第14話
気づくと私は宿屋のベッドに寝ていた。
私がみんなと一緒になってから滞在するようになった宿屋で、ヒストリアと同室である。
普段なら窓際のベッドはヒストリアが使っているのだが、今は私がそのベッドに寝かされていた。なんだかヒストリアに包まれているみたいだった。
「……変態みたい」
別に意図して枕の匂いを嗅いだわけではないが、気づいてしまうと無性に恥ずかしくなってくる。
開いていた窓から流れ込むそよ風が、火照った私の頬を冷ましてくれた。
「起きたのね? よかった……」
窓とは反対側に顔を向けると、私がいつも寝ているベッドに腰掛けるヒストリアがいた。
まさか変なところを見られてしまったりしたか。
「体調は? 気持ち悪くない?」
「うん、大丈夫」
いつもより数倍優しい声音だ。
自分の体調よりも行動を心配してしまった自分がやっぱり恥ずかしい。
それは置いておいて。
これならたまには体調を崩すのも悪くないな、とか、目が覚めた時にリンゴでも剥いてたら百点だな、だとか関係のないことを考えられる程度には元気だ。
「依頼は、どうなったの?」
「最初にする心配がそれ? あなたももうちょっと自分の体のことを心配しなさいよ……」
と、笑いながらヒストリアは教えてくれた。
あの時、私が倒れてから急いで馬車に乗せて目的地の町まで走ったらしい。それから医者に診せてここまで戻って来たのだと。
特に商人さんが焦っていたようで、この町――出発地――の方が近ければ引き返しそうな勢いだったそうだ。こんなハプニングがあったにも関わらず、大蛇から守ってくれたということで契約通りの報酬をくれた。
迷惑をかけたのによくしてくれて、商人さんには頭が上がらない思いである。ちょっと心の中で小馬鹿にしていて申し訳なかった。
「リリカが倒れた原因は、急に魔力を使い過ぎたこと。船長もミニッツも感謝してたけど、見捨ててもよかったのよ」
続けて「あんな男達よりリリカの方が大切なんだから」と言って笑った。
「見捨てられるわけないよ。船長もミニッツも、もちろんヒストリアもベイタも私のことを助けてくれた恩人なんだから」
「嬉しいことを言ってくれるわね。でも、実力が伴ってなくちゃ意味がないわよ」
「……また強化週間でもやる?」
「しないわよ。と、言うよりもしたくないわね」
そういえばヒストリアと一緒に依頼を受けた時は、デミサハギンの血が服について大わらわだった。
その時のことを考えると、確かにもう一度私と二人で依頼をしようなんて思えないのも仕方のない話だ。
「違くて、あなた眠っている間うなされてたのよ?」
「それ本当?」
うなされるほど怖い夢を見ていた記憶はない。夢に見たのは……なんだったか。とりあえず不思議な感じの夢だった。
しかし神妙な顔でうなずくヒストリアが冗談を言っているとも思えなかった。
自分の知らないことで心配をされるというのも不思議な感覚だ。どんな顔をしていたらいいのかわからない。
「うなされてたってことは嫌な夢……。体調が悪いってわけでもなさそうだからなぁ……ヒストリアはどう思う?」
一人で考えていてもうなされていた原因は思いつかない。
そばで見ていたヒストリアの意見を聞こうと思ったが、そのヒストリアは神妙な顔のまま、そしてどこか泣きそうな顔で私を見ていた。
「……ヒストリア?」
もう一度尋ねる。
ようやくヒストリアは口を開いてくれた。
「リリカ……。あなた、冒険者をやめたら?」
「え? 急になに言ってるの?」
本当にヒストリアはなんの話をしているのだろうか。
私が夢にうなされていた話と冒険者をやめるやめないの話がまったく繋がらない。
「もしかして……やっぱり強化週間だけじゃ私の力が足りなかったのかな? それなら今度は私一人で頑張ってみるからさ! みんなの手は借りないよ! それじゃあ迷惑だからね。だから……だからもうちょっとだけ――」
「そうじゃないの! そうじゃないの……」
「……そうじゃないって、どういうこと?」
強化週間を始める前は、私の勘違いで冒険者をやめさせられるものだと思っていた。しかし今回は私の勘違いでもなく、ましてやヒストリアが冗談を言っている様子もない。
魔法を使って倒れたとは言え、船長とミニッツの危機を救った、なんて思っていたのは自惚れだったのだろうか。まさか本当に、見捨てたとしても二人は難なく切り抜けられて、私はお節介で迷惑をかけただけなのか。
私のために四人が色々手を回してくれたにも関わらず、足を引っ張ってしまったのか。
まぁ、なんとかなるでしょ、なんて甘く見ていた自分が不甲斐ない。
なんだかんだで見捨てられないだろう、なんて高を括っていた自分が情けない。
そう思うと涙が零れて来る。
「私……ヒストリアと、みんなと一緒にいたいよ。だからなんでもするからさ……。もっと頑張るから、もっと頑張るから……」
「違うの。私ももっとリリカと一緒にいたいわ。あなたはちょっとドジだけど妹みたいにかわいくて……」
「じゃあ!」
「だからなの! あなたに、あまり危ないことをして欲しくないの……。あなたがうなされてるのを見て……これ以上辛いことはさせたくないのよ」
ヒストリアは涙を浮かべた瞳で真っ直ぐ私の目を見る。
そのお陰で悟った。
ヒストリアは本当に私のことを大切に思ってくれているんだ、と。本心から危険な目に合わせたくないと思ってくれているのだ。
あれはいつの頃だっただろうか。
一人、公園で遊んでいたらいつの間にか辺りは真っ暗になっていた。いつも遊んでいる公園だったのに昼と夜とではすっかり景色も変わり、私は知らない場所に来たんじゃないかと怯えて泣いていた。
そこで探しに来てくれたのがお兄ちゃんだった。
心配させるな、なんて半分怒ったように、半分安心したように言っていたその時のお兄ちゃんの目と、今のヒストリアの目は似ていた。
優しさが嬉しく、心配させてしまったのが申し訳なくて、私も泣きたくなってきた。
「ゴメンねヒストリア、心配かけさせちゃって……」
「ううん。リリカは悪くない。私達がリリカを危ない所に巻き込んじゃったんだから」
「最初はそうだけど。今はもう違うよ。確かに危ないけど、それ以上にみんなと一緒にいられるのが楽しいんだ」
船長とミニッツは少し意地悪だけど、それでもちゃんと私のことを心配してくれていたのがこの前ようやくわかった。
ヒストリアはこうして私のことを思って泣いてくれている。
ベイタはよくわからないけど、角ウサギから守ってくれたことは忘れていない。
この四人と一緒にいられるのなら、多少の危険はどんと来いだ。そのために魔法の練習もしているのだから。
「でも――」
「ヒストリア。それ以上はやめておけ」
なおも食い下がろうとしたヒストリアを遮ったのは船長の声だった。
ノックもしないで扉を開けていて、ズカズカと部屋に入って来る。その後ろからミニッツとベイタも続いた。
「この間は助けてくれてありがとね」
「倒れたと聞いて心配しましたが、元気そうで安心しました」
にこやかな笑みを浮かべたミニッツが。いつもと変わらない無表情のベイタがそれぞれ言葉をかけてくれた。
その横で、船長とヒストリアが睨み合っていた。
「やめておけってどういうことよ。私達と一緒にいたらリリカが危ないってわからないの?」
「危険は百も承知だ。そんでそれはリリカも同じだろう。決めるのは俺でもお前でもない。リリカだ」
「それでも……」
「私、みんなと一緒に冒険したい」
言い返す言葉が見つからない。それでも引くわけにはいかない、と顔にありありと出ているヒストリアには悪いが、私だってこのまま離れていくのは嫌なのだ。
船長に乗っからせてもらう。
「危ないのはわかってる。ううん、私が想像しているよりも危ないのかもしれない。それでも、みんなと一緒にいられないくらいだった、そんな危険はへっちゃらだよ。
それに、ヒストリアが私のことを守りたい、って思ってくれているみたいに、私もヒストリアのこと……みんなのことを守りたいの。なにができるかはわからないけどさ」
「リリカ……」
「心配してくれてありがとう。でも、ヒストリアと一緒に冒険したいんだ」
「……そう、そうね。わかったわ」
諦めたように、そして悲しそうに。それでもちょっとだけ嬉しそうに笑ってヒストリアはうなずいた。
「じゃあ、あなたはもっと強くならなきゃいけないわね」
「うん。そのためならまっmだってするから」
もう絶対に心配かけないように。私はもっと頑張らなきゃいけない。
呆れたような船長達の顔。でも、これからも一緒い居られるのら、いくらでも呆れられたって構わない。
他の二つに比べて長かったけど区切りもついたので第1章完結とします!
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