第31話
嫌な予感がする。とても嫌な予感だ。
「わかりやすくていいじゃないの」
「あれを壊すか……まぁ、持って帰れればそれが一番だな」
なんて言いながら四人はそれぞれの武器を構え、触手に近付いて行く。
「ちょちょちょ、なにする気なの!?」
「なにって……あのペンダントを回収するんだよ?」
「ダンジョンの方はそう簡単に渡させないみたいですけどね」
ペンダントを壊す、という私の言葉に反応したかのように液体は動き出したのだ。
まるであの液体が意思を持っているかのような動きを前にして、四人はまったく動じていない。
普通、意思がなさそうな存在がそういう動きをしたら警戒しないか。
「ダンジョンは意思を持つ、なんてよく言われてるでしょ?」
「そんなの知らないって……」
「そうだったわね。でもこういうことって多いから」
「でも……ヒストリアは下がっていた方がいいんじゃないの?」
不思議そうな顔をしているが、相手が相手である。
ヒストリアと私は後ろに下がって大人しくしていた方がいいだろう。それが健全で一番の選択肢だ。だって敵は触手である。なにが起こるかわからない。
しかし私の世界の常識が通用するはずもなく、四人は触手に、一斉に飛びかかった。船長とヒストリアは武器を構え、ミニッツとベイタは魔法を放つ。
触手はそのどれに反応するでもなく、真っ直ぐ私に向かって伸びて来た。
「やっぱり!?」
こんな展開になる気がしていた。しかし大人しくそんな展開に従う気はない。
この部屋での魔法の使いやすさはさっき理解した。多少の無茶はできるはずだ。
そして展開が読めていたからこそ対処方法も考えていた。
両手を地面に付ける。
次の瞬間、私を守るかのような氷の壁が現れた。
「よし!」
普段なら簡単に出すことのできない、集中したとしても成功するかわからない大きさの壁だが、バッチリ発動できた。
触手は壁にぶち当たり、飛沫のようになって散らばる。
この触手の攻撃は魔法で防げることがわかった。
四人は大丈夫だろうか。ミニッツとベイタはもちろん、ヒストリアが魔法を使ったところは見たことある。しかし船長はどうだろうか。
船長とヒストリアによって触手は断ち切られる。そしてそこにミニッツとベイタの魔法が激突し、見事な連携によって触手は粉々に粉砕された。
しかし元々が液体だっただけに、地面に落ちた触手の雫は再び大元と一つになる。
それだけで終わりが見えなくなって気が遠くなりそうだが、今はそれどころではない。
触手は魔法で防げるが、船長とヒストリアは、その防ぐ術を持っていないだろう。船長はもちろん、戦闘に魔法を使っていないヒストリアも魔法は得意ではないのだろう。私がこの場所でいつもより上手く魔法を使えるからと言って、二人もそうだとは限らない。
前線で触手と戦っているミニッツとベイタではなく、後ろで全体を見渡せている私が二人を守らなければならない。
しかしその必要はなかった。
「なんで私に来るの!?」
四人はそれぞれに触手へ攻撃を加えている。その度に再生してまったく堪えていないようだが、それでも攻撃している四人を差し置いて私を狙う理由はなんなのか。
もしかして触手には本当に意思があるのだろうか。
意思があったとして私が狙われる心当たりはない。なんならヒストリアの方が触手向きなのではないか。私よりも大人だし、セクシーだし。後はスタイルも……。
「この変態!」
自分で考えておきながら自己嫌悪に陥る。
私にはまだ未来がある。可能性がある。これからどう成長するかなんて決まっていない。
その自己嫌悪と奮起を魔力に変えて、再び巨大な氷壁で攻撃を防ぐ。
しかし触手も馬鹿ではないのか、最初こそ壁で防げたものの、第二陣からは壁の上、左右から回り込んで私に迫って来た。
また壁を出そうかとも思ったが、それではなにも変わらない。
ならば、
「そこぉ!」
触手自体を凍らせてしまえばいい。
空中に氷を出して操れれば攻撃にも使える、とミニッツの教えで練習していたが、空中に氷を出すのはなんとも難しい。基準がなにもないのでイメージが簡単にできないのだ。できたとしても、ものすごく時間がかかる。
しかし今は基準となる触手がある。しかも操るわけでなく触手を凍らせるだけ。目の前に迫る触手を基準にして自分の魔力を放てばいいのだ。
練習の成果か、それとも部屋に魔力が満ちているからか。ぶっつけ本番でも無事に触手を凍らせることに成功した。
触手の先の方が凍り、ゴトリと地面に落ちる。
すぐに再生しようと周囲の触手がそこに群がるが、氷が邪魔をして合体することができないようだ。
触手と私の動きが一瞬止まる。
同じ一瞬だったが、その空白の意味は違う。
「はい! はい! はい! はい!」
手を拳銃のような形にして、指差すと同時に触手を凍らせていく。普段ならこんなことは絶対にできないのだが、この時ばかりは気分が乗りに乗っていた。
さっきまで執拗に私を狙っていた触手だったが、少し腰が引けているようにも見えた。無敵にも思えた触手に思わぬ天敵が現れたようなものだ。
触手の先を凍らし、地面に落ちたらまた新たな触手の先を凍らせる。
周囲はいつのまにか凍った触手で埋め尽くされていた。
「リリカ、気をつけて!」
触手達が攻め方を変えるのと、ヒストリアから注意の声が飛ぶのは同時だった。
長さが減った分をそれぞれが合体して補っていたのか、いつの間にか触手の本数は半分以下にまでなっていた。そして残った触手が更に合体して一本の巨大な触手へと変貌した。丸太ぐらいはありそうな太さである。
「それくらい太いともうエッチなことはできないね……ってなんでみんな休んでるの!?」
触手の向こう側ではさっきまで触手と格闘していたはずの四人が地面に座っていた。
戦い過ぎて体力が底を突いたとかそういうことではなさそうである。両手を突いて上半身を支え、欠伸までしている。
船長やミニッツにやられるのはなんとなく納得――したくないが――できるが、ベイタに、注意を飛ばしてくれたヒストリアまでもが座って休んでいる。
私一人が触手の相手をしているのになんということか。
「だってボク達の方は見向きもしないんだもん。仕方ないよ」
「リリカ一人でもなんとかなりそうだしな」
「危なかったら助けに行きますよ」
見てみれば、それぞれの傍らにはちゃんと武器が置いてあり、ベイタの言う通りに危ない場面では助けに入ってくれそうだ。しかしあれだけだらけきった状態からすぐに助けてくれるのか。
それを聞いてもヒストリアが苦笑いを浮かべるだけ。他の三人に関してはどこ吹く風である。
「あぁ……あんたもお約束は守ってくれるのね」
私が船長達に文句を言っている間、律儀に待ってくれていた触手。
その意図はわからないが、攻撃してくる様子もなかったので思う存分、文句も言えたのだ。途中で攻撃してきて中断させてくれてもよかったのだが。
しかしこのお約束を守るということが、船長達と気が合いそうでなんだか嫌だった。出会う場所が違っていればこの触手は船長達と旅をしていたかもしれない。
「……それはないか」
鉢から生えている触手を持って旅する船長の姿を想像し、思わず吹き出してしまう。
それを開始の合図と見なしたのか、いよいよ触手が攻撃を仕掛けてきた。とは言えその攻撃は私を叩き潰そうと触手自身を振り下ろすだけだ。
武器もなければ手足もない。これまで魔法も使っていない。そんな触手にできるのは突撃するか薙ぎ払うか、そして叩きつけるか。
液体状なので触れさえすれば取り込んだりできるのだろう。
その攻撃に対して私は自身の周りにドーム状に氷を張る。これで完全に攻撃を防げるわけではないが、動きを鈍らせることはできる。
ドシンとドームに触手が当たる。ミシリ、と音がした時にはもう私は触手の下から離れている。
そしてドームが完全に壊された瞬間、私の渾身の魔力によって触手は凍りついた。
「おぉ!」
ミニッツの驚いたような声が聞こえる。これは私も上手く考えたと自画自賛だ。
氷のドームで攻撃を防ぐと同時に、それを壊させて破片をまとわりつかせることでその後に凍らせやすくする。
いくらなんでも丸太のような触手を一気に凍らせることはできないので、破片の付いた場所から凍らせていこうという作戦だ。
全体が凍りつくよりも早く触手は氷から脱出する。地面には氷に張り付いた触手が残っている。私が動くよりも早く、それをミニッツが水で覆い、合体できないようにさせる。
「ナイス!」
「ちゃんと前見て」
残った触手は、今度は正面から私に向かって突撃して来る。
船長なら真っ向から受け止めたかもしれないが、残念ながら私にはそんな筋肉はない。これまで通りに氷の壁を出して防ぐだけだ。
触手の力はこれまで以上だが、それを予想している私の氷壁の厚さもこれまで以上である。
上と左右の三手に分かれた触手はその分細くなっているので、少しずつ凍らせていく。
今度はさっきみたいに無尽蔵に凍らせることはしない。いくらこの部屋の中は魔力に満ちていると言っても、私自身の魔力には限界があるからだ。
一度にたくさんの魔力を使うのではなく、少しずつ、回復しながら使っていく。
ただ、これだけ魔法を連発するのは楽しくて我を忘れてしまいそうだった。