第37話
「そろそろ飯当番を決めるか」
「それはいいけど……話してて大丈夫なの?」
町中を走っている馬車ではないので多少針路がズレたところでぶつかる物もないのだろうが、それでも操舵輪から手を離すどころか、操舵室からも出て来て大丈夫なのかと心配になる。
しかし心配しているのは私だけのようで、ミニッツ達は笑っているだけだ。
つくづく私の常識が通用しない人達である。
ベイタがヒストリアを呼んで来た。
「リリカは料理はできるの?」
「まぁ……それなりには? できなくもない……かな。でも、そう簡単に腕を振るうほど私の腕は安くないと言いますか……やらないで済むならそれに越したことはないというか……」
「できないのか……」
「それを船長に言われるのはなんか癪だなぁ」
船長だって料理ができるような印象はない。ヒストリアとベイタは得意そうで、ミニッツも意外とできそうだ。
小学生の頃はお母さんの手伝いをして台所に立つこともあったのだが、中学校に上がってからはめっきりそんな機会もなくなった。
手伝っていた頃も大したことは頼まれていなかったので、できないと言っても過言ではない。
しかし手伝いもしていなかったお兄ちゃんが料理できるのはなぜなのだろうか。学校の調理実習はそんなに大層なことはしていないと思うのだが。
「料理できるようになってもらわなきゃ困るからな……しばらくは全員のを手伝ってもらうか?」
「私はそれでもいいよ」
料理はできるに越したことはない。
花嫁修業というわけでもないが、将来、一人暮らしをすることになってコンビニ弁当ばかり、なんて寂しいことにはなりたくない。
シーサーペントを解体した時もほとんど船長達の指示に従っていただけで、そもそもあれは料理と言うのだろうか。
しかし、
「そういう船長は料理できるの?」
「焼くだけならな」
「船長も手伝いに入ろうよ」
「ここでの料理はちゃんとしたのじゃなくてもいいのよ。依頼を受けている最中は外にキッチンがあるわけでもないし。リリカに覚えてもらいたいのは食材の捌き方とかそういうものね」
ヒストリアの説明で船長がドヤ顔を浮かべる理由がわからない。できないのは変わらないじゃないか。
そんな船長は「後は適当に決めておいてくれ」と言い残して操舵に戻った。
「作るのは昼と夜。朝は昨日の残りとかを適当に食べる感じね」
「ボクは朝ご飯は食べなくても平気だからね。自由なんだ」
「じゃあこれから作るの? 当番は順番制?」
「そうね。リリカは全員の手伝いだから改めて決めなくても大丈夫よね」
ヒストリアの問いかけに二人がうなずき、ご飯当番は決まった。
全員集まる必要はあったのか、そんなことを聞いてはいけない。
どうやら最初の当番はヒストリアのようで、メニューを考えながら船室へと降りたので私も続く。
簡単な物から教えてもらえるとありがたいのだが、異世界特有の謎料理だとか、横文字が並んだお洒落料理とかを教えてもらっても覚えられる気がしない。
船室はだだっ広く、生活用具の類いはほとんど積まれていない。この場所でそれぞれが寝たり、食事をしたりとくつろぐか、もしくは甲板に出るかである。
その奥に扉があり、そこはトイレだ。
そしてその横にはかつて扉があったであろうスペースが。そこは給湯室であり、この船の台所でもある。
ヒストリア曰く、昔、船長とミニッツが喧嘩した時に扉を壊してしまったらしい。別段困ることもないので放置しているそうだ。そんなに雑なことでいいのかと聞いてみたいが、船長達のことだから本当に気にしていないのだろう。
過去の二人に頭を痛くしつつ、船室の下へ行く。
そこがようやく、食材などが保存されている倉庫である。ヒストリアがかけられているランタンに灯りを点す。
食材の詰まった箱がいくつも並び、乾燥させた肉や魚、野菜が上から吊されている。その他にも、日用品らしき雑貨やシーサーペント戦で余った武器等の細々とした物が乱雑に積み込まれていた。
もちろん、シーサーペントの鱗や牙、骨もちゃんとある。
「今日はなにを作るの?」
「ホウシァ・ネネから食べ物はたくさんもらったからなんでも作れるけど……保存がきかないやつを使いましょうか」
シーサーペントは相当な価値があったようで、種々様々な食材をホウシァ・ネネは分けてくれた。量もすごく、裸のまま置かれている物まである始末だ。
「それだとフルーツとかだねぇ……」
食材の詰まった箱を開けると、ヒンヤリとした空気が流れてくる。
こちらの世界には魔法印と呼ばれる特別な刻印がある。
これを刻むことで周囲の魔力の属性を変えることが可能で、暖房や冷房のように使ったり、水の流れを起こしたりできてなにかと便利である。もちろん、普通に発動する魔法と比べて一つ当たりの規模は小さく、効果もいずれ切れるが、それでも便利なことに変わりはない。
その魔法印が刻まれているお陰で、箱の中はヒンヤリと冷蔵庫のようになっているのだ。
肉なんかの生鮮食品を優先して入れたがいっぱいになってしまい、数の多かったフルーツはそのままだった。
バナナみたいな黄色の果物やリンゴみたい赤い果物。ブドウのように紫の粒がたくさん付いた果物。匂いは美味しそうだが、さていったいどんな味なのか。
「まぁ、仕方ないわね」
と、ヒストリアは適当にいくつかフルーツを掴む。
「あなたも持ってね」
「え、ちょ……」
そのまま上に戻ってしまったので、私も急いでいくつかのフルーツを持つ。
上ではヒストリアが、皿の上にフルーツを乗せていた。切ったりもせず、そのまま。
「ご飯よ!」
と、呼ばれて甲板から降りて来たミニッツとベイタの表情が固まる。
気持ちはわかる。せめて切るなりしてくれないとご飯の体も為していないのではなかろうか。
「まぁ……わかってたけどさ」
二人は苦笑いを浮かべながらフルーツを手に取る。
「もしかしてヒストリアも料理ができないとか?」
それなら少し安心できるのだが。
「失礼ね」
「そういうことじゃなくて、積み込みの時に果物が余ってるのは見てたからさ。しばらくはこうだと思ってたよ」
「なるほどね……」
だから文句の一つも言わないのか。
どのフルーツも見覚えがあるが、こちらの世界では初めまして。
とりあえずバナナに似たのを取り、同じように皮を剥く。現れたのもやはりバナナみたいだった。
「……美味しい」
柔らかな甘味が口に広がる。バナナに似た風味で、と言うよりはバナナであった。見た目もバナナだしこの果物はバナナなのかもしれない。
リンゴみたいな果物も同様で、若干の酸味とシャリシャリした食感が美味しい。
とは言え果物ばかりいくつも食べられるわけではない。私は満足したので、いくつかを船長に持って行くことにする。
「やっぱりな……」
船長は諦めたようにため息を吐き、バナナに手を伸ばした。
こんな調子が続くと、私の料理の腕が上がるのか甚だ疑問である。
ブックマーク等々、励みになりますので是非によろしくお願いいたします。