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第15話

「さて、リリカも無事に目が覚めたことだし、何かお祝いでもするか!」


 湿っぽい空気を切り替えるように、船長は殊更大きな声で言った。


「リリカはなにかしたいこととかある?」

「私達にできることならなんだってしますよ」

「そうだなぁ……」


 正直、わざわざお祝いをしてもらうほどのことをした覚えはない。ただ必死に船長とミニッツを守り、寝込んでいたのが回復しただけ。考えてみたらお祝いされるほどのことか。

 私自身の気持ちがどうであれ、お祝いをしてくれると言うのならそれに乗っからないわけにはいかない。どんな理由でもお祝いとは楽しいもので、しかもそれが私の好きなことをしてもらえるとなれば尚更である。


「うん。やっぱり美味しい物が食べたいな。元気が出るようなやつ」


 病気の時も病み上がりの時も、やはり精の付く料理を食べるに越したことはない。

 風邪を引いた時なんかはその時にしか食べられない甘やかしの特別メニューがあるものだ。


 ちなみに我が家では熱を出すと、たっぷりの野菜を麺と一緒にクタクタになるまで煮込み、油揚げを二枚も乗せた特別なきつねうどんが食べられた。

 あの甘いお揚げを思い出すとヨダレが出てくる。あぁ、うどんが食べたい。と、言うよりも和食が食べたい。味噌醤油納豆。


 こんなことならちゃんとお母さんに料理を習っておくんだった。私は出汁を取ることもできない。


「うまい物うまい物……」

「どうせならリリカがまだ食べてない物がいいよね」


 私が一人、懐かしの和食に想いを馳せている間、四人はメニューを考えていてくれた。

 パッと思いつく物はないようで、中々に頭を悩ませているようだ。


「せっかくだし、久しぶりに海へ出ない?」


 ヒストリアの提案に三人が反応する。


「あー、それも手か……」

「でもリリカは大丈夫かな?」

「しかしリリカの食べたことのない物で美味しい物。そして予算を抑えるともなれば海に出ないことには……」


 ちょっとベイタの台詞の中に引っかかる物はあったが、ここはスルー。


 そういえば、船長は船長と呼ばれているがなぜそう呼ばれているのかはわからなかった。もちろん、みんなの中でリーダーであり、船にも乗るからなのだろうが、みんなが船に乗ったところをまだ見たことがない。

 陸サーファー的な感じで陸船長なのかと思っていた。


「私なら大丈夫だよ。なんなら船長が本当に船長なのか確かめられるいい機会だし」

「おま……そういう風に思っていたのか」


 愕然としている船長のことは置いておき、私が乗り気だというので海に出ることは決定した。


 この時期に海に出るなら狙う獲物は決まっているらしいが、私にはサプライズということで内緒だそうだ。

 この四人の感じからすると、秘密は大抵ろくなことにならない気がするが、ヒストリアとの悶着があったばかりだし大した危険はないだろう。


 早速、手分けして色々な物資を補給する。

 船長は船を様子を確認しに。小さい物ながら本当に船を持っているらしく、普段は別の人に管理してもらっているらしい。

 ミニッツとベイタは酒やら食料の買い出しに。獲物を獲ったらそのまま宴会に突入する予定だ。

 そして私とヒストリアはその他の物資の買い出しだ。


「あまり無理はしないでね?」

「大丈夫だって。ずっと寝てただけなんだから」


 いつものヒストリアよりも二割増しで優しい気がする。本当に体に不調はないので、あまり優しくされ過ぎるのもなんだか気を遣う。


 最初に訪れたのは大きな雑貨屋だ。客には冒険者が多いということで、それ向けの品が多い。


「いらっしゃい。今日は何をお求めで?」


 店内は入って数歩行くとすぐにカウンターに突き当たる。店が狭いのではなく、カウンターが前に出ているのだ。

 無愛想でちょっと怖い店主の奥には店が広がっていて、商品がいくつも並べられている。

 冒険者の要望に応えて品を増やしていく内に店に並べられなくなったという噂だ。そんな噂が立つだけあって品揃えは町一番。


 ちなみに、ヒストリアがプレゼントしてくれたナイフはこの店で買った物である。


「丈夫で長いロープを四本と……安いのでいいから銛を十本くらいもらえる?」

「また大物だな……」


 呟きながら店主は店の奥に引っ込む。そして持って来たのはロープの山だった。

 綺麗に束ねられているわけではなく、全部が全部ゴチャゴチャになっているせいで正確な本数はわからない。

 しかしカウンターに置いた時の音で相当な重量があるのはわかった。


 キラキラと銀白色に輝いている。


「アラネグラの糸で作ったロープがぴったし五本だけだな。一本千七百として……全部買ってくれるんなら八千リリンでどうだ?」

「どうせ売れ残りでしょ。もっと安いのはないの?」

「残ってるのは普通の麻のロープだけだな。まぁ、こっちは九百ってところか。なにを狙うか知らねぇが、麻のロープじゃ頼りないんじゃないか?」

「確かにそうね……」


 普通のロープじゃ頼りないなんて一体なにを捕まえる気なのだろうか。

 銛を十本もまとめて買うのといい、自分がとんでもないことをお願いしてしまったのでは、と今更ながらに恐ろしくなる。


 アラネグラとやらの糸から作られたロープの手触りだけが癒やしだ。妙に心地良い。


「でも五本はいらないわ」

「その嬢ちゃんは新入りだろ? 一人一本で丁度良いじゃねぇか」

「そしたら誰が船を操縦するのよ……。銛は? そっちも見せてよ」


 私がボケッとしている間にも商談は進む。

 安く買いたいヒストリアと高く売りたい店主だ。口を挟むとろくなことにならなさそうなので黙っていよう。


 店主が奥の方から引っ張って来たのは、槍が大量に入れられた樽だった。それぞれ一メートル半くらいだろうか。穂先が上に出ていて、倒れたら危なそうだ。


 正直、銛と槍の見分けはつかないのでこれはただの槍にしか見えない。


「銛って言うより短めの槍だ。銛はウチにはないな。海もないのに使うやつはいないだろ?」

「……やっぱり槍なんだ」

「一本五千リリンだから十本で五万だな」

「ボロいのでいいから四千にしてちょうだい。それか五万でボロいの全部」

「あー……」


 ヒストリアの言葉を受けて店主は樽の中の槍を見定めて行く。


「そうだな……まぁこれくらいはいいだろ。これで五万な」


 より分けられたのは明らかにボロボロとわかる槍が十数本。中には多少マシな代物もあるが、ほとんどは先が錆び付いていたり持ち手の木が腐っている。


 数では得をしているようだが総じて損しているのではないだろうか。


「ねぇ、本当にこれでいいの?」

「使い捨てだから構わないのよ」


 確かにヒストリア達の誰も槍を使っているのを見たことないが、それにしても限度があるのではないだろうか。


「ボロいの処分してあげるんだからさっきのロープ、一本オマケしてよ」

「おいおいそりゃないだろ……」

「さっきも言ったけど売れ残りでしょ? 槍もロープもまとめて在庫処分してあげるんだから五万五千」

「アホか。せめて四本分はもらうわ。五万と七千」

「いいわ。それで手を打ちましょう」

「ったく偉そうに……」


 そう言いながら店主は槍をアラネグラロープを使ってまとめる。残った三本はそのままだ。


 その間にヒストリアは金貨五枚と大銀貨十四枚を用意する。


「じゃ、ありがとね」

「失礼します」

「ありがとさん」


 商品を持って店を出る。店主のちょっと苦々しい顔が印象的だった。


 私の持つロープは三本だがズッシリと重たかった。身体強化の魔法を使ってやっとである。しかしヒストリアは大量の槍を軽々と抱え上げている。


 美女が大量の武器を持って歩く。すれ違う人々が目を丸くするような光景だ。


「次はなにを買うの?」

「とりあえずこれを宿に置いて、そうね……。ウキグサと水を弾くオイルを買って……それくらいかしらね」

「ウキグサ……。水を弾くオイル……」


 水を弾くオイルはなんとなく想像できる。しかしウキグサとはいったいなんなのか。言葉通りに取るなら浮き草みたいな物だろうか。


 そんな物がこれから役に立つとも思えないが、本当に彼らはなにを狩りに行くつもりなのか。


 聞いてもヒストリアは曖昧に笑ってはぐらかすだけだ。

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