第13話
真っ白な空間である。
色の濃淡はなく、ただどこまででも続いていそうな真っ白な空間。
「ここは……」
という自分の声にまで驚いてしまう。
声が出せたのか、と自覚した途端に次々と自分の体の感覚が現れ始める。鼻、目、髪。首、胸、腕、足。
しかしだからと言ってこの場所がどこかを悟ったわけではない。
いったいここはどこなのだろうか。漂うような心地で考えるが答えは出ない。
気がつく前のことを思い返してみれば、自分に分相応な魔法を使って倒れたのを思い出す。アレはなんともヒロインらしい行動だった。
「まさか……死――」
「そういうわけじゃないから安心してね」
私がしてしまった最悪の想像を打ち切ったのは、真剣味の欠片もないふざけた声だった。
男にも女にも。子供にも老人にも思える不思議で、でもどこか面白がっていそうな不真面目な声。それがどこからともなく響いていた。
しかしなぜだかそれを怪しいと思うことはなく、自然と受け入れていた。
この声の主は敵じゃない。
「ここはいったいどこですか?」
「この場所を表すちゃんとした言葉はないね。言うなればここは神様が暮らす場所とでも言おうか。まぁ、どんな捉え方をしても結構だよ。ただ、死後の世界じゃないからそこは安心して欲しい」
言葉を並び立てられて聞き取るだけで精一杯だったが、とりあえず死後の世界でないのならよかった。
やりたいことはいくらでもあって、こちらの世界をもっと楽しみたいし、元の世界に戻ったらソフトボールだってやりたい。
いつ死んでもいい、なんてまだ考えられない。
しかしここが神様が暮らす場所なのだとしたら、この声の主は神様とでも言うのだろうか。それにしてはふざけたように感じるが、なんとなく納得できてしまうから不思議だ。
「理解が早くて助かるよ。私は神だ」
「それで……クフッ、その自称神様がな、何の用ですか?」
本当に「私は神だ」なんて言う人がいるとは思わなかった。いや、人じゃなくて神様か。
それが本当にしろ嘘にしろ、聞いているこっちが面白く感じるのは間違いない。コントをしてくれているのかと思ってしまう。
本当の本当に本物だとしたら相当に失礼だが、自称神様が気を悪くした様子はなかった。
「用事というほどの用事でもないんだけど一つ助言をしたくてね。目が覚めたら南を目指すといいよ」
「南?」
「南。南の暑い所」
とりあえず南の方は暑いのでは? なんて思う程度には間抜けな私である。そうでなくとも、この世界の地理に詳しいわけでもないので南になにがあるのかも知らない。暑いということは砂漠か、それともリゾートか。
しかしどうして自称神様がいきなりこんなことを言ってきたのか、それがわからないのは私が間抜けだからではないだろう。
「基本的には私も介入する気はないんだけれど、そのまま放置するには忍びなくて……」
「どういうことですか?」
「あんまり全部を話しちゃうと面白くな……えーっと、話せない決まりだから」
「面白くなくなる! そう言おうとしたでしょ」
「置いといて」
私の言葉を一切聞き入れてくれない。
これ以上私がなにを言っても恐らくこの自称神様は聞いてくれないだろう。
そもそもの話していることが曖昧で要領の得ないことで、とりあえずわかったのは神様の善意で「南」という情報を知られたことだけだった。
それも方角と気温の話だけではなんのこっちゃであるが。
「とにかく! 君が南の方でなにかを見つけることができれば、それは同じ境遇の人のためにもなることだから! これ以上は終わり!」
「ちょっと待っ――」
聞き捨てならないことを聞いた気がする。
しかし自称神様はそれ以上話すことはない、とばかりに存在を消していっている。
それがなぜわかるかというと、真っ白だった空間がどんどん暗くなっていくからだ。映画館で映画が始まる前に照明が落とされるような雰囲気。似ているがワクワク感はない。
「神様! 神様!」
呼びかけても返事はない。
やがて、再び私の意識は薄れていった。