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第10話

 そしてヒストリアは私が何かを言うよりも早く木の上に戻って行く。


 ヒストリアがいなくなって一人になる私。私一人だけなら大丈夫と思ったのか、それとも木の上に逃げるヒストリアを見て人間は強くない、と考えたのかはわからない。とりあえずわかることは、私がいるにも関わらずデミサハギンが陸に上がって来たことだけだ。

 こちらを警戒することもせず、前のデミサハギンが食い散らかした干し肉を食べている。

 すぐ目の前で凍っている仲間には気づかないのだろうか。


 さっきと同じ要領で足下を凍らせる。


「まさか……すごく馬鹿?」

「そうよ。あまり知能は高くないらしいの。親近感が湧くんじゃない?」

「この前からずっと失礼だな!」


 こんなにプリティーな私がヌルテカキモ魚のデミサハギンに親しみを感じるはずがないだろう。

 目が節穴のヒストリアはデミサハギンのギョロ目を煎じて飲むといい。


 捕らえたデミサハギンに触れて再び凍らせる。


 少しクラクラする。魔力を使い過ぎたかもしれない。


 すぐに三体目のデミサハギンが沼から現れた。こうもトントン拍子に事が進むと、なにか裏があるのではないかと疑ってしまう。もしかしたら船長辺りが沼に潜って、デミサハギンを放っているのかもしれない。

 そんな馬鹿らしい想像は置いておいて。


 休憩くらいはさせて欲しい。だが、それを聞いてくれるデミサハギンではない。


 三度足下を凍らせようと魔力を練り上げる。途端、魔力の代わりに吐き気が込み上げて来て、私は思わず口に手を当ててへたり込んでしまった。


「うぇ……うぅ……」

「魔力の使い過ぎね。動ける?」


 見ると、ヒストリアが私とデミサハギンの間に入って守っていてくれた。


 普段は馬鹿にするようんなことを言いながらもいざとなったら守ってくれる。そんなヒストリアの姿が格好よくて、私もこんなところで吐いている場合ではない。体に活を入れて立ち上がる。


「大丈夫……。まだやれるよ」


 ナイフを抜きつつ答える。


 本当はちょっと辛い。ベッドの上で休んでいたい。

 しかし吐き気は動けないほどではなく、ヒストリアと一緒に戦えばデミサハギンの一体くらいは敵じゃな――

「じゃあ任せたわよ」

「……え?」


 ヒストリアは素早くその場から離れて行った。


 後に残されたのは間抜けな顔をしている私とデミサハギンのみ。


 この一瞬だけは吐き気も忘れていた。


「動けるんでしょ? 魔力を使い果たしたからって相手は待ってくれないのよ。その訓練!」


 一理あるが釈然としないこの気持ちはなんなのだろうか。


 呆気に取られていたのか、デミサハギンが動かなかったのがせめてもの救いだ。吐き気もピークは過ぎて少し楽になった。


 きっとヒストリアもピンチになったら助けてくれるはずだ。ベイタだって手助けをしてくれた。そう信じ、せめていけるところまでは私一人の力で頑張ろう。


 デミサハギンもまずは近くにいる私に狙いを定めたようだ。ヒストリアと私とを行ったり来たりしていた目玉が私に固定される。

 それを合図としたように、私とデミサハギンは同時に走り出す。


 意外と走るのが速い、と言っていたヒストリアの言葉通り、すぐにその距離は縮まる。


「エラを狙うのよ!」


 ヒストリアの声に反応してデミサハギンの突撃をやり過ごす。大口を開けて走って来るだけの攻撃を躱すのは簡単だった。

 そしてすれ違い様にエラへとナイフを突き立てる。

 一瞬、クラッとしたものの、何とか持ち堪えた。身体強化の魔法くらいで倒れてはいられない。


「――――――! ――!」


 デミサハギンは暴れ、エラから透明な液体が飛び出た後、赤黒い血が溢れる。


「くさっ!」


 そのあまりの臭いに思わずナイフを離してしまう。


 デミサハギンはエラにナイフが刺さったまま倒れ、どこへ向かうのかモゾモゾともがいていた。そうして動く度にエラからは血が溢れ、その度に腐ったような臭いが辺りを漂う。

 鼻を摘まんでも内側からガンガン突かれているような衝撃だ。


「ちょっとなにやってんのよ!?」

「ヒストリアがエラを狙えって言ったんじゃん!」


 鼻声の言い合いが続く。私もヒストリアもこの臭いを嗅がないようにと必死だ。


 その間にもデミサハギンは頑張って這っており、今にも水面に逃げ込めそうだった。

 ヒストリアのジェスチャーでそれに気づき、急いでデミサハギンの下へ行く。


「くっさい!」


 ナイフを抜いた瞬間に溢れる血。


「急ぐわよ!」

「うん!」


 いつの間にかそばにいたヒストリアと共に、デミサハギンのエラへ刃を突き立てる。


 魔力切れとは別の原因でふらふらとし始めた私と違い、ヒストリアは立ち込める異臭の中でも的確に、デミサハギンに刃を突き立てていた。

 やがて動かなくなったデミサハギン。ヒストリアは素早く頭と足を切り落とし、胴体だけにする。


「これを持って! 私はあっちの二体を持つから!」


 今まで見たこともないほど鬼気迫る表情のヒストリアにつられ、目的は達したというのに私も焦っていた。


 そしてヒストリアの先導で辿り着いた小さな川。

 サラサラと柔らかに清水が流れるそこへ、なにをとち狂ったかヒストリアは私から奪い取ったデミサハギンの胴体を投げ込んだ。


「なにして――」

「あなたも急ぎなさい!」

「なんで服を脱ぎ出すの!?」


 唖然とする私を放って下着姿になったヒストリアは川の水で服を洗い出す。


 いくら森の中とはいえ、私達のように魔物を倒しに来ている冒険者もいるだろう。そんな所でなぜ裸になるのか。

 馬鹿なのか。散々私のことを言っておきながらヒストリアも馬鹿なのか。


「デミサハギンの血は早く落とさないとシミになるし臭いも残るのよ!」

「それ早く言ってよ!」


 急いで私も服を全部脱ぐ。


 大自然の中でその身一つに近い状態になる開放感。新たな扉を開く時間は今はない。

 ヒストリアに倣ってジャバジャバとワンピースを洗う。


 これはこっちの世界で始めて買った服だ。その後にいくつか服は買ったが、やはり最初に買ったこのワンピースは思い出深い。ヒストリア達と出会った思い出でもあるのだ。

 それをあんなキモ魚の血のせいで着られなくなるなんてゴメンだ。


 しばらくの間、私とヒストリアは服を洗い、入念なチェックによってようやくデミサハギンの血を落としたのを確認する。


「おっと……」


 ついでに流されかけていたデミサハギンの身も確保する。ずっと水に浸けていたからか、臭みもいくらか和らいだように感じる。


 しかし服がビショビショだ。これを着て帰ると風邪を引くだろう。

 ヒストリアもそこは心得ていたようで、手早く焚き火の準備をしていた。その火に服を当てながら少しずつ乾かしていく。


「こういう時、火属性の魔法を使えると便利だよね」

「火を点けるための魔道具もあるから困りはしないと思うわよ」

「そうなんだ……」


 ライターみたいな物だろうか。


 そんなことをボンヤリと考えていると、なんだか美味しそうな匂いがしてきた。


「ちょっと! なんでデミサハギンの肉焼いてるの!?」


 魔物を倒した時はその証として体の一部を持ち帰ることになっている。

 ほとんど丸ごと残っている二体はいいとして、その切り身が三体目の証ではないのだろうか。それが今目の前で火に炙られ、美味しそうな脂を垂らしている。


「これはいいのよ。元々食べる用に獲ったんだし……。早く食べて魔力を取り戻しなさい」


 血を落とすのに必死になりすぎて自分が魔力切れを起こしていたのを忘れていた。

 まさかヒストリアは私のことを思って――


「それを食べたらさっさと最後の一体を狩るわよ。さっきみたいに丸ごと綺麗なまま持って行けば買い取り金額も上がるのよ」


 そんなことはなかった。

 まぁ、わかっていたことだ。強化週間と言ったからにはとことん私を追い込むつもりなのだ。


 あぁ、程良い塩気が利いて焼きデミサハギンが美味しい。


 お腹を膨らまし、ミニッツに教わった瞑想をして魔力もいくらか回復した。あと一体のデミサハギンくらいなら倒せるだろう。


 ところで、下着姿でご飯を食べて瞑想をする女子はどうなのだろうか。

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