衝撃が立て続けで。
完結させる気になったので執筆再開します!
「色々言いたい事があるんだけど。もうわけわからない」
あたしは肩の傷の手当てを受けながらそう言った。肩の傷はかなり深く噛まれたせいなのか、腕の感覚があいまいだ。
その手当てをしているのは、かーちゃんを名乗る男性が案内してくれたとある大きな邸宅の中での事で、そこではかーちゃんの名前を名乗る人の指示が絶対なのか、彼の言葉を無視する事はない。
「わからなくても仕方が無い。いきなり母親が男になって現れたとか、普通の人間が理解できる事じゃない」
黒髪の美形である母さんを名乗る人……もうかーちゃん? でいいか。かーちゃん? はあたしの傷の手当てを見守っている。
「まったく、あなたの娘でなければとっくに心臓まで凍らされて、裁きの狼に抵抗も出来ずに食い殺されていますよ。本当にあなたの血は規格外だ」
「母親の血もあるだろ。裁きの狼はあいつの血を害すれば消滅する運命を持っている」
「薄まってもその血の力は残るんですね。……肩が動きますか? 血が流れないのは裁きの狼の牙で凍らされている部分があるからで、それがまともになったら激痛が走りますよ」
あたしの生活では医者という身分の人と出会う事なんて、もうよほどの事じゃないとあり得ない。質素な暮らしの割と収入の少ない身分の庶民が、医者にかかれる事は普通は無い。
そのせいか、なんとなく居心地が悪い。
裁きの狼とか言うわけのわからないものの前に出される前は、医者が常駐する所にいたけれど、自分が処刑される可能性で心に、状況に対してあれこれ思う余裕がなかったから戸惑ったりしなかった。
しかしながら今は、もう大丈夫という感情が強いので、治療を受ける事に対してのいたたまれなさが感じ取れるというわけだ。
「……あなたはかーちゃんを名乗るけれど、本当になんなわけ」
「話せば長い話になるかもしれないが、少なくとも絶対の真実としてお前の親」
「見た目がどう見ても男なんだけど、あたしの父親はあたしに似た髪の毛の色をした山猿だって聞いてるけど」
「おう。嘘ついてるからな」
「……は?」
何が嘘なのか何が真実なのか。完全に理解が出来なくなりつつあるあたしを見て、母さん? が言う。
「俺様が父親。子種は俺様。で、母親の方が桃色の髪の毛の山猿だった。……あいつはお前とヴィオラを産んで……その後薬草を採りに行った山での土砂崩れに巻き込まれて死んだ。遺体も確認しているから間違いないぜ。……だから行くなっていったんだけどな。住んでたあそこで熱病がはやったんだ。世話になった人間達のために行くって聞かなくて、……酷い話だぜ、あいつは死んだのに、あいつが大事に布に包んだ薬草は無事で、その薬草で熱病の治療が出来た」
昔の喪失の痛みを思い出す顔で母さん? が言った。
「お前達を産んですぐ後に、俺とあいつは性別を逆転させた。麦豊かな国の馬鹿どもの追跡をくらますためだった。だから住んでたあの場所では誰も、実はヴィザンチーヌが男だなんて知らない。あいつが死んだ後はいつでも俺は性別を戻せたが、あの場所で暮らすならそのまま女のふりをしていた方が穏便だって判断してな」
「……まあ、あいつの身の上を証明するための額飾りなんて、逃亡費用でとっくにばらして別々に売り払っちまってるから、身元なんて割れっこなかったし、俺様の実家にも一枚噛んでもらったからな。ルウィの額飾りなんてもうどこにも見つけられない」
額飾り。それは……姫御子の輪冠じゃなかろうか。そう、銀と緑の石を使った、豪華極まりない山奥の隠れ里の生まれの豊穣の姫御子が持っていたという、確かな血筋を示す物。
……いろんな情報があたしの中で組み上がっていく。
「……ねえ、かーちゃん? それともとーちゃん? ルウィは……本当の名前はルフィア姫?」
「察しが良いな。そうだとも。お前の母親の本当の名前はルフィア。そして父親はこの俺様、北の魔人たるヴィザンチウスだ」
「魔人って……おとぎ話の中にも出てくるくらいの存在じゃない」
魔人の話は庶民の子供が聞くおとぎ話の中にすら出てくる。とある伝説の血を受け継いだ一族から、数世代に一人の感覚で生まれてくる、人間が使う術を遙かにしのぐ力の術を操れる、人とはとても思えない力の人間の事だ。
魔人を題材にしたおとぎ話は、北の国の子供ならいくつかはそらんじる事が出来るくらいに知られた話とも言えるだろう。
「うちの実家が魔人の出てくる一門でな、俺様が今代の魔人ってわけだ。性別反転なんて楽勝だぜ」
にやりと笑うとーちゃんであろう人。
「じゃあなんて生き黄金の檻にとっつかまったの、ぬけさくじゃん」
「思いっきり油断した。これでも体は人間だからな、油断したらのみ込まれるんだよ。でも、親切にしてくれたやつらの事は守るために、術の一部を組み替えて、のみ込まれるのは自分だけにしたんだよ。死ぬ覚悟はしたけどな。性別戻したら体の中の魔力の流れが正常になってあっという間に回復したわ」
規格外に違いない。あたしはとーちゃんが無事だった事を、家族が無事だった事を心底喜ぶ事にした。
その時だった。
治療を受けている部屋の扉が叩かれて、扉の向こうからルー・ウルフの声が響いたのだ。
「もう扉を開けても大丈夫なくらいに、治療は終わっているだろうか」
「もう見ても大丈夫な位だぜ、ルー・ウルフ」
「では入らせてもらいます。……ヴィ、本当に大丈夫だろうか」
そう言ったルー・ウルフが泣きはらしたような目をしている物だから、誰が泣かしたんだろうと思ったその時。
「私の涙は癒やしの力を持つ魔法薬の、最高の材料と言う事で、盛大にタマネギを顔にこすりつけられて泣かされた……というわけで、ヴィの分の魔法薬ももらってきたんだ」
彼はそう言って小瓶を差し出してきた。それを受け取った医者の先生が相好を崩した。
「これは上等の魔法薬だ、最高位の魔法薬と言って良いくらいのきらめきをしている! お嬢さん、運が良い。これを傷に振りかければ、いくら雪風の狼の呪いに似た噛み傷でも、数日で完治できるだろう」
「じゃあさっさとふりかけろ」
「あなたはせっかちに過ぎる。さてお嬢さん、傷を出しますよ」
医者の先生はそう言って私はまだ包帯を当てていない傷を剥き出しにした。そこにルー・ウルフの涙入りの魔法薬が振りかけられる。
「……手の感覚が戻ってきた。でも……いたい、いきなりいたい、いたいいたい!」
曖昧だった手の感覚が戻ってくるやいなや、体に激痛が走り出して背中を丸めると、ルー・ウルフが慌てた顔になる。
「ヴィ、どういう状態なんだ……?」
「癒やしの力が、凍結した傷を溶かしてまともな状態の傷にしたんですよ。さてもう一度振りかければ、傷がだいぶふさがります」
そして遠慮無く二度目の魔法薬が振りかけられて、痛みがちょっとましになったので、あたしは大きく息を吐き出した。
「頭が痛みでおかしくなるかと思った……」
「雪風の狼の顎は呪いと言っても過言でない力ですからね。あなた、ルフィア姫の血と、魔人たるヴィザンチウスの血が混ざった事で、生き延びられたんですよ」
医者の先生がにこにこしてそういい、もう疲れたでしょうから、早くお布団に入りなさいとあたしを寝台に追いやった。
布団に入れられたあたしは、まだとーちゃんの事も、檻に入れられていたはずのルー・ウルフが生きている事への答えも聞いていないから、頑張って聞こうとしたけれども、精神的な物の緊張も切れたのか、もう目を開けていられなくなって、目を閉じたら夢の世界に入っていってしまったのだった。




