第39話
船旅はいつまでも続く。
船長曰く、もうすぐ目的地に着くそうだがそれには最低でもあと二、三日はかかるらしい。
どれだけの日にちが経ったのかは数えていないが、面倒で数えなくなっただけで一週間かそこらだろう。
倉庫の食料にもまだ余裕があり、どうやら無事に船旅も終わりそうだ。
私は甲板で、ヒストリアと共に晩ご飯のおかずを求めて釣り糸を垂らしている。
「かからないねぇ……」
「こんな時もあるわよ」
今日の私の釣果はゼロ。ヒストリアは小魚を一匹。今はそれを生き餌にして更に大物を狙っている。
ちなみに、出航してからの釣果ランキングでは、船長、ベイタ、ヒストリア、ミニッツ。そしてドベに私である。
船のお魚事情にまったく貢献できていないので、ここらで一発逆転を狙いたい。
しかし朝からまったく当たりは来ず、これだけ広い海だというのに魚の一匹もいないんじゃないかと思ってしまう。
ヒストリアの言う通り、こんな時もある、と割り切るしかない。
諦めて船室のミニッツ達と一緒にボイノでもやろうか。
ボイノとは元の世界で言うところのトランプみたいなカードゲームである。暇潰しに何度もやられているのかカードはボロボロで、時間さえあれば四人にルールを叩き込まれてすっかりハマってしまった。
そんなことを考えていた私の竿がグイと引っ張られた。
「きたきたきたきた!」
竿はほぼ九十度で曲がり、ギチギチと嫌な音を立てている。まさに、これまでの釣果ランキングを塗り替えるほどの大物だ。
「落ち着きなさい! 船から落ちそうになったらすぐに竿を離すのよ!」
ヒストリアも興奮しながら私の体を支えてくれる。
その時、遠くで魚が跳ねた。
「あれは大物だぞ……!」
いつの間にか操舵室から出て来ていた船長が、興奮を滲ませながら言う。
一瞬だったので跳ねる瞬間を私は見ていなかったのだが、この引きは相当な獲物だろう。まさか、余っていた槍とロープで適当にこしらえた竿で釣れるとは思ってもいなかった。
「リリカ……逃がすなよ」
「もちろん!」
船長がロープを引っ張り、私も竿からそちらに持ち帰る。ヒストリアも加わって三人、身体強化も使って引けばいくら大物でも抵抗はできまい。
近くまで引っ張ったところで、魚がもう一度跳ねた。
「大き――」
感動しかけた私の目の前で、跳ねた魚は更に大きな魚に丸呑みにされた。
魚が海中に戻り、起こされた波で船が大きく揺れた。
今のはなんだったのか。本当に魚だったのだろうか。私の釣った魚に食いついた瞬間、全身が海から出ていたが鯨かなにかと見間違えるほどの大きさであった。もしかしたらこの船と同じくらいの大きさだろうか。
「今のって……うぁっと!?」
一瞬、なにが起きたかわからずに呆けていた私達三人を、海に引きずり込まんとしたロープが現実に戻してくれた。
ずるずるとものすごい勢いでロープが海中に引っ張られ、摩擦で熱くなって思わず手を離してしまう。船長だけは最後まで握り締めていて、なんとか寸でのところでロープは止まった。
「危なかったねぇ……」
「二つの意味でね」
私が使っていた竿は槍にロープを括り付けただけの代物で、再び槍に戻せるように穂先はそのまま付けていた。
あのままロープが海に引っ張り込まれていたら、船長の背中にグサリであった。
「言っている場合か! ミニッツとベイタも呼んで来い!」
ロープがグイと引っ張られて船が揺れる。そこをバタバタと船室に向かう。
船室にいる二人は、船が大きく揺れたせいでなにか起こっているのを感じていたようだが、天井――その先の甲板を見るだけで動こうとしていなかった。
私が呼びにいってようやく「なんか危ないみたいだね」と腰を上げた。
「鯨かなにかでもかかったのかな?」
「いや、多分メガジキだ。角が見えた」
「私も見たから間違いないと思うわ」
「えぇ!? じゃあ早く逃がした方がいいんじゃないの?」
「馬鹿言うな! あんな大物逃がしてたまるか」
五人で力を合わせてロープを引く。ミニッツは乗り気ではないようだが、船長は釣り上げる気満々である。
そのメガジキという魚が何者なのか、隣でロープを引いているベイタに問いかける。
「メガジキとは巨大な角を生やした魚です。バターソテーにすると美味しいですよ」
「へー。それなら……」
釣り上げて今日の晩ご飯にしようよ。
言いかけた私の言葉はミニッツに遮られた。
「メガジキは下手に釣ろうとすると船の底に穴を開けるくらい凶暴なんだよ!? 無事に釣り上げられたとしてもデカい上に暴れるから船だって無事で済むかどうか……」
「気にすんな。甲板に上げた瞬間にリリカが凍らせればそれでいいだろ」
「……聞いた限りだと私も釣るのに反対なんですけど」
チラッと見ただけだがメガジキはものすごく大きな魚だった。それが甲板で暴れると思うとゾッとする。
しかも私の魔法を当てにされている。
ただでさえ魚は小さくともビチビチ跳ね回るのだ。それが巨大なメガジキともなると、凍らせようと近付いた瞬間にその角でグサリといきそうだ。
しかし船長が釣り上げると決めてしまったので、私とミニッツがなにを言ったところで止まるはずがなかった。手伝わないで釣り上げるのに時間がかかって、それで船に穴を開けられるのも困るので手を貸すしかない。
五人で力を合わせ、身体強化の魔法を使っても少しずつしかロープを引けない。
手元ではギリギリとロープが悲鳴を上げていて、いつ千切れてもおかしくないだろう。
突如、メガジキが再び跳ねた。
確かにそのシルエットは縦に長く、鋭い角が生えていた。銀色の体が太陽の光を浴びてきらめき、ビチビチと体をくねらせた。
思わず見とれてしまう。
なぜだかグルメ漫画っぽいことが多々起きるこの作品。
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