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第18話

 少しばかり動転していた馬も落ち着いて、私達の旅路は再開された。


 目的地は遠い町で、道端で二度も夜を明かした。その時見た星空は忘れられないだろう。


 そして馬車旅三日目の夕方にしてようやく、目的地に辿り着いた。


 港町カーペンシス。

 入り江を囲うようなすり鉢状の地形で、砂浜のある低地側と崖の上の高地側に分かれている面白い町だ。


 身分証を見せて町に入ると、ちょうど目の前に海が広がっていた。

 高地側からは海の全体を見渡せて、水平線に夕日が沈むところだった。


「きれい……」


 ここしばらくはゆっくりと休む暇なんてなかった。強化週間が終わった時も、パーティを抜ける抜けないで精神的に疲れた。


 潮風が頬を撫でる。


 こうして荒事から解放されて沈んでいく夕日をじっくり眺めていく。そんな時間がたまにはあったっていいじゃないか。


「浸ってるところ悪いけど、手伝ってくれる?」


 軽く現実逃避をしていた私をこの厳しい現実に引き戻したのはミニッツだった。いつの間にかリヤカーを調達していて、ベイタとヒストリアが続々と馬車から荷物を下ろしていた。船長は御者さんと代金の交渉でもしているのだろうか。

 急いで私も三人を手伝い、荷物をすべて積み終える頃になってようやく船長が戻って来た。


「ったく……。もうちょい安くてもいいだろうに……」


 どうやら納得できる金額ではなかったらしい。


「さて、先に荷物を船に置くか。リッツルが首を長くしてるだろうからな」


 リヤカーは船長とベイタが引いてくれるので、私達はそのまま荷台に乗せてもらう。

 ガタガタと乗り心地はお世辞にもいいとは言えなかったが、初めて見る町の光景に目を奪われていて、そんなことは気にならなかった。


 ふとしている間にも太陽はどんどん沈み、店仕舞いを急ぐ人々。それとは対照的にこれからが書き入れ時だ、と店を開ける人々。

 坂を下って低地側に下りると今度は漁師達の姿が多くなる。ランプの下で漁の仕掛けを作っていたり、仲間内で笑いながら酒を飲んでいたり。


 上と下でガラリと風景が変わり、見ているだけでも面白い町だった。

 そして、漁師の肉体もまた、見ているだけで胸が熱くなる。


「ザッツ殿、お待ちしておりました。今日はもう来られないかと思いましたよ」

「途中で何度か魔物に襲われてよ。ま、一番手強かったのはここまで運んでくれた御者だがな」

「その様子ですと納得できない料金だったようで」


 港に着くと、出迎えてくれたのはラッタ種の男性だった。船長と話をしながら船まで案内してくれる。

 髭を生やしており、喋り方からしてそれなりの歳はいっているだろう。キッチリした服装で、彼だけが港の中でどこか浮いていた。


 この頃にはすでに日も沈み、頼りない街灯だけではほとんど暗闇に近い。


 ラッタ種の男性――リッツルも、ランプを持って先を歩いていた。


 黒々とした海に浮かぶシルエットだけの船は、妙な威圧感をこちらに与えていた。見上げねばならないほどに船から、ボートのように小さい物まである。

 その中の一つの前で、リッツルは足を止めた。


「連絡を受けてから改めて掃除と状態の確認はしておきました。今すぐにでも海に出られますよ」


 ランプを受け取った船長がそれを掲げる。


 闇の中に浮かび上がったのは大きな船だ。少なくとも見上げるくらいには。何百人と乗るような豪華客船にはほど遠いが、五人で乗るには充分大きい。

 畳まれているが、巨大な柱に帆が括り付けられているのがわかる。あれも広げたらどれだけの大きさになるのだろうか。


「すごい……」

「何年も使ってるボロだけどな」


 みんなに続いて船に移る。足を乗せた瞬間にグラリと揺れた感覚が新鮮だった。


 乗ってみると改めてその広さを実感する。

 旅館の大部屋のように広々とした船室。小さくもキッチンが付いている。掘っ立て小屋よりも雑な、とりあえず屋根をつけた程度の操舵室。五人が並んでも不自由しない程度には甲板も広かった。

 私が興奮してあちこち見て回っている間に、船長達は船の点検を済ましていた。


「問題ない。バッチリ管理してくれてありがとな」

「仕事ですので」


 そう言ってリッツルは去って行った。


 船の灯りを点け、手分けして荷物を運び入れる。それが終わるとお腹も空いている。


「よし! 晩飯を食いながら今回の旅の話をするか」

「待ってました!」


 実は結構限界が近かった。


 揺れる船上での荷物運びは戦闘とはまた違った体の使い方で、その揺れも相まっていつも以上に疲れていた。ご飯がお腹に入っていたら危なかったかもしれない。

 大地の上に立つも。まだ揺れる感じがある。船長の好意に甘えてリヤカーに乗せてもらって冒険者ギルドを目指す。


 どこの町でもこの場所の賑やかさは変わらない。騒ぐ人間が変わっただけでこの光景はもう見慣れたものだ。

 前にいた町との違いは食べ物のメニューだけ。港町なだけあって魚料理が多く並んでいた。


「デミサハギンはないね」


 唯一知っている魚の名前はメニューに載っていなかった。

 あったとしても食べる気はないが。


「あれは川魚だから、ここじゃないかもしれないわね……」

「川魚……」


 大別すればまぁ魚なのだろうが、二足歩行で陸地を歩き回っていたあの魔物を魚にまとめるのはやはり違和感があった。


 頼んだのはヒラウオのフライサンド。それがとりあえず安全そうなので他にいくつかチャレンジの意味も込めて頼んでみる。


 こちらの世界に来てから何度も食事したが、未だに食材の名前と見た目と味が一致しないことも多い。毎度毎度の食事もギャンブルだった。

 ヒラウオのフライサンドは想像していた通りの見た目。他にはブイヤベースのようなスープと蒸した貝。飲み物は青い色をしたジュースだ。飲み物だけ失敗したかもしれない。


「遅いわよリリカ」


 ミニッツはすでに食事を始めていたがヒストリアは待っていてくれた。ベイタはいつも通り目を閉じて、眠っているのか起きているのかわからない。


 いつもいつも食事の時にはなにを頼むか迷っているので申し訳ない。


 ちょっと頼みすぎたかと思ったが案の定、ヒストリア達もそれなりの量を頼んでいて、テーブルの上は賑やかだった。一種の宴会状態である。


 そこに、一人席を外していた船長が戻って来た。


「それだけ? めずらしいね」


 ミニッツが驚くのも無理はない。

 いつもは見ているだけでお腹いっぱいになるほど食べる船長が、今日はお酒とおつまみのナッツだけだった。


「めぼしい依頼がなかったから明日には船を出すぞ」


 ミニッツの言葉には答えなかった。


 どうやら船長は依頼の確認に行っていたようだ。入りのいいやつがあったらそれをやるつもりだったのだろう。


 しかし船を出すならなおさら食事の量が少ないのが気になる。

 と、言うよりどうせ船を操舵するのは船長だろう。アルコールを飲んで大丈夫なのだろうか。


「お酒飲んで大丈夫なの?」

「俺は船にも酒にも酔わないから大丈夫だ」


 つまらない洒落を言う人ほど信用できないのだが。

 そして、酔っている姿もそこそこ目にしている気がする。


「大丈夫よ。コレ、匂いだけだから」

「そもそも依頼がある時も船長は飲まないからね」


 そういえば船長が酔っ払っている時は大抵、次の日が休みの時だ。普段から浴びるように酒を飲んでいると思っていたが、あれもほとんどはノンアルコールだったのだろうか。

 なら、


「もしかして船長ってお酒に弱い?」

「意外よね」

「ボク達の中で一番弱いもんね」

「うーん。ホントに意外……」


 筋肉ムキムキだし、いつもみんなを引っ張っていくし、リーダーだし、勝手に強いと思い込んでいた。


「うるせぇ! ベイタとは飲み比べてないからわかんないだろうが」

「ベイタくんは食べたり飲んだりしないから考えないよ」

「そうそう、ずっと気になってたんだけどベイタって何者なの? 食べたり飲んだりしてるところを見たことないんだよね」


 つい小声になって聞いてしまう。同じテーブルにベイタがいて、他の三人も同じテーブルなので意味はないのだが。


 まだ大した時間は経っていないが、四人との付き合いもそれなりにはなっている。一緒に食事をする機会も増え、一対一で食べる時もある。

 しかしベイタから食事に誘われることは一度としてなく、みんなで食べている時も今のように、眠っているように座っているだけ。なんとなく私からも食事に誘う機会がなく、それから今に至る。


 私としては当然の疑問でそれほど深刻なつもりはなかったのだが、ほんの少しだけ妙な空気が流れた。


「いずれ本人から話してもらえるよ」

「そうだな。俺達が言うようなことでもないか」

「今は気にしないことね。大丈夫。変な理由じゃないから」


 やんわりとそれ以上は聞くな、と釘を刺される。

 しかし三人の様子からすると本当に大したことではなさそうだ。単純に本人の口から言うべきことを他人が言うべきではない、その程度の雰囲気だ。


 なので私もその時を待つことにする。


 これはベイタはロボット説がいよいよ真実味を増してきた。

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