第2話
休日よりは平日の方が良いかと思って金曜更新にしてみます
「じゃあ本当にこことは違う世界から来たんだな」
面白い物を見るような視線でダイガントが私を見てくる。
それが好奇の目だとしても、ファビュラスな筋肉の持ち主に見られていると思うと、とても興奮する。
私と四人の話し合いの場は町中の酒場に移っていた。
魔物を狩ったりするのが主な仕事の冒険者達が集まる、いわゆるギルドである。そして想像していた通り、荒くれ者共が昼間から浴びるように酒を飲んでいる。店内は騒がしく、二回ほどなにかが壊れる音がした。想像通りの場所だ。
私の元いた世界とこちらの世界の説明をすることで、私自身、本当に異世界転生したのだという確信が持てた。
こちらの世界は獣人、魔物、そして魔法というわかりやすいファンタジー。「初めて来たはずなのに飲み込み早いわね」とはヒストリアの言葉である。
ラノベや漫画の知識がこうやって役に立つとは思わなかった。
しかし転生。死んだ覚えはないし神様に「ごめーん、あなたまだ死ぬ予定じゃなかった」と言われた記憶もない。
「互いのこともわかったことだし、これからのことを話さないといけないわね」
ヒストリアの言葉に、ベイタを除いた全員がうなずく。
ベイタはギルドに着いた途端、疲れていたのかすぐに眠ってしまった。三人が気にしなくてもいい、と言うので気にしないようにしているが、これだけ騒がしい場所でも眠れるのだから不思議な人間だ。
後で落書きをしてもいいだろうか。
「とは言え、僕達がどうするかはもう決まっているよね?」
「決まってるって?」
「こことは違う世界――異世界なんて行ってみたいに決まってるじゃねえか」
ニヤリと口角を釣り上げるダイガント。これは本当に私の暮らしていた世界に興味を持っている感じだ。
なんとなく、ろくなことにはならないな、と私の第六感が叫んでいる。
「リリカの話を聞く限りずいぶんとこちらとは違っているみたいね」
「魔法がないなんてどうやって生活してるんだろう」
ヒストリアとミニッツも乗り気で、ダイガントが一人で先走っているわけではなさそうだ。恐らくベイタも同じだろう。
「で、リリカはどうするの? 私達と一緒に来る?」
話は私の下に戻って来る。
ヒストリアがずっと言っていたこれからの話というのも、詰まるところ私が今後どうするかの話である。
こちらの世界で暮らすか、その場合どうやって暮らしていくか。ずっと彼らにお世話になっているわけにもいかないが、彼らが私の暮らしていた世界を目指すならそれに便乗するのも手だろう。
しかし一つ問題がある。
「私は別に元の世界に戻りたい! って思ってるわけじゃないんだよね……」
元の世界が嫌いなわけじゃない。
優しい両親に馬鹿なお兄ちゃん。学校では友達と馬鹿騒ぎをして、ソフトボール部では二軍のピッチャーに抜擢されてこれから頑張るぞ! という時期。元の世界でやるべきこともたくさんあって、すでに友達が恋しかったりする。
それ以上に、この異世界にワクワクしているのだ。
魔法を使ってモンスターを倒す。そんな誰しも一度は憧れるファンタジー世界にこうして身を置いているのだ。すぐに戻れるからといって戻ってしまうのはもったいない。
スライムにまとわりつかれたことは忘れることにする。
もしも本当に転生だとして、元の世界で死んでいるのならわざわざ戻る必要もないだろう。もう少しこの世界を楽しんだって罰は当たらないはずだ。
「……だけど俺らも今日明日すぐにお前の世界へ行けるわけじゃないからな。できれば手伝って欲しいんだが」
「どうして? 言っちゃアレだけど手伝ったりとかできないと思うよ? 足手まといになるかも。私は……適当に花屋でも紹介してくれたらそこで働いてるからさ」
「花屋もそんな気楽ではないと思うけど……」
ダイガント達四人はチームで活動している冒険者だと聞いた。
魔物を退治したり、依頼されて護衛をしたり、薬草を採取したり。そして何より、誰もが怖じ気づくようなダンジョンを探索しているという。そこに魔法のマの字も知らない私が入ってもお荷物以外の何者でもない。ちょっと重い物は持てるがそれだけである。
しかし私のことを誘っているのはダイガントだけではないみたいだ。ヒストリアもミニッツも私が加入することに賛成しているように見える。
これがダイガントだけなら私に惚れた、とか理由は思いつくのだが、ミニッツにヒストリアにまで求められては理由がわからない。
「俺らとは別の視点が欲しいんだよ。こっちの常識に染まっている俺らとは別の視点がな」
「これまで僕達は別の世界の話は見たことも聞いたことも、想像したこともなかった。つまりリリカが居た世界へ行く方法を探すには僕達だけの視点じゃ足りないってことなんだよ」
ミニッツの言葉を信じるのであれば、こちらの世界には小説的な娯楽は存在しないのだろうか。あったとしても想像するに騎士物語や勇者の伝説か。少し面白みに欠ける。
とは言え別の視点と言われてもそれをできる自身はないのだが。
「でもそうね……三人がそこまで私を必要としてくれるなら考えてもいいかな」
誰かに頼られる、というのは気持ちのいいことだ。それが例え、ついさっき出会ったばかりの人達だったとしても。
町中で急に道を聞かれて戸惑ったが、上手く案内できた時の充足感に似ている。
なのでダイガント達が困っていて私の力を必要としているなら――
「いや……そんなどうしてもってわけじゃ……」
「足手まといなのはその通りだしね……」
「いないならいないで俺らもやりようはあるからな」
「ごめんなさい調子乗ってました!」
当てにされていると思っていたら別にそうでもない、なんて恥ずかしいことこの上ない。
こうなったら意地でも役に立ってダイガントのチームに私アリ、なんて言わせるしかない。こう見えて運動神経はいいのだからなんだってできるはずだ。
「あーでもよかった……」
私の答えを受けてヒストリアは心底安心したようなホッとした声を出す。
なんだ。あんなことを言っておきながらやっぱり私の力が必要なんじゃないか。
「リリカって放っておけないものね」
「うん。心配になるよね」
「……確かにそうだな」
強面のダイガントまで同意している。
頼りにされてた、ってわけではないが心配してくれているなんてなんていじらしい人達なんだろう。なんだか気分がよくなってきた。
つれないことを言っておきながらツンデレさんかな?
「「「だってリリカ、馬鹿っぽいから」」」
「三人でハモった!?」
「手伝って欲しいとは言ったが一応条件はあってだな」
「……条件?」
仕切り直したダイガントが言う。
条件とはいったいなんなのか。学歴だとしたら普通の公立校を進む私にアピールするポイントはあまりない。精々がソフトボールの経験と得意科目が古典というだけだろう。
そのどちらもこの世界で役に立つとは、え思はず。
「そうだ。俺らの仕事は荒っぽいからリリカにも自分の身くらいは守れるようになって欲しい」
なるほど。元の世界に行く方法を探す過程で、魔物と戦う場面は何度もあるだろう。ダイガント達四人ならなんとかなるが私を守りながら、なんてことは難しいという話。
しかし最初から足手まといになるのはわかっていたので、そこは私なりにどうにかしようとは思っていた。
「だから魔法の使い方とか教えてよ。剣とかでもいいかな」
「……元の世界に魔法とかなかったんだよね? 使えるかな?」
「……あなたが剣ねぇ」
前向きに考えていた私の心意気に水を差すようなミニッツとヒストリアの一言。
確かに四人と出会ってから大したことはしていないが、そんなに不安そうな表情を浮かべることもないじゃないか。
「自衛の手段を身につけろって言ったのはそっちだよ!? それに私の運動神経舐めないでよね!」
と、私の力を見せつけるようにシャドーボクシングを始める。
どうだ私のこの唸る右は! そして世界を獲れるかもしれないかもしれないこの左。誰にも負ける気はしなかった。
そしてそんな私の姿を気の毒そうな目で見る三人。眠っているベイタだけが私の救いだ。
「魔法くらいは試してみてもいいんじゃないか?」
「そうそう! ダイガントの言う通りだよ」
「あー、すまんが俺のことは船長と呼んでくれ。名前で呼ばれるのは馴れなくてな」
「そうなの? かわいい所あるんだね船長」
こんなやり取りもしつつ。結局、ミニッツもダイガント――船長の言うことにも一理あると感じたのか、簡単に魔法の授業をしてくれることになった。
曰く、船長とヒストリアは魔法があまり得意ではないらしく、ベイタも寝ている今、必然的にミニッツが先生になる。
「まず魔法には火、水、風、土、氷、雷の六つの属性があるの」
そう言ってミニッツは手の平を見せる。そこにじんわりと水が溢れ出て来て、手から溢れると同時に消えていく。
まさに魔法のような光景であった。
「ご覧の通り僕は水属性。船長とヒストリアが火属性でベイタくんが土属性だよ」
その隣でヒストリアが、私に見せつけるように手の平に火の球を浮かせていた。
暗い洞窟の中とかで便利そうだ。
「船長は?」
「得意じゃないって言ったろ」
拗ねてしまった。
「ちゃんと調べればその人がなんの属性を持ってるかわかるんだけど、今日は省略しようか。どうせ魔法を使ってみればわかることだしね」
「そんなにすぐに使えるようになるの?」
「手の平に火を出すとかそれくらいならね。暴発もしないだろうしここでやっちゃおう」
いよいよ私も異世界デビューだ。異世界にやって来て魔物に襲われて、獣人と楽しく会話している時点でデビューはしているのだろうが、やはり魔法を使わなくてはファンタジーの主人公にはなれない。
そういう意味ではここがスタート地点。そう思うと俄然、やる気が湧いて来た。