第12話
馬車の陰で商人さんが手招きしていたのでその隣に急いで並ぶ。二頭の馬も落ち着いたのか、少しそわそわしているものの逃げ出す様子はない。
「大丈夫かなぁ……」
「あの二人を信じてあげて。きっと大丈夫だから」
「そうだね。ありがとう」
商人さんは震えている。
目の前で大蛇が暴れているのだ。不安になるのも仕方ない。尻尾を巻いて逃げ出さないだけ気丈というものだろう。
ならばその意気に免じて、もしもの時は私が命の限り商人さんを守ろう。
だから二人ともしっかり倒してください。
なんてことを考えている間にも船長とミニッツは大蛇へ向かって行く。その途中でミニッツは足を止め、魔法を発動する体勢に入る。
「おらぁぁぁ!」
大きく叫びながら手斧を振り下ろす船長。
大蛇を二分割しかねない強力な一撃は深々と肉に食い込み、返り血が船長を襲う。
しかし船長にそれを気にした様子はなく、大蛇も痛みに悶える気配はない。それどころか船長を丸呑みにせんと、その口を大きく開けた。
そこをミニッツの生み出した水流がうねりながら襲う。
それこそ拷問の如く執拗に、ミニッツの水流は大蛇の口を狙い続けた。見ているこっちの息が詰まってしまいそうだ。
ついでに、溢れた水で船長の血が洗い流される。
「悪いなミニッツ」
「大丈夫。それよりも……結構硬いね」
水流が収まると、大蛇はむくりと鎌首をもたげる。そして前触れもなくその尻尾を振り抜いた。
「うぶっ!」
「「ミニッツ!」」
私と船長の声が重なる。
尻尾の一撃を船長はジャンプして躱していた。しかし避けきれなかったミニッツはそのまま弾き飛ばされてしまったのだ。
ミニッツの振る片手が見えてその無事を知る。
「リリカはミニッツの様子を見てきてくれ!」
「わかった!」
それぞれ違う方向へ走り出す。
私はミニッツへ向かって。船長は大蛇へ向かって。
商人さんが残されてしまうのは心配だが、大蛇は船長を睨みつけて牽制し、他の魔物の気配もない。きっと大丈夫だろう。
杖を支えにして起き上がろうとしていたミニッツを急いで支える。
「大丈夫!?」
「なんとかね……あー気持ち悪い……」
苦しそうに言う。まったく大丈夫なように見えなかった。
見た目に大きな怪我はしていない。しかしあれだけの勢いで吹っ飛ばされれば骨の一本や二本は折れているだろう。
「うん。もう大丈夫。リリカも気をつけてね」
そう思っていたのだが、少し経つとミニッツは軽々と立ち上がった。
首を回し、腕を回し、やる気満々である。
その姿にさっきまでの弱々しさは微塵も感じられなかった。
「えっと……骨折とかしてないの?」
「あれくらい身体強化の魔法を使ってれば大丈夫だよ。単純に目が回ってただけ」
あっけらかんと言い放って私がなにを言う間もなく大蛇へ向かって行く。その様子は大蛇と戦う前と変わらず、心配していたのが馬鹿らしくなる。
「いやいや……すごい攻撃を受けたのは確かなんだから心配はしなきゃ……」
でもあの一撃を受けても目を回すだけで済むのか……。
驚きと安心と呆れが上手い具合に混ざり合っている複雑な心境だ。
なんだか釈然としない気持ちのまま商人さんの下へ戻る。心配させていたのか、ホッとしている商人さんに少し申し訳ない気分だ。
私が少し離れている間にも船長と大蛇の戦いは着々と進んでおり、あの僅かな時間でいくつもの傷が大蛇に刻まれていた。そしてまた一つ増える。
短時間にあれだけの攻撃を叩き込める船長もすごいが、あれだけ攻撃を受けても動きの鈍らない大蛇も恐ろしい。
「おせぇぞミニッツ!」
この悪態も船長がミニッツを心配していたが故だろう。どことなく表情に嬉しさが滲んでいる。
そこで気が緩んだのか、攻撃後の退避が遅れた。
ほんの僅かな時間だったが、その技卯かな隙を見逃さずに大蛇は、船長を絞め殺そうととぐろを巻いた。一瞬で逃げ場がなくなる。そして巨大な岩でも押し潰せそうな勢いで船長は締め上げられた。
苦悶の声がここまで届いてくる。
「船長!」
思わず叫ぶ。が、今度はミニッツの声と重ならない。
それもそのはずで、絞め殺されかけた船長は噴水のように地面から吹き出した水によって救出されていたのだ。
もちろん、ミニッツの手によって。
「楽しそう……」
「いや、そんなことを言っていられる状況じゃないよね」
思わず漏れてしまった呟きに商人さんからツッコミが入る。
しかしあんな風に吹き上げられるのは誰しも一度は憧れるだろう。
昔遊んだ流れるプールのことを思い出している内に、ミニッツによって作られた水流によって船長は着地していた。あたかも流れるプールのように。やはり楽しそう。
方々から吹き上げる水飛沫に気を取られて、大蛇はそれに気づいていなかった。そして隙だらけの大蛇に向かって放たれる船長の攻撃。
ミニッツがサポートに徹したお陰で、船長の攻撃は面白いように大蛇に当たっていた。
大蛇が攻撃しようにもミニッツの生み出した水流が邪魔をする。
勝負はもう決まっていた。
と、いう私の気持ちが二人にも伝搬したのだろうか。その真偽は定かではないが少なくとも、私も船長もミニッツも、もしかしたら商人さんも、その瞬間に油断していたのは確かだった。
トドメとばかりに船長の、これまででも一番力の入った一撃が大蛇を襲う。散々傷つけられ、満身創痍だった大蛇はこれで倒れるだろう、そんな一撃だった。
唯一の誤算と言えば、大蛇が最後の力を振り絞って反撃に出たこと。
そして不運だったのは、直前のミニッツの攻撃が甘く、死に際の大蛇でも襲える程度には、船長と大蛇の距離が近かったこと。
「危ない!」
幸運かどうかはわからないが、私は二人の戦いを食い入るように見ていて、勝利の瞬間にはすぐにでも駆け寄れるように準備していた。
大蛇の様子に気づいた船長が下がろうととするが、それを上回るスピードで大蛇は迫る。
地面にいくつもの魔法陣が浮かび、船長に迫る大蛇を食い止めようといくつもの水柱が上がった。しかしそれすらも掻い潜る。
私は必死だった。その時になにを考えていたのか覚えていない。
とにかく死に物狂いで駆け寄り、私にできることを考えていた。
「止まってぇぇぇぇぇ!」
体からゴッソリと力が抜けていく感覚。
足からも力が抜け、走る気力も失くして倒れ込む。
ボンヤリとした意識の中で見たのは、次々と凍り付いていく水柱と、それと一緒に氷付けにされる大蛇の姿だった。




