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77 火の鳥、舞う

外へ飛び出したはいいものの、向かう先のお屋敷まではかなりの距離がある。

城から外へ出るにも手続きが必要だ。

その手続きを無視して、外へ飛び出そうとした彼は、兵士に思い切り怪しまれ、結果外へは出られなかった。

ヴィが、処刑されたなんて事になっていたら、お館様が黙っていないはずだ。

一体どうして、ヴィが南の開墾地ではない、麦豊かな国にいるのかはわからないし、ヴィザンチーヌさんはどうしたんだとか、何で輝く火の鳥の飼い主になっているんだという疑問は尽きない。

だが、なにか、野生の勘のような物が、その噂の少女が、ヴィだと言ってくるのだ。

もしも彼が知らないうちに、何か間違いが起きて、ヴィが単身そこに向かったとしたならば、助けに行かなければ。

ヴィは彼にとって家族に等しい存在なのだから。

だが、問題の城門は突破できず、彼は苛立ち混じりに舌打ちした。

今から手続きをしに行ったならば、許可が出るのは三日後などと言われたのだ。

三日後では、ヴィの真相を隠されてしまう。

どうしたら……と彼がうつむいたその時だ。

どんっ! という重い音とともに、頭に予測不能の衝撃を感じて、彼は脳が揺られてたたらを踏んだ。だがそれだけでは済まず、思い切り倒れてしまった。

何が起きたのかわからなかった。

ちょうどそこは、あちこちの死角になる曲がり角で、誰かに危害を加えやすい場所でもあったが、まさか通路で人を襲うとは思わなかったのだ。

立ち上がろうとする間もなく、彼は複数の人間に押さえ込まれ、縛り上げられた。

騒ぐことを恐れたのか、きつく猿轡まではめられる。


「ああ、忌々しい。父上に無駄に似た顔をして……」


頭上から聞こえてきたのは、第三王子の声だった。また彼か、と思ったルー・ウルフは正しい。

彼は自分では手を出さずに、侍従たちに、ルー・ウルフをぐるぐる巻きに縛らせている。目的は一体何なのだ。

今自分は、ヴィの消息を聞くために、お館様のもとに行きたいというのに!

ルー・ウルフがもぞもぞと動いて、何とか縄を解こうとした物の、その程度では外れない。


「お前はなんて疫病神なんだ! 俺の予算が、大幅に削られると、兄上がおっしゃったのだぞ! お前が領収書を探し出させなければ!」


そんな事言われても。とヴィなら言うに違いない。

何回でもいうしかないのだが、王族の支出の偽造は、罪が普通よりもずっと重いのだ。

それを誤魔化せなど、というあなたが非常識だ、とルー・ウルフは声を大にして言いたい。


「殿下、捕まえたはいいのですが、いかがいたしましょう」


「堀に投げ入れろ」


堀とは城の周りをぐるりと囲っている、水で一杯になっている場所である。地下水をくみ上げて満たしているため、そこの水は夏でも、相当に冷たい。

そこに縛って投げ入れるという事は、殺人ではないか? 

ルー・ウルフは真剣にそう思った。

それに、侍従たちも似たような考えらしい。


「殿下、それでは殺人になります」


「こんな母親の出自も確かではないものが、一人行方不明になったからなんだというのだ」


お館様が黙っていません、とルー・ウルフは説明したかった。

お館様の存在が、王にとって重要だという事実は、王子や王女たち王族にさえ秘密にされている事なのだ。

それをこの前彼は知ったが……とにかく、お館様の命を受けてここに雇われている自分が、突如いなくなったら、お館様は絶対に調べるはずなのだ。

第三王子の色々な物が喪われてしまうに違いない。

そのため、考えを改めるように、ルー・ウルフは伝えようとしたのだが、視線は相当にうっとうしく感じられたらしい。

第三王子が苛立たし気に彼を蹴飛ばした。

顔面を蹴飛ばされたので、目の奥で火花が散った気がする。

痛みに顔をゆがめている間に、侍従たちは第三王子の命令を聞く事にしたらしい。

権力には勝てないのだ。侍従たちも辞めさせられたら、後がないのだろう。

ルー・ウルフはそのまま、ずるずると誰も通らない通路……隠し通路だったのだろうか……を引きずられていき、そのまま、思い切り勢いをつけて空中に投げ出された。

遠めから見たら、ごみを投げ入れたようにしか見えないだろう。堀はごみがよく投げられる物なのだ。

このままでは溺れ死んでしまう。

ええい、とルー・ウルフは腹をくくった。とりあえず、服が燃え尽きても、泳げれば何とかなると思ったのだ。

燃えろ、と彼は強く念じた。


燃えろ、燃えろ、


大いなる焔ヨ!!!


彼が念じたその時だ。彼の全身から、信じられない勢いの炎が吹きあがったのは。

そしてその炎は、彼を完全に包み込んだ。


「あいつ、炎の魔法の制御ができないくせに、炎を使ったのか!」


落ちていくために、遠くに聞えるはずの第三王子の声が、よく聞こえる。


「殿下、やはりよくない事だったのです!」


侍従が必死に何か言っている。

それもどうでもいい。ルー・ウルフは燃え上がる。全身が燃えて、しかし熱も痛みも感じ取れない。

まるで空が飛べるようだ。体に羽があるような気さえする。

彼は大きく、両手……翼を広げ、羽ばたいた。

ばさり、と金の炎をまき散らし、何者よりも神々しい炎の猛禽が、空へ舞い上がる。


「なんだあれは!? 火の鳥ではないぞ!?」


第三王子がぎょっとした声で言っている。

火の鳥ではないなんておかしな話だ。

火の鳥の血を、自分は四分の一ほど、継いでいるのだから!

彼は羽ばたき、そしてこの姿なら、お館様のもとに行くまでもなくあっという間に、麦豊かな国に行けると気が付いた。

行こう、ヴィがそこにいるかもしれないなら!

彼がどんな音楽よりも素晴らしい鳴き声を上げた時である。

一匹の、美しく艶やかに輝く羽を持った鶏が、その声にこたえたのは。


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