第36話
異世界なんてものが本当にあるなんて思っていなかった。
私――平凜々花は小さい頃から夢見がちだったが、いつか白馬の王子様が私に会いに来てくれる! という夢ではなくどちらかと言えば、衣装ダンスの奥へ奥へと行ったら別の世界に繋がっているとか、魔法の国からやって来たお姫様が、なんてことばかり想像していた。
これはやはりお兄ちゃんの影響があるのかもしれないが、私が少女漫画よりも少年漫画を好きだったのは間違いない。
魔法をズバズバ使って冒険していく、なんてことが本当にあるとは夢みたいだ。
しかし夢のような現実でもやはり現実は現実。そう甘いことばかりではない。
私が最初に目覚めたダンジョン――ワクワクする響きだ――は想像していたのとは違い、ジメジメとした洞窟の奥みたいな場所で、スライムに体半分食べられかけていたのだ。
今でこそスライムなんてちょちょいのちょいだが、あのまま目覚めなかったら、と思うと背筋も凍る。
しかしそこで恩人であり友人であり仲間とも呼べる人達に会えたのだから結果オーライか。
イヌに似た獣人――これもワクワクする響き――であるファルグ種の、船長ことダイガント・ザッツ。紅一点、ネコに似た獣人であるキャラサ種。そして私の良き友人でもあるヒストリア・ミヤオ。ネズミに似た獣人であるラッタ種のミニッツ・クン。そしてちょっと不思議なぱっと見、人間のベイタ。
彼ら四人に拾ってもらえたからこそ私は今こうして生きており、異世界生活を謳歌できていた。
冒険者として様々な依頼をしつつ世界中を旅する彼らの道中は危険も多いが、それが楽しい。そして世界中を巡るので、私が元の世界へ戻る方法も見つかるかもしれない。
普段は意地悪で憎まれ口も叩くが、私は彼らが大好きだ。
「おいリリカ! サボってるんじゃないぞ!」
「ちょっと感傷的になってるんだから空気読んでよ!」
私の言葉に船長はおどけたような仕草をするだけだった。
しかし、今は船出の準備をしている最中なのでボケッとしていた私が悪い。ただ、水平線から昇る朝日を船の上から見てしまうなんて、感傷的になるな、という方が無茶である。しかも、大冒険をしたばかりなのだから余計に、だ。
ひょんなことから私達はダンジョンに潜ることになり、その奥で巨大な黒い触手群と戦った。あわやエッチな展開かと思ったがなんとか撃退し、戦利品として手に入れたのがこのペンダントだ。朝日を受けて光っているが、石自体は黒くくすんでいる。
初ダンジョンの初報酬。
見た目は大したことないが、私の一生の宝物になりそう――
「リリカも働いてよ!」
「ごめん!」
いくらなんでもボケッとし過ぎていた。
ちゃっちゃと荷物を積み込んで出航したいのがみんなの総意。私達が出航しないと島で暮らすホウシァ・ネネの人達も困るだろう。
積み込むのはほとんどが食料や飲料水だ。
この島に来る途中で倒したシーサーペントは食べられる部分をほとんどホウシァ・ネネに渡し、代わりに保存食や飲み水をもらう。
残りの素材は私達の取り分で。これを倒すのも苦労したのでいくらになるのか楽しみだ。
箱に収められた果物や干物。そして樽に詰めた飲料水を運び込む。
「結構な荷物だね」
近くにいたヒストリアに言う。
ここに来た時の準備の数倍の量はありそうだ。
前回はシーサーペントを倒したのを加味しても一日で済んだ航路。いったいどれだけ遠くへ行くつもりなのか。
「長ければ一週間はかかるかもしれないわね」
「一週間!?」
「長ければ、よ。まぁ、変な嵐とかに巻き込まれたらもっとかかると思うけどね」
「変な嵐って……」
脱力した私の言葉に対してヒストリアは「言葉の綾よ」と素っ気なく返して作業に戻った。寂しい。
私はこれまで精々が遊覧船くらいで、本格的な船デビューをしたのはこちらの世界に来てから。そしてそれも、前述の通りに一日だ。
いきなり数日間も船上での生活とは。不安で堪らない。
しかしいくら不安がっても準備が止まるはずもなく、私も真面目に働いたので積み込みはすぐに終わった。
最後に船長が、ホウシァ・ネネに預けて手入れしてもらった武器を受け取り、本当に準備完了である。
「じゃあ出るぞ!」
船長の合図と共に船は沖へ出る。
ちゃんと別れの挨拶は済ませたが、ホウシァ・ネネとの別れはしんみりしてしまう。
出会ってまだ一週間も経っていないが同じ釜の飯を食べた仲である。言葉は通じないがもう友達だ。
しかし出会いがあれば別れもあるのが世の常というもの。今生の別れでもあるまいし、これから始まる冒険について想いを馳せよう。
船旅はほとんと初めてなのでワクワクの方が大きい。
なにを見るともなく海を眺めていると、ミニッツが甲板に上がって来た。ベイタも一緒だ。
「リリカ、ペンダントもう一回見せて」
「本職の人に見せる前に私達でももう一度見ておきましょう。
首から外したペンダントを二人に渡す。
二人ともそれぞれ、上下左右様々な角度からペンダントを眺め、私がしたのと同じように太陽に透かして見たりした。そして道具を使っていじくり回したが、成果は出なかったようで、落胆した様子で私に返してきた。
ルーペで隅々まで観察するくらいなら構わないが、流石に小さなトンカチを取り出した時は止めさせてもらった。
「やっぱりなにも感じないですね」
「ビックリするほど魔力も感じないからね。普通のペンダントなのかな」
「そういう物でもダンジョンの核になったりするの?」
ダンジョンとは突如として現れ、中の魔物の素材や落ちている宝物なんかで、それこそ宝箱みたいな存在だ。
そんなダンジョンがこの世界に現れる理屈はまだ解明されていないようだが、一説にはなにかが核となって周囲の魔力を狂わせているのではないか、と言われている。今回のダンジョンでもこのペンダントが核として存在していた。
勝手なイメージだが、ダンジョンの核となるのはものすごいマジックアイテムを想像していた。
このペンダントも最初は、黒い触手に守られていて、いかにも呪われしアイテムの雰囲気を醸し出していたのだ。
置かれていた場所から取り出した途端にダンジョンが崩れたので、あのダンジョンの核がこのペンダントなのは間違いない。それが取り出してみればなんの変哲もないペンダントなのだから、拍子抜けもいいとこだ。
「いや……流石にそれは考えにくいんじゃないの?」
「でもこれはただのペンダントなんだよね?」
「その可能性が高い、ってだけですね。プロが見たら違うかもしれませんし、そもそもこのペンダントが核だ、というのも私達が言っているだけですからね」
「なるほどなるほど」
ペンダントを取り出した瞬間にダンジョンが崩壊し始めたのでこれが核だと考えたが、ダンジョンが崩れたのは別の要因でたまたまタイミングが合っただけ、とベイタは言いたいのだ。
確かにそれも納得のできる話で、ただのペンダントが核になるよりはあり得そうだ。
これ以上はどれだけペンダントをこねくり回して、私達の脳みそをひねくり回しても答えは出なさそうだ。
その時、小さな操舵室で船を操っていた船長が甲板にまでやって来た。
第二章開始です!
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