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79 全員脱走、あるいは鶏大乱闘

ほんとにもう、どこもかしこも鶏がひしめいているのだ。

こんなにひしめいていていいのだろうかって位。

あたしは呆気にとられたように、色々な事が始まって進んでいくから、感覚がついていけていない。

それ位、ついていけないのだ。

死ぬと思ったら死んだはずのルー・ウルフが助けに来てくれて、さらにはアスランが兵士の変装をして飛び込んできて、鶏が大乱闘しているこの状況を、どうやって呑み込めばいいんだろう。

というか、ルー・ウルフがちゃんと生きている事に涙が出そうだ。

さっきまでどんなに痛くても、涙なんて一滴も出てこないと思っていたのに、鼻が痛くて目が熱い。あ、既に泣いていた。

あたしとは反対側で、小脇に抱えられているルー・ウルフは、きらびやかな鳥の姿のままなのに、誰もそれに関して言わない。

どこをどう通っても、皆鶏に対応して慌てふためいているのだ。

そりゃそうだ、こんなに城の中に鶏が入って来るなんて前代未聞なんじゃなかろうか。

あちこちから、


「この鶏はどこから入ってきたんだ!」


「蹴らないでー!」


「羽むしるぞ、この家禽!」


といった様々な怒号や悲鳴が飛び交っている。

そして、アスランはその間ずっと走っているけれど、あなたちゃんと道が分かるの?

そんな疑問は関係なくて、アスランはとうとう、誰にも誰何される事なく、城門まで来てしまった。

それってかなりすごい事だ。だって普通、兵士が女の人ときらきら輝く火の鳥を抱えて走っていたら、誰だって止めるに違いないんだから。

なのにアスランはここまで、誰にも邪魔されずに通る事が出来た。

それはアスランが、城の内部の道に詳しい殻なのだろうか。

あたしにはわからなかった。

でも一つだけ言えるのは、アスランが城門についた時、そこでは鶏の飼い主たちが、鶏を探したいと兵士たちに、大勢で訴えているさなかだったって事だ。


「うちの鶏がここに入って行ったんです!」


「うちの鶏三十羽! ここに群れなして入って行ったんだ! 開けてくれ、探させてくれ!」


「いったい城で何の儀式をしたのですか! 鶏という鶏が、この城に集まったじゃありませんか!」


「うちの鶏返してよ!」


兵士たちはそれを邪険にできない。何て言ったってそう訴えている人の数が……数えきれないくらいに多いのだ。

これじゃあ、いくら知らばってくれも無理だし、鶏は貴重な鳥なんだから、人々が引き下がるわけもない。

兵士たちの顔色も、あたしから見ても悪そうだった。そりゃそうだ、返してって言われても、そう簡単に、城の中に人々を入れられるわけがないのだ……

そんな揉め事が脇で行われている中、アスランは兵士用の、脇に小さく、目立たないように作られている門から、こっそりと城の外に出た。

それでもあたしたちを下ろす事無く、アスランは飛ぶように走っていく。

彼が止まったのは、鶏を探している人たちがいなくなって、貴族の住居が立ち並ぶ区画に入って、そして、一つの立派な屋敷の門の中に入った後だった。

ここは一体何なんだろう。

あたしには見当もつかない知り合いがいたりするんだろうか……なんて思った時だ。


「ああ、アスラン。あんたに任せて正解だったね、俺様じゃ無理だったな」


聞いた事のない声が、入口に立っていた男性からかけられた。

その男性は、とても長く伸ばした黒髪を流して、さらさらと風にその髪の毛が揺れるたびに、紫の光みたいなものが散っている人だった。

それだけでも十分に印象深い人なのに、背丈はすらりと高く、目鼻立ちは整っていて、瞳は紫の稲妻がほとばしるように強い光を散らしている。

肌色の白さは、あたしよりもずっと白い。

この人は誰なんだろう。唇は、肌と比べても冗談じゃない位に白かった。

その人は、つかつかと大股でこちらまで近付いてきて、アスランが小脇に抱えているあたしを見て、ほっとしたように微笑んだ。

微笑むって何なんだろう、と戸惑うあたしとは違って、アスランは安心した、と言いたそうに言った。


「ちゃんと連れて来るって言ったじゃねえか、ヴィザンチーヌさん」


「ヴィザンチーヌって……え?」


それかーちゃんの名前なんだけど。何で男の人がかーちゃんの名前名乗ってんの。

意味が分からなさ過ぎて、目を白黒させている自覚はある。そんなあたしと目を合わせるようにしゃがみ込んで、その、かーちゃんと同じ名前の人が笑った。


「ヴィ、怪我はひどくないかい? 雪風のにやられたんじゃ、傷が凍り付いてなかなか治らないかもしれないが……」


「ヴィは肩を咬みつかれてんだ……ってえ!!」


アスランがあたしの怪我を説明した時、いきなりその人は、アスランに平手打ちをした。


「はよいえ! そしてヴィを下ろせ! 傷の手当てが一番だろうが! ばかたれ!」


アスランは言われてそのまま、あたしを下ろす。あたしはふらふらする体と、咬みつかれて痛む肩に、治りかけでまだ痛い足という、結構満身創痍な状態で、立ち上がれなかった。

それを見ると、アスランが慌てて、ルー・ウルフを手放して、あたしを抱きかかえた。


「立ち上がれねえんだろ、無理するな」


「ご、ごめん……」


別にあたし悪くないと思うけれど、とっさに謝罪の言葉が出て来る。あたしを見て、アスランを見て、それからルー・ウルフを見て、かーちゃんと同じ名前の人は、手招きした。


「先に傷の手当だよ、ルー・ウルフ、あんたはさっさと人間の姿に戻る事だね、騒ぎが大きくなる」


その言い回しは、どこをどうとらえても、かーちゃんそっくりだった。

そっくりな言い回しの、かーちゃんと同じ色の髪に瞳の、この人は一体何者なんだろう。

もしかして、この人は、うちの親戚なのかな……かーちゃんの兄弟とかか? などと思いつつ、かーちゃんたしか王宮で手当てを受けているはずなんだよな、と知っている情報から、あたしは判断した。

だって医療院で、かーちゃんは看病されているはずなのだ。そこの人たちが言っていたから間違いないのだ。

それに、それだけ衰弱していた人が、こんなにぴんしゃんして、足音も高く歩けるわけがない。

だから、あたしは、いくらかーちゃんと同じ名前だからって、この人がかーちゃんその人であるとは、考えない。

とにかくあたしは、安定感だけは抜群の、アスランの腕の中で、大人しく、その人の導くままに、そのお屋敷の中に入った。

ルー・ウルフはアスランの肩に飛び乗った。そうだよね、飛んだらとても目立つから、その方がましだよね……なんて事も、無事逃げ出せたあたしは、余裕のできた心で思った。




「なんなのあの鳥は、炎の様な金色の光を放っていて、何て綺麗なの! わたくし、あの鳥が欲しいわ! とってきてちょうだい!」


「姫様、火の鳥を棄てたと思ったら今度は、あのきらきら光る鳥が欲しいのですか」


一方その頃の城では、ちょうど年頃の、うら若い、それはそれは綺麗な女性が、先ほどまで空を飛び、もうどこにも見つからなくなってしまった輝く鳥を、欲しいほしいとねだっている。

それは誰でも欲しいとねだるだろう。

彼女のばあやはそう思った。彼女を長年世話してきたばあやである。信頼も確かなばあやは、あの鳥こそ、北の国の最果てにしかいないという、銀に輝く山を住処にする、火の鳥であろうと察してしまっていた。

確かに、北の国には、火の鳥がいる。

だがそれをとらえられる人間は、百年に一人いれば多い方で、実際にはとんでもなく大変な手間をかけて捕まえる神鳥なのだ。

檻に至っては呪いの品のような物を使わねばならず、それ以外の檻は火の鳥の力で焼き崩れると言っても過言ではない。


「だって、あの鳥の方が、ずっとずっと火の鳥だわ! 北の国のお城では、輝く鳥を飼っているというから、お父様に欲しいって言ったのに! 確かに来たのは輝く鳥だったけど、餌も食べないし全然なつかないし! 自分でくたびれた姿になってしまったし! それに比べて今の鳥は、鳴き声がなんて素晴らしいの、あの声をずっと聞いていたいくらいの声だわ!」


……北の国の城には、きらきら光る鳥が大事に飼われている。

その噂がこの麦豊かな国まで届いてすぐに、王女はその鳥が欲しいと父にねだったのだ。

ちょうど誕生日も近い事から、王は可愛がっている王女のお願いを聞き、北の国にそれを譲るように頼んだ。

北の国の王は何度も何度も本気かを確認し、ではといくつかの条件を付けて、その鳥を譲った。

豪奢な金の檻に入れられた、きらきらと玉虫色の光沢を見せる鳥に、王女は大変喜んだのだが……その鳥はちっとも王女になつかず、餌も食べず、日に日にやせ細り、げっそりとした鶏のような見た目になってしまった。

王女はその時点ですっかり嫌になっていたらしいが、国のものに火の鳥を見せびらかすパレードは決まっていたため、そのパレードだけは行ったのだ。

そして行った当日、一人のぼろぼろな、しかし瞳だけは決してあきらめない、不屈の意思を苛烈に燃やす、一人の少女が現れたわけである。

彼女の呼び声に鳥は反応し、その時点で王女の機嫌は直滑降した。

自分の声を無視する鳥が、あんなみすぼらしい女の声を聞くなんて、というあたりである。

さらに彼女が檻に触れた途端、金の豪奢な檻が瞬く間に崩れ落ち、何と土人形を使った術の、檻であったことが判明し、王女の機嫌は更に悪くなったのだ。

純金の檻だと思ったから、彼女は喜んだのだ。それが土くれの檻だったなんて、何という詐欺だろうという事である。

そしてくたびれた鶏の様な火の鳥を、家族だと言って抱きかかえようとした彼女から、火の鳥を奪い返した王女であるが、侍女に面倒を見るようにと言って、それ以降見向きもしない。

それどころか周囲には火の鳥が死んだ、あの女のせいだ! 厳しい罰を! と騒ぐ始末である。

それに便乗し、あの女がルフィアというとある姫に似ている事からも、何かしらの政治的な動きがあったのだろうが……あの女は神獣の意思にゆだねられることになり、王女は上機嫌になったのだ。

神獣の意思という物の、実際には聖なる獣に八つ裂きにされる処刑である。助かる罪人は一人もいないと陰で言われているくらいだった。

そして当日、王女に見せるものではないから、と王女は処刑場に行くことを禁じられ、苛々していたところに、あのきらきらと金銀の光を振りまく鳥が、窓の外を飛んだのであった。


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