第33話
「お疲れ様、リリカ」
顔を覗き込んできたヒストリアの手を借りて、寝転がっている状態から立ち上がる。
ミニッツとベイタも心配そうにこちらを見ていた。
周囲を見渡すと私の凍らせた触手の塊が転がっており、これら全部が私を襲って来たのか。そしてそれを全部凍らせてやったのか。と思うと我ながら恐ろしい。
今までの私ならこれだけの魔法を放てば魔力不足で倒れていただろう。
この空間が特殊であることを差し引いても、自分が成長しているようで誇らしかった。
ところで、
「船長はどうしたの?」
心配して欲しいわけではないが、こうして船長以外の三人が駆け寄って来てくれると、やはり最後の一人からも心配してもらいたい。
もちろん無理にとは言わないが。それでも少しくらいは。もちろん、無理にとは言わないが。
「あそこで寝てるわよ……」
「あぁ……そう……」
こっくりこっくりと船を漕いでいる船長。
自分で言って少し笑いそうになってしまったので、もう眠っていたことに関してはなにも言わないことにする。
さて、そんな船長は放っておいて私達はダンジョンのことを気にしなければならない。
ミルロルからの依頼はダンジョンを潰すことで、それには核を破壊するなり持ち出すのが一番とのこと。そして私が戦っている間に三人は、ペンダントがこのダンジョンの核であると予想していた。
特に詳しくもない私でもこのペンダントが異質なのはわかる。
こんなだだっ広い場所に一つだけあるし、なにより宙に浮いているのだ。これで関係ないなんてそんなことはないだろう。
「で、どうするの?」
「とりあえず魔法で壊せないか試してみようか」
と、ミニッツとベイタが準備する。
触手の元となっていた黒い液体が薄い膜のように、円柱状になっている。そしてその中にペンダントが。
触りたくないのは全員同じようである。
魔力を練り上げた二人が目を合わせてタイミングをとり、同時に魔法を放つ。
ミニッツから放たれた水流。そしてベイタから放たれた土塊が膜に当たり、幻だったかのように消えた。
一瞬のことである。
「もう一回やろうか」
「そうですね」
結果は同じ。
二人の放った魔法は膜に触れた途端にスパッと消えてしまった。
「これは……どういうこと?」
「壊すにしてもこの膜の中から取り出さなきゃならない、ってことね……」
「……誰がやる?」
名乗り出る者がいなかったので聞いてみるが、やはり誰も手を上げない。
触手には触れずに対処できた。それはそれでよかったのだが、触手に触れた場合にどうなるかわからないのだ。しかも魔法を完全に無効化した膜である。
なにがあるかわからない。
誰かがゴクリと唾を飲み込んだ。
「……触手を退治したのはリリカだから」
「そうですね。責任を持って」
「最後までやるのがいいわね」
「ひどくない!?」
こういう時ばっかり息が合うのだから困ったものだ。
しかしこのままワーワー言い合っても最終的には私がやりそうな気配がしており、抵抗するだけ無駄なような気もする。
「大丈夫なんだよね?」
「死にはしないと思います」
「なにかあったら助けるから大丈夫」
「船長もそんな感じのこと言ってたけど?」
「私達はちゃんと起きてたから」
本当に命の危険があるとすれば、三人はちゃんと説明してくれる。それくらいの信頼はしている。
なのでこの膜の中からペンダントを取り出すのは、なにか起きるかもしれないが問題ない。もしくは起きても対処できるレベル。もしかしたらなにが怒るか予想もできていない、か。
嫌だ嫌だではなくチャレンジしてみるべきか。諦めが肝心だと、すでに学んでいる。
深呼吸を一つ。
勢いのままに決めた覚悟が揺るがない内に手を突っ込む。
トプン、と水の中に手を突っ込んだような奇妙な感覚があったかと思えば、すぐに指先に硬い物の感触が。
それを握ってすぐに手を引き抜く。
魔法が消えたように私の手も消えてしまうんじゃないか。そのまま私自身が消えるのでは、なんて考えたのはすべてが終わってからだった。
右手にはペンダントの感触と、膜の中の生暖かい感触だけが残っていた。
「と、取れたね……」
手を開くと、ちゃんとそこでペンダントは輝いていた。
初めに見た時はキラリと赤く輝いていたように見えたのだが、私の手の上では黒く濁ったような色の石だった。
あまり綺麗には見えない。
「で、このペンダントを――」
どうするの? と聞こうとした瞬間、地面が、ダンジョン全体が大きくガクン揺れた。
地震かとも思ったが、それならもう少し長く揺れるはずだ。一度だけ揺れるような地震はこれまで記憶にない。
今の揺れはなんだったのか、と開きかけた口は、再びの揺れによって閉じられる。
しかも次の揺れは一度きりではなく、細かく長い間揺れ続けていた。地響きまで聞こえてくる。
「ちょちょちょ、これは……」
「おい、お前ら大丈夫か!」
ここまでダンジョンが揺れてようやく船長は目を覚ましたようだ。
ドタドタとこちらまで駆け寄って来る。
「ペンダントを回収したよ。そしたら揺れ始めて……」
「そうか。じゃあちゃっちゃと脱出するぞ!」
有無を言わさぬ船長の言葉に、私以外の三人はすぐさまうなずいた。
私はと言うと、状況が飲み込めず、一拍遅れてようやく駆け出した船長の後に続くことができた。それもヒストリアが背中を押してくれたからだ。
そんなことをしている間にも揺れは大きくなっていくようだった。ピシリピシリと、部屋のどこかから音が鳴る。
「これってどういう状況!?」
「説明は後で! それよりも入り口まで案内してちょうだい!」
なんとなくの状況は察していたが、説明もできないほど切羽詰まったヒストリアの様子で確信に変わる。
しかしそれよりも先に私のやるべきことがある。
すでに先頭を走っていた船長とベイタは上の階へ続く穴を、身体強化の魔法を使ってロープも使わずにジャンプで移動していて、ミニッツもそれに続くところだった。
ぶっつけ本番だがそれでうだうだと言っている暇はない。私も続かなければならない。
「女は度胸!」
意外と一階上までジャンプで上がるというのもできるものだ。もちろん、上で船長が引っ張り上げてくれたからだが。
「真っ直ぐ行って右!」
しかしそんな感傷に浸っている場合ではなく、用意していた地図を開いて道を示す。
さっきよりも揺れは格段に大きくなっていた。




