第19話
そんな冗談は置いておいて。
一瞬とは言え妙な空気になってしまい、それまでの盛り上がりがどこか白けてしまった。責任を取って一発芸でも披露しようとしたが、幸いにもその必要はなかった。
「お待たせしましたー」
店員が運んで来た巨大な皿の真ん中に、大きな魚が鎮座している。香草を使って焼き上げたのか、立ち上る湯気と一緒に芳しい香りが鼻に入って来る。そしてその周りを囲うように揚げたエビや魚がズラリと並んでいる。
周囲の冒険者達からも歓声が上がるような豪華な一皿だ。
よかった。渾身の一発芸を披露した時のお兄ちゃんの冷たく厳しい視線を思い出すとできるだけ披露はしたくなかったのだ。
「明日に備えて今日はバンバン食おうぜ!」
嬉々とした船長が真ん中の魚にナイフを入れていく。
開かれ、更に香りが増す。
「流石、船長ね。太っ腹だわ」
「太っ腹ついでにボク、そこの皮がパリパリの所が欲しい」
「おいおい、俺が頼んだ料理だぞ」
なんて言いながらも言われた通りに取り分けてあげる船長は優しいと思う。
「リリカはどうする?」
「美味しい所!」
「了解」
ミニッツがリクエストしたパリパリに焼かれた皮だろうか。鮭の皮についたぷるぷるの脂身も美味しく食べる私にとって、皮部分は期待が高まる。
それともストレートに身の部分か。ちなみに私は赤身の魚が好きだ。
そして出されたのが予想していた身の部分。
「なんだその顔は? こいつは腹の部分が美味いんだぞ」
「いや……ちょっと身構えてたから驚いただけ」
コボルトの肉だとかデミサハギンの肉だとか、見た目は悪くて不味かったり見た目は悪くて美味しかったり、そんな物ばかり勧められて食べていたから頭の部分を渡されるんじゃないかと心のどこかでビクビクしていた。
頭の所は美味しいと聞いたことはあるが、名も知らない魚の頭から食べられる部分を剥いでいくのは少し勇気がいる。
香草の香りを楽しみつつ、一緒に出された黄色いソースをかけて口に運ぶ。
「美味しい!」
身を口に入れた瞬間に香りが広がり、ふんわりとした身はホロホロと崩れていく。そして溢れる旨みとまろやかなソースが合わさって、ずっと味わっていたいのにいつの間にか飲み込んでしまっていた。
美味。こちらの世界に来て初めて純粋に美味しいと思えたかもしれない。
「早く食わないとなくなるからな」
一口一口に感動しながら食事をしていると船長からそんな注意が飛んで来る。
見ると、私以外の三人はどんどん箸――フォークとナイフを進めていた。
「ちょ、私の分も取っておいてよ!」
真ん中のメインの魚が美味しいのはわかった。周りの付け合わせのエビや魚の揚げ物も美味しいに違いない。
みんながやっているようにエビを手でワイルドに剥いていく。
身を頭から外した瞬間にぷりんと震え、早く食べてと訴えかけてくる。それだけで涙が流れるほどに美味しそうだ。噛めば噛むほど旨味が溢れてスープのよう。そして揚げた魚はサクッとふわっと。
そしてそこからのことはあまり覚えていない。わかるのはお腹がパンパンで苦しくて、それでも幸福だということ。
この大きくなったお腹に詰まっているのは幸せかもしれない。
「さて、じゃあ明日狙う獲物の話をするか」
全員分の飲み物を改めて用意し、船長が口を開く。
「あーそういえばそれがあったね……」
「あなたのためにここまで来たんだけど?」
今日の食事が幸せ過ぎて忘れかけていた。
だが、美味しい物が食べたいという私の願いはすでに叶ってしまった。明日の獲物も美味しいらしいが、はたしてどれほどの物か。
楽しみであり、でも船長達のチョイスだからな、という気持ち。そしてやっぱり楽しみな気持ち。
いつの間にかベイタも起きていて、全員が飲み物で口の中と気持ちを切り替え、船長の言葉を待つ。
「俺らが狙うのはシーサーペントだ」
「シーサーペント?」
「ああ。巨大なウミヘビみたいな魔物だな」
確か沖縄の方ではウミヘビも食材として食べられていた気がする。テレビの番組で蛇を食べていることもあるし、食材としてはまともなのか。
しかしその味はまったく想像がつかない。
そして船長の言う巨大がどれほどの物か。それが少し心配であった。
「そろそろ繁殖期に入るから筋肉質になったいい味が出るんだよ」
「スープや煮込みなんかは絶品ですね」
「でも繁殖期って……」
大抵の動物は繁殖期になると気が荒くなるものだ。
そんな所に船で入って行っていいのだろうか。ろくな目に会う気がしない。
「心配している通り、この時期のシーサーペントはとても気が立っているわ。シーサーペント達が集まる海域があるんだけど、熟練の船乗りでも今の時期、その海域は避けて通るわね」
「えぇ……。大丈夫なの?」
「その分、食材としては一級品だからな。高く売れるんだ」
ギルドでもたまに破格の報酬で依頼が出るらしい。それでも相手が相手なだけに好んで船を出す船乗りは少なく、いたとしてもお金がかかるので普通の冒険者が依頼として受けて旨みがあるかは微妙。
しかし船を持っている船長達はその分のお金がかからない。なのでシーサーペントを狩ることも多いのだそう。
慣れているなら大丈夫なのだろうか。
船長以外の三人にもあまり気負った様子もない。
「リリカは溺れないようにだけ気をつけてれば大丈夫だ」
「うっ……」
そこだけが心配だ。
海に出て船上での戦いとなれば海に落ちることもあるかもしれない。
泳げないのもそうだが単純に、シーサーペント達の巣である海域に単身放り出されるのがなによりも怖かった。
「そのためのウキグサだ。落ちないに越したことはないけどな」
「最悪、海面を凍らしちゃいな」
「そうする」
私の魔力では海面を凍らせてもすぐに沈むだろう。
それをわかっていても空気を変えるためにミニッツは言ったのだから、それに乗らないほど空気を読めないわけではない。
しかし妙案なので明日までにもう少し魔法の練習をしておこう。
「で、どんな作戦なの?」
「近付く船は何でも潰して沈めようとして来るからな。まずは海域に近付いて一体が釣れるのを待つ。完全に巣の中には流石に入らない」
シーサーペントが集まる海域に近付き、いち早く気づいた奴だけをターゲットにする。
一度に何体ものシーサーペントを相手にする必要はなさそうで一安心だ。
「あいつらは船に巻き付いて締め上げるから、巻き付かれたところを槍で突きまくって、魔法も撃ちまくって、船が沈むよりも前にシーサーペントを力尽きさせる」
「どっちが先に倒れるかの戦いだね」
「うん……。なんとなく想像はしてたよ」
最初はちゃんと作戦を立てているのかな、なんて思っていたが最初だけだった。
巻き付かれる前に倒すのではない。巻き付かせて倒す。これまで何度も思っていたがやはり船長は脳みそまで筋肉でできているのだろうか。
類は友を呼ぶ、なんて言うが、それになにも違和感を覚えない辺り他の三人もちょっと同類なのだろう。
少し頭が痛くなってきた。
「大丈夫よ。これで今まで何度も倒して来たんだから」
「リリカがいる分、いつもよりちょっとだけ楽かもね」
「期待していますよ」
「うん。頑張るよ……」
今更予定を変えられるわけがないし変える気もない。
ただ、心の中でため息を吐くくらいは許して欲しい。




