出たメガジキの血を洗い流しているミニッツにサンドイッチを渡す。二人は仕事をしながら食べるらしいので、ヒストリアと共に船縁に腰かけてかぶりつく。
「うん。美味しい。中々いいね」
しっとり柔らかジューシー、バターたっぷりなメガジキソテーとチーズが濃厚な旨味。そしてそれをトマトの酸味とレタスの瑞々しさがサッパリさせてくれる。
これを食べないベイタが少し可哀想だ。ベイタが食事をするシーンはいくつか見ているが、食べないことの方がほとんどである。やっぱりその理由は本人以外からは教えてもらえず、私もなんだかベイタに尋ねにくいので謎のまま。
まぁ、ベイタが食事をしない分、美味しい物が余計に食べられるのだから文句はない。
聞いてみたら案外軽く教えてくれるかもしれないが、それは今じゃないだろう。今はまだ、それほど気になるわけではない。
手の平から次々と水道のように水を撒くミニッツを見ながら、洗車の時とか便利そうだな、なんて考えていると、遠くに大陸の影が見えてきた。
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