第11話
「そんなことがあったんだ。まぁ安心して。今回はそういうこともないから」
「ちょっと信頼できないけど……」
「心配すんな。この冴えないおっさんと一緒に移動するだけだ」
「冴えないって……。君達の雇い主なんだがね」
ベイタ、ヒストリアと来て次はミニッツの番。だったはずなのだが、なんだかんだで船長も一緒の三人で依頼をすることになった。
きっと船長が私と一緒に依頼をするのを面倒に思っただけだろう。ミニッツも一緒ならなにかあっても任せられる。そんな考えがあの大あくびをしている顔から読み取れる。
デミサハギンと戦ってとんでもない目に遭い、もうあんなにバタバタするのはゴメンだ。しかしミニッツと船長という、悪ノリが過ぎる二人と一緒とは。すでに若干、不安が胃を締め付けている。
しかし、薬草採取に魔物の討伐。そして今回の護衛依頼。これで冒険者がやる基本的な依頼は終わるらしい。そう言う意味では、一人だけ余ってしまう船長がこちらに回って来るのも当然の話だったかもしれない。
と、自分に言い聞かせる。
「無駄話はいいとしてもちゃんと警戒してくれよ……」
冴えないおっさん改め雇い主の商人がぼやくように言う。
適当に返事をしている船長を見ていると、商人さんの気持ちもわかる。
しかし頭の上についた耳が左右に向けられ、鼻も時折ヒクヒク動いている。ちゃんと警戒している証だ。
前方の左側を船長。右側をミニッツ。そして私は御者台で商人さんの横に座らされていた。
最初は私も歩くつもりで、船長達もそうしようとしていたが、商人さんが「こんなかわいい女の子を歩かせるだなんて」と無理矢理私を座らせたのだ。
女性らしく扱う、というよりは子供のように扱われたのは微妙だが、優しくされて悪い気分はしない。同じ年頃の娘がいるという話だが、本当に子供扱いしているのではないだろうか。
「いやぁ……。君みたいな子も冒険者をするんだねぇ……」
しみじみと呟く。
本当に娘だと思っているのではないか。
「私の娘も同じくらいだが反抗期でね。冒険者になる、だなんて言い出さないか心配だよ」
特殊な事情のある私と違ってそんな心配は必要ないと思うが。
さっきからずっとこの調子で苦笑いしかできない。知らないおっさんの家庭話に興味ある人なんているのだろうか。少なくとも私は毛ほども興味がない。
これならデミサハギンと相対している時の方が気が楽だったかもしれないが、馬車に揺られるだけで依頼が終わるなら楽なものだ。目的である私の強化に繋がるかは定かでないが。
「こんな危ないことをするよりも、ウチの商会で雑用として働かないかい?」
「何度もお断りしたはずですが……」
そしてこんな風に何度も何度も私のことをスカウトしてくるから困ったものだ。
いくら娘と同じ年頃で心配だからって、今日だけで何度この話をするのか。自分でなんの話をしたのか忘れているのか。この人は見た目以上に歳を取っていそうだ。
というかこれだけのほほんとしたこの人に私を雑用として雇える力があるのか怪しいところだ。
「おっさん、あんましつこくすると嫌われるぜ」
「そんな恋する男子みたいな心境ではないんだがね……」
「しつこいから娘さんにも嫌われてるんじゃないの?」
「そ、それは……」
思い当たる節があるようだ。私も鬱陶しいと思っているので娘さんの気持ちも想像に難くない。
しかしミニッツ……もう少しオブラートという物をだね。
商人さんがしょぼくれて鬱陶しさが増したように思える。
「……おっとおっさん。無駄話してる暇はないようだぞ」
二人共が武器に手をかけていて、船長の声で周囲を見渡してみれば、遠くの方でなにか動いている影があるのが見えた。
そしてその影は段々とこちらへ近付いて来ている。
「ひぃぃぃぃぃ!」
「落ち着いて馬車を止めろ!」
手綱から緊張が伝わったのか、商人さんが慌てるのと同時に馬達もソワソワとし始める。しかしそこは何年も馬車に乗り続けているのか、すぐになだめる。
馬車が止まるのと同時に私は飛び降りる。
その間に影はその姿がハッキリ見える距離にまで近付いていた。
「あれは……!」
巨大な蛇であった。それこそ、馬車を引いている馬を丸ごと飲み込めそうなほどに巨大である。
「巨大化しただけのただの毒蛇だな」
「魔物じゃないの!? あんなに大きいのに……」
「厳密には違うってだけで恐ろしさは魔物と変わらないよ」
大蛇はチロチロと舌を出し入れしながらこちらの様子を窺っている。
しかしそれは警戒しているというよりも、私達を品定めしているように見えた。どれから先に食べようか。完全に餌だと思われている。
そんな状況なのに落ち着き払っている船長とミニッツ。
「確か、ギルドの依頼にあった気がするな」
「いいじゃねぇか。おっさんも守れてそっちの依頼も達成。今夜は宴会だな」
「ベイタくんもヒストリアもいないし豪勢にいけそう」
それぞれ武器を用意しながら言う。そこに多少の緊張はあっても、気負った様子はまったくない。
初めて二人を頼もしく思ったかもしれない。
船長は、私なら両手を使わないと持てないような大きな手斧。そしてミニッツは魔法の発動を補助する魔石のついた杖だ。
「まっ、こうなった以上は仕方ないよね……」
私もナイフを抜いて二人に並び立つ。
二人に比べたら武器も貧相だし技術も拙い。しかしこんな私でもなにかできることはあるはずだ。
私だって冒険者。冴えないおっさんの店で働く雑用ではないのだ。
「いやリリカは下がっていていいよ」
「危ないからおっさんのことを守っててやれ」
「私の覚悟はどうしたらいいの!?」
あれだけ頼りがいのある背中を見せられたら隣に並ばないといけないではないか。それが主人公って物で男の子はみんなああいうのが好きなんじゃないのか。
意気揚々と馬車を飛び降りたのが恥ずかしい。
「流石にお前を守れるかわからん」
「大丈夫。ボク達だけでなんとかするからさ」
きゅん。
ときめいた。胸がときめいた。
普段は私のことを馬鹿にしているくせに――というか馬鹿にされた記憶しかない――こういう時にそんな格好いいことを言うだなんて。
筋肉のある船長はいつもより輝いて見える。筋肉のないミニッツだって輝いている。
そうだ私はヒロインであって女の子なのだからこうやって守ってもらう方がお似合いだ。しかも胸がきゅんきゅんして戦えそうに――
「シャアアアアアアアア!」
「ああああああああああああああああ!」
「本当に危ないからお前は下がってろ!」
急に雄叫びを上げた大蛇に驚いている内に船長に投げ飛ばされてしまった。
あんな……あんな空気の読めないタイミングでこちらを威嚇することないではないか。