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第22話

 そのお陰か、冷静になれた私がいた。


 飛び込む船長。口を開きながらそれを追うシーサーペント。それに気づいていない船長。落ちたヒストリアの方を見ていて同じく気づいていないミニッツ。

 ヒストリアは海に落ち、船長もそれを追い、ミニッツは二人を助ける。残されたのは私とベイタだが、ベイタは船を操らなければならない。つまり私一人。私が一人でシーサーペントの気を惹かなければならない。

 しかし甲板の中頃にいる私が欄干まで走って攻撃する暇はない。


 魔法による攻撃。だがそれはゴブリンも倒せない程度の勢いしかない。


 ならば、


「投げた方がいい!」


 手の平から魔力が抜ける感覚がして、ヒンヤリとしたなにかが作られる。

 それがどんな形をしているのか、ちゃんとできたのか確認する必要はない。これまで毎日握って投げていた、慣れ親しんだ感触だったからだ。


「二軍の、本気ィ!」


 腕が回り、十分に加速する。そして腕のスピードが最高潮に達したところでボールを離す。


 スローモーションに見える世界で狙いをつけるのは簡単だった。


 これまでで一番の感触。どんな練習試合にも――二軍のピッチャーに抜擢された時のあの一投にも勝る手応え。

 そしてそこに身体強化の魔法も加わる。


 ボールを投げた瞬間、世界が戻った。


 空気を裂いて行くようなその球は、ゴッと鈍い音を立ててシーサーペントの目玉に当たった。


「オアアアア!?」


 小さな礫では目に当たったとしても大したダメージは与えられない。

 しかし目に異物が入ればそれが例え砂粒だとしても気になるものだ。気を惹くには十分である。


 予想通り、シーサーペントは驚いてこちらに顔を向けたのだが、


「お、怒ってらっしゃる……?」

「オオオオオオオオオオオオオォォォォォ!」


 氷の球を当てたシーサーペントの左目はダラダラと血を流している。そしてもう一方の右目は怒気に溢れていた。


 想像していたよりもボールの勢いがあったのかもしれない。

 これは身体強化の魔法を元の世界で使えればレギュラーの座だって夢じゃない、なんて現実逃避もしてみる。


 背中を冷や汗が流れたが、冷や汗は頭を冷やしてくれない。これからどうするべきか頭の中がグルグルする。


「避けて!」


 ベイタの声と同時に横に跳ぶ。


 ひゅっと胃が縮んだような思いだ。


 さっきまで私がいた場所に、シーサーペントの顔が突き刺さる。

 ハマったのか、モゾモゾと動いているがその度に甲板がギシギシ音を立てている。


 顔回りの鱗はどこかトゲトゲしていて、角らしき物も生えていて見るからに強そうだ。避ける寸前に見えた牙もやはり恐ろしい。


 しかしそのシーサーペントは今すぐには動けない。


「これは……チャンス?」


 船長とヒストリアはミニッツが助けるだろう。ベイタは船を操縦するのに忙しい。

 ならば攻撃できるのはやっぱり私だけ。


 近くに転がっていた槍を手に取る。


 もしも寸前で抜け出したら。そこで攻撃を仕掛けて来たら。今度は避けられないかもしれない。そんなことは考えていなかった。


 できる限り鱗の少ない場所を探して突き立てる。そして魔法を使ってその周囲を凍らせていく。


「オオオオアアアア!」

「凍れ凍れ凍れ!」

「離れてください!」


 船の内部でシーサーペントが叫び、船全体がビリビリと震える。


 揺れる足下の中、這い回るようにしてシーサーペントから離れた。確かな手応え。私にはあれで十分。


 ベイタの忠告のわけはなんだったのか。シーサーペントが脱出して私に攻撃でも仕掛けようとしていたのだろうか。


 振り返るとちょうど、大きな岩がシーサーペントに落下する場面だった。


 暴れ回っていたシーサーペントはビクリと大きく震え、それから動かなくなった。

 当たり前だ。自分の頭ほどの大きさもある岩が落ちて来たら、誰だって気絶くらいはしてしまう。船の中に入った頭に直撃したわけではないが、首の骨くらいは折れているだろう。


「……終わった、の?」


 さっきまでの空気が嘘のように当たりは静まり返っていた。波の音。風の音だけが鼓膜を叩く。


 勝負は唐突に終わった。


 私自身が怪我をしたわけではない。

 しかし、突然現れたシーサーペント。沈められそうな船。小型の魔物との戦い。落ちるヒストリアに助けようとする船長。そしてシーサーペントの気を逸らすための渾身の一投。紙一重の回避。

 それらすべてが私の精神にダメージを与えていた。


 尻餅をついてしまい、ドッと疲れが押し寄せる。


 バシャンと音がして、船長とヒストリアが甲板に戻って来た。ミニッツの魔法で周辺の海水ごと持ち上げられたのだろう。そのミニッツも少しグッタリしていた。


「ヒストリア大丈夫!?」

「なんとかね、っつぅ!」


 背中を痛めたのか、痛みに顔を歪ませる。

 尻尾の一撃を食らったのだから当然だろう。


「これくらいならすぐに動けるようになるよ」


 すぐにミニッツが背中に手を当てる。


 治癒魔法と言うらしく、痛み止めくらいならすぐ。大きな怪我でも時間をかければ治せるという医者要らずな魔法である。

 その証拠に、ヒストリアの表情も段々と和らいでいく。


「船長、ミニッツ。助けてくれてありがとう」

「おう。当然だ」

「お互い様だよ」


 二人が少し恥ずかしそうに顔を逸らすのはご愛敬。


 さっきまでの殺伐とした雰囲気が嘘のように霧散していて、今はとても晴れやかな気分だ。これで空が快晴であったなおよかったのに。


「よし。それじゃあいつもの場所に向かうか」

「了解です」


 舵輪が回り、船の向きが変わる。


 私にとっては一大イベントであったシーサーペント狩りだが、船長達にはわかりやすい達成感はなかったのだろうか。まさか私のようにまだ飲み込み切れていない、ということはないだろう。


 巨大なシーサーペントが巻き付いているというのに、船は出航した時と変わらない軽やかさだ。


 びちゃびちゃに濡れた甲板に腰を下ろしてしまい、お尻がヒンヤリしたが、全身びしょ濡れなので今更だ。なんなら大の字に寝転がりたいくらい。


 しかしこれほど大きな魔物を倒してしまうとは。


 シーサーペントの体は太く、美味しいと言っていたがどれだけ食べられるのか。マグロ丸ごと解体して寿司にしたら、なんて企画をテレビでやっていたが、シーサーペントでそれをやったらどれだけ大食いの人を呼んでも終わらない。


 ただ、シーサーペントを倒した爽快感と共に、何だかわからないモヤモヤが胸を渦巻いていた。

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