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78 鶏、先導する

鶏は、高らかに声をあげ、そして彼を導くように、屋根の上に飛び上がった。

そしてそれから、見事な速度で、駆けだしたのだ。

どうしてかわからないが、この鶏を追いかけなければならない。

ルー・ウルフは理由も全く分からないながら、そう思った。

それは直感と言っても差し支えない物で、それはとても正しい事のような気がしたのだ。

野生の勘、と言う物が働いたのかもしれない。

鶏は屋根の上を走り続け、城門の前の屋根から飛び上がると、ばっと大きく翼を広げた。

鶏は空を飛ぶようには生まれていないのに、その鶏は、びっくりするほど見事に羽ばたいた。

そして、彼を先導するように、空を飛び始めたのだ。

いよいよもって、ただの鶏ではない。

この鶏、只者ではない、と言った方が正しいかもしれない。

空を舞いながら、頭上を見た誰もが、口を開き、大騒ぎをする中で、ルー・ウルフは鶏を追いかける。

空を悠々と飛んで、時折彼がついてきているか確認する、その空駆ける鶏を追いかけていくと、あっという間に国境線まで来てしまう。

その街道沿いで、空を見た誰もが、その鳳があまりにも見事に羽ばたいているから、口をあんぐりと開き、大騒ぎしているのも、ルー・ウルフには気にならない事だった。

鶏が、ついてきてほしい、というかのように導くから、ルー・ウルフはそれを信じるのだ。

そしてとうとう、彼は麦豊かな国の首都に、やってきた。

そこまで来ると、鶏はまた、建物の屋根の上に着地し、その勢いで走り出す。

ついてきて、と言っているかのように鳴く鶏に、ルー・ウルフは返事を返す。

妙なる調べのような、誰も聞いた事のないあまりにも美しい鳴き声が、空一杯に響き渡る。

そして麦豊かな国で、その声を聞いた人々が、上を見上げると、そこには火の鳥として、王女がパレードを開いた鳥なんて、単なる色の綺麗な珍しい羽根の鶏だ、と思うほど、美しい輝く、燃え上がる猛禽が空を舞っているのだ。

あれはなんだ、とざわめく民衆たちを無視して、ルー・ウルフはついに、鶏が、麦豊かな国の王城の城壁を飛び越え、中に入ってくのまで見た。

鶏がどうして王城の中に入るのだ、とわからなくなったが、今まで鶏を信じてここまで来たのだ、いまさら信じないなんて言うのは今更すぎる。

彼は決意を込めて、その城壁を飛び越えた。

ばさり、と舞い散る金に輝く、あまりにもまばゆい火の粉は、決してなにも燃やさない。

だがそれを見た人々は、金銀が空から降ってきているような心地さえしていた。

彼を導く、美しい羽根の鶏はそのまま、一つの建物の中の、天窓に飛び込んだ。

その時だ。

彼の発達した聴覚に、大事な大事な、彼女の叫び声が届いたのは!


「ヴィ!」


彼はその声の主の名前を呼び、天窓から鶏と同じように飛び込んだ。

中は円形の観客席のような椅子が並び、底辺で行われている事が、見渡せるようになっていた。

そこで彼が見たのは、ぼろぼろの服で、肩からかなり血を流し、地面に這い蹲ってもなお、諦めない強い瞳をした、彼の大切な女の子だった。

彼女は左肩が動かないのかもしれない。だが、それでも、何とか危機を脱しようとしている。

彼は全力で、彼女の前に飛び込もうとした。

飛び込もうと態勢を整えた時である。彼女の反対側にいた、青白い光をまとう、いかにも寒そうな色をしている狼が、苦痛に呻き、のたうち回っているのを見たのは

何が起きているのだ? 

彼でなくても、今の状況はわからないだろう。そんな彼は、人々がざわめき、驚いている声を拾った。


「どういうことだ、裁きの狼が、雪風の狼が、あんな風にのたうち回るなど、前代未聞だぞ!」


「雪風の狼だぞ、神々に属するはずの狼が……!」


「あの娘は一体何なんだ!? ルフィア姫の血縁ならば、裁きの狼は牙をむかないはず。同じ力を有しているのならば!」


「あの娘は一体何なんだ! 雪風の狼が、まるで毒を食らったかのようではないか!」


あの氷をまとう狼らしきものは、裁きの狼というらしい。そこまではわかった。

だがそれが何故、ヴィに噛みつくのだ!

ルー・ウルフは憤った。憤りのまま、彼女のもとに、飛び込んだ。


「何だあの鳥は! 燃え上がるような姿をしているぞ!」


「輝く鳥だ! 信じられない、内側から光を放っているじゃないか!」


「あんな鳥聞いた事も見た事もないぞ!」


彼女の前に舞い降りたルー・ウルフは、相手を威嚇するように大きく翼を広げた。

それは間違いなく威嚇だったが、本人は本能的に行った事だった。

余りにもまばゆい羽根が、大きく広げられたことでいっそう、辺り一面をすさまじい暴力のような光で照らす。

苦痛かなにかで、のたうち回っていた狼らしきものが、悲鳴を上げて、逃げ出す。

完全に戦意を喪失したのを見送り、ルー・ウルフはヴィに向き直った。

大丈夫か、といった声は、ただの鳴き声になってしまった。

この姿だと、声帯の問題で、会話ができないらしい。

ルー・ウルフはその代わりに、顔を彼女の顔にこすりつけた。

その仕草を見て、ヴィは、このまばゆい鳳が、彼女の家族に等しい相手だと、気が付いたらしい。


「……ルー・ウルフ? 死んだんじゃなかったの……?」


誰が死ぬんだ、死にそうなのはヴィではないか。と言いたかった彼だが、その前に、ここから脱しなければならない。

これ以上、ヴィにひどい事をさせられる前に。

ヴィを掴んで、飛べるだろうか。ルー・ウルフが大真面目に考えた時の事である。

何やら、外が非常に騒がしくなり、その騒がしさがどうやら鳥の鳴き声であると判断できたと思ったらだ。


大量に鶏が、入口を数の暴力でぶち壊して、一気にその場になだれ込んできたのは。



「こっけえええええ!」


「こけーっこっこっこ!」


「きええええええええ!」


「こっけこっこおおおおおおおお!」


百や二百ではきかない数だ。もっとたくさんの、街中の鶏が、その場になだれ込んできたと言ってよかった。

そしてそんなものへの対処法を誰も知らなかったのだろう。

彼女が何度も失敗しながら起き上がって、周囲で彼女が食い殺されるさまを見物しようとしていた人々が、鶏につつきまわされて、蹴飛ばされて、羽で平手打ちを食らって、と散々目に遭っているのを見て、呟く。


「鶏が味方してるから、間違いなくルー・ウルフだ……じゃあなんであんな檻を使ったんだろう……というか、怪我とかない?」


彼女ははっとした顔で彼を見て、泣きそうな表情になって問いかけてきた。

無論怪我なんてないから、彼は翼を広げて頷く。

そうすると、彼女の、滅多に涙を流さない……涙を流すと凍るからだ……瞳がうるんで、なぼたぼたと涙をこぼした。


「よかった、よかった、ああ、よかった……!!」


安堵するのはここから逃げ出した後だ。ルー・ウルフが彼女の腕を掴んで立たせようとしても、彼女は相当痛めつけられた後なのだろう。苦痛の顔で、立ち上がるのもやっとだ。

これでは逃げ出せない、いよいよ彼女を掴み上げて逃げ出すべきか。

そう思った時、鶏の大乱闘の隙をついて入ってきたらしい、いかにも貴族には見えない男が、彼女を軽々と担ぎ上げ、ルー・ウルフを小脇に抱えて、走り出した。

余りにも見事な手際の良さで、反応が遅れた彼であるが、その誰かは、城の兵士のお仕着せを着ていて、敵なのか味方なのか、全く判断がつかなかった。

お前は誰だ! とその手をくちばしでつつこうとしたルー・ウルフは、その男から漂う、間違いようのない気配に、目を丸くした。

この、命が芽吹く季節と同じ匂い。冬を敗北させる、強烈な命の発露の香り。


「アスラン……?!」


ヴィが、同じように気が付いたのか、あのいま一つ、正体の分からなかった男の名前を叫ぶ。

そうすると、男は短く答えた。


「説明は、ヴィザンチーヌさんと合流してからだ!!」


走り抜ける道のあちこちで、鶏たちが大騒ぎして、城内はかなりてんやわんやしていた。

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