第3話
魔法。幼い頃から憧れていたそれが使えるかもしれないのだ。ついに私も憧れの魔法少女に。
手の平を上にしてテーブルに置く。それを興味深そうに眺める三人。
「じゃあ体の中を流れる血をイメージして。魔力も同じように体の中を巡ってるからね」
イメージしやすいように目を閉じる。
私の体の隅々、頭の先から手の先、足の先にまで張り巡って心臓を介し、また体のあらゆる所まで巡っていくイメージ。
「流れがイメージできたらそれを手に集めよう。そして手の平から魔力を放出するイメージで」
「……うまくいきそうじゃないか?」
船長の言葉が嬉しかった。実は私には才能があったパターンか?
ミニッツは暴発もしないだろうし、なんて私のことを侮っていたが、これは巨大な魔法の爆発が起きて三人を見返す流れである。
そして決め台詞の「私、今何かしまし――
「集中して」
「はい」
イメージが途切れるとすぐに表れてしまうのか。
再度集中してさっきよりも更に明確にイメージを固めていく。
「……これは氷属性っぽいわね」
「そうだね。リリカ、手の平から放出する魔力が氷の形になるイメージで。リリカは氷属性みたいだからそうすれば簡単にいくと思うよ」
氷、氷。それを言われて最初にイメージするのは雪の結晶だが、やっぱりそれは氷と言うようは雪のイメージに近い。
氷と言えばやはり四角いあの形。
夏の昼下がり。クーラーの効いたファミレスの窓際の席で外を眺める私。頼んだアイスコーヒーの氷が溶けてカランという涼しげな音を立てる。待っているうちにすっかり薄くなってしまう。あの人は来ない。敵わぬ恋。
想像力豊かな私は氷という一つの単語からここまでイメージできるのだ。
イメージというよりは妄想だが。
「はい。そのままゆっくり目を開けて」
ミニッツの指示に従って目を開ける。その最中でも集中は途切れさせない。ここで焦ってまた魔法が消えては元も子もない。
私は学習できる女。
「うわぁ……」
思わず声が漏れる。そのせいで手の平に浮かんでいた小さな氷の結晶は霧散してしまった。
たった一瞬のことだが、それでもちゃんと魔法が発動できていた。この目でしっかり見ていた。
これで異世界に来たけど魔法は使えない、なんて読者もビックリな展開にならずに済んだ。剣で戦うのも格好いいが、やっぱり魔法が使えなくては話にならない。この世界にやって来て魔法を使えない人達なんているんですかね?
「後は練習だね。魔力を操る感覚に慣れたら話しながらでも魔法が使えるようになるから頑張ろう」
そう言いながらミニッツは手からドバドバと水を溢れさしている。
「うん……わかったからそれやめて。なんか気持ち悪い……」
すぐに消えてテーブルを濡らさないとはいえ、水を溢れさしているのは単純に奇妙な光景だ。
しかしミニッツはそれをやめなかった。
「もうちょっと説明すると、今ボクが出してるのは魔法の水だけど、ちゃんと水としての性質も持ってるんだ」
「……どういうこと?」
「普通に飲めるし栄養も……水に栄養ってあるの?」
「それは……わからないけど」
透明だからなないんじゃない? なんて答えは間抜けっぽいので控える。
「まぁ、とにかく、普通の水とほとんど変わらないってこと!」
「きゃっ!」
言うが早いが、ミニッツは手の平を私に向ける。飛んで来た水が私の全身を濡らした。 ただでさえ制服の所々が破けていて色気たっぷりなのに、濡れてしまったらもう色気が突き抜けてエロスになってしまう。
しかしミニッツは笑っているだけだ。船長も特に感情が読み取れない。二人とも男ならもう少しこう……反応があるのではないだろうか。
「魔法で生み出した物と普通の物との境界は曖昧なんだ。だから水で濡れるし火で燃える。仕組みは難しくてボクも覚えてないけど、それだけ覚えておいてね」
「了解でーす」
私の隣に回ったヒストリアが、手をかざして服を乾かしてくれている。よく見るとその手の中に小さな火の玉があって、熱によって乾かしているのがわかる。
ミニッツの説明の通りならこの魔法の火も触ったら火傷してしまうのだろう。
同じ火属性の船長も、濡らした張本人であるミニッツも私のことを気にした風もなくジョッキを傾けている。
「ヒストリア……」
「なぁに?」
「こんな気遣いできない男達と一緒でいいの?」
私の問いかけにヒストリアは吹き出して笑う。それを見た船長とミニッツは少し不機嫌そうに私を見たが、気遣いのできない男の視線は痛くも痒くもない。
なにか文句があるならまずは甘い物でも持って来てもらわなければ話にならない。
「この二人が気遣いできないのは今に始まった話じゃないしね。ベイタは別なんだけど」
チラリとベイタの方を見る。
ずっと眠ったままだが、体のどこも動いた様子がない。本当に生きているのかどうかも怪しくなってくる。
ファンタジー世界なのだから、ベイタはゴーレム説を提唱しよう。残りの三人の内の誰かが操作しなければ動かないのだ。だから今は停止している。
そのベイタは置いておいて。
「気遣いできないのにずっと一緒にいるんだ」
「もう諦めたからね」
非難がましい目と声音。それを向けられた途端にサッと目を逸らす船長とミニッツ。
その姿がどうにも男らしくなくて、私もヒストリアもため息を吐く。
「……なんにせよリリカも戦えるようになるかもしれなくてよかったな!」
「そうだね。魔法の練習だったらボクも付き合えるからね!」
あからさまに話題を変えようとしているの姿は滑稽ですらある。
こんな二人とずっと一緒に戦っていたヒストリアの苦労がしれる。しかし男所帯であればこれも仕方ないのかもしれない。
周りの冒険者パーティを見ても、男の比率が高い。
それに偏見だが、こんな荒っぽい仕事をしている人達に気遣いも求めるのが間違いなのだろう。
「うーん……。これはもう新しいの買った方がいいかもね」
「やっぱり? これだけボロボロになったら仕方ないか……」
お気に入り、というわけではないが学校の制服というのは、私が元の世界で暮らしていた証のように思える。これがないと他には、ポケットに入っていた携帯電話だけである。電波がないので繋がらないただのオブジェ。そもそも繋ぐ相手もこちらの世界にはいないが。
それは置いておいて、制服を脱ぐといよいよ異世界に染まる気がする。とは言えいつまでもセクシーに町を歩くわけにもいくまい。
「あっ、でも……私お金持ってないよ?」
「大丈夫よ。気遣いのできる男がここには二人もいるんだから?」
「わかったよ仕方ねぇな……」
「……濡らしたのボクだしいいんだけどさ」
「……ありがとうございます」
二人から大きな銀貨を二枚ずつ受け取る。
銀貨には見知らぬおじさんが描かれている。どこの世界でもお金には偉人とかを描くものなのだろうか。
私にとっては髭を生やしたおじさん以外の何者でもないが。
「じゃあ行きましょうか。せっかくだからかわいくしちゃうわよ」
「あっ、うん……」
この銀貨四枚でどれだけの買い物ができるのか。この価値によって船長とミニッツの甲斐性が計れるかもしれない。