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第27話

 一夜明けて。


 海の上での目覚めというのも中々乙な物である。水平線の向こうから昇る太陽が顔を照らし、自然と目を覚ますことができた。

 静かな波の揺れはあたかもハンモックのようで、目を閉じていたらいつの間にか眠ってしまっていた。そしてその揺れに優しく体を起こされる。


 他の四人はまだ眠っていたので、起こさないように甲板へ出る。


「うーん……。いい気持ち」


 深呼吸をすると磯の香りで胸がいっぱいになる。


 どちらかと言えば臭い部類ではあるが、今はまだ海に出たばかりなのでこの臭さも新鮮である。


 しかし、


「んー……髪がベタつく……」


 こちらの世界のお風呂事情は日本ほど発達しているわけではなく、一般家庭にあるのは水をぬるま湯程度に温めるための魔道具だけである。

 それでも町に滞在していた頃は公衆浴場があったのだが、船ではそれも望めない。


 幸いにもミニッツがいるので、魔法の水を使えば船上でも水浴びができる。しかしシャンプーやリンスなんて気の利いた物もないので、髪の毛も水で洗い流すだけか石けん。しかも昨日はミニッツが酔い潰れてそれもできなかった。


 結果、潮風に晒されて髪の毛はベタベタでゴワゴワしていた。


 せっかくのキューティクルが台無しである。


「まぁ、元々そんなに気を遣ってたわけじゃないけどね」


 部活帰りでは疲れて早く寝たいので、ちゃっちゃと体を洗ってちゃっちゃと髪を洗う。丁寧にケアをしたことなんてそうはなかった。練習がない日でも、普段が普段なので特別なことはなにもしない。

 しかしこうして髪の毛にダメージが蓄積していくのを見ていると、可哀想に思えてくる。


 なにが悲しいかと言えば、ヒストリアにとってはこの環境が普通だったので私の悩みもあまり相談できないのだ。

 一度してみたが「それがどうかしたの?」なんて聞き返されてしまった。


 もしかしたら、こちらの世界でシャンプーなんて開発してしまったら大金持ちになってしまわないだろうか。同じ女であるなら髪の毛を美しく保ちたい気持ちもあるはずである。

 可能なら一ついくらで売ろうか。まずは冒険者辺りから。なんて皮算用をしてから、そもそもシャンプーにどんな成分か使われているのかも知らないのに、開発なんてできるはずがないと気づく。


 薬草を組み合わせればできそうだが、こちらの世界で一山当てるよりも元の世界に戻ることの方が先決だ。


 どうすれば元の世界に帰れるのだろうか。他に私と同じような境遇の人はいるのだろうか。


 なにか重要なことを忘れているような、肉の筋やイチゴの種が歯の間に挟まっているようなそんなモヤモヤとした気持ちがあるのだが、なにを忘れているのかがわからない。本当に重要なことを知っているのかもわからない。


 物言わぬ太陽はなにも教えてくれない。なんてセンチメンタルなことを考えてしまう。


 そんな間抜けなことをしている間に、続々とみんなが起きてきた。


「よし、とりあえず飯食って今日のことを考えるか」


 一番最後に起きてきた船長の言葉で、朝ご飯の準備が始まる。


 朝ご飯は昨日のシーサーペントの残りと干し肉。それをトマトを初めとしたいくつもの野菜と一緒に煮込んだ具だくさんのスープである。

 一応パンもあるが、スープ単体で満足できるほどのボリュームはある。


 スープの大鍋を砂浜で囲みながら、それぞれ一杯食べた後に船長が口を開く。


「昨日言った通り、今日はミルロルの言っていたダンジョンの下見だ。場所は昨日の内に聞いておいた」

「いつもと同じで、いけそうならそのまま先に進んで、厳しそうなら戻って作戦会議。これでいいんだよね?」


 ミニッツの言葉に船長がうなずく。

 ここまでは昨日も聞いていた話である。


 問題は、初めてのダンジョンで私がちゃんと働けるかどうか。


「あのー……ダンジョンってどんな風になってるの?」


 私が知っているのは、こちらの世界に来て最初に目覚めたあの場所。

 魔物に追いかけられたジメジメ通路の印象しかない。


 それがダンジョンらしいダンジョンのイメージではあるのだが、あまり気持ちのいい場所ではないので、できれば明るい雰囲気だと嬉しい。


 しかし私の希望は船長によって打ち砕かれる。


「大体はお前も知ってるあんな感じの場所だよ。魔力濃度が普通の場所よりも高いから気分が悪くなるかもしれないな」

「そうなったら早く言いなさいよ」

「うん。わかった」


 ついでに嫌な情報まで手に入ってしまった。


 しかしこれからも船長達と行動を共にするのであれば、ダンジョン探索は避けては通れない。これが練習だと思って気合いを入れるとしよう。


「じゃあ、それぞれ荷物の確認をするか」


 買い溜めしていたポーションはそれぞれが三つずつはカバンに入れる。


 ポーションは値段によって、私の想像していた通りの効果がある。一番安い物だと痛み止めだけ。高ければ傷に振りかけるだけですぐに塞がってしまうのだ。

 まるで魔法のようだが、治癒魔法もあるのでポーションも魔法みたいな物だろう。


 船長、ベイタ、ヒストリアは武器を使って戦うので動きを邪魔しない小さめのポーチ。ミニッツは魔法主体だが、元々の体格が小さめなラッタ種なのでカバンの大きさは三人と同じくらい。

 最初は戦力というよりは荷物運びをするつもりであった私のポシェットが一番大きいので、必然的にポーションも私が多く持つことになった。


 その他の応急処置の道具は後衛の私とミニッツが。非常食なんかは私のカバンに。

 後は細々とした物を分担してカバンに入れ、残りは各々の武器の点検だけである。


 そしてそれも問題なかったので、私達はダンジョンに向かう。こうして準備をしていると、これから戦いに向かうのだと気持ちも引き締まってくる。


 しかしそんな気持ちもジャングルの中で道を塞ぐツタや、小さな虫のせいで緩みきっていた。


 船長が先頭を進み、自慢の斧で道を切り拓いて行くのだが、顔の周りをぶんぶん飛び回る虫がそれだけで私の気分を陰鬱とさせていた。

 こんなジャングルの奥地にあるようなダンジョンをよくぞ見つけたものである。


 だらけきった気持ちで歩いていると、突如として視界が開けた。


 群生していた木々が消え去り、草もなく地面が剥き出しである。しかしその剥き出しになっていた地面もすぐに消えた。


 拓けたエリアの中心辺りにぽっかりと大きな穴が開いていたのだ。私達五人で手を繋いでようやく外周が囲えるような大きな穴である。

 その穴からなんだか嫌な空気が漏れているような気配がしている。明らかにただの穴じゃない。


「船長、もしかしてこれが……」

「ダンジョンだ。想像していたよりも魔力が濃そうだな」


 他の三人も険しい表情である。


 穴を覗いて見るが、底は見通せない。試しに火を点けた枝を落としてみるが、すぐに見えなくなり、それでもすぐに地面にぶつかる音がした。


 外から中は窺えないようになっているらしかった。


「どうするの?」

「行くしかないだろ。ダンジョンっていうのはこんなもんだ」


 すでにヒストリアはロープを手近な木に括り付け、下まで降りる準備を始めていた。


 心の準備ができるまで待って欲しいのだが、これもまた仕方のないこと。周りが私に合わせるのではなく、私が周りに合わせるしかないのだ。


 急いで腹を括る。


 最初に船長が下に降り、異常がないと合図があった。


 続いて、ミニッツ。ベイタが降りる。


「さっ、リリカも行きなさい」

「うん。わかった……」


 ロープには等間隔で結び目が作られている。それを足がかりにしながらそろそろと降りて行く。


 その内にいつの間にか、視界が真っ暗になり、それでも降りて行くといつの間にか、薄暗い空間に到着した。

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