75 誰かによく似た顔
聖なる鶏に守られたルー・ウルフを、処分できない。
王子の命令でも、それはかなわない。
そのため第三王子の顔は、宮廷医師のもとに向かうまで、ずっと苦々しいものだった。
眉間にしわが寄ったあたりや、紫色の瞳が苛立ちに波打っている。
そして唇はぐっと噛みしめられている。よほど腹立たしいのだろう。
こういう表情をとると、第三王子は、現王によく似ている。
第三王子は、王と同じ母親、つまり今現在は皇太后から生まれているはずだ。
色々な部分に、王、ヴラドレンと同じ部分を見つけても、変ではないだろう。
そして自分は、ヴラドレン王からいつでも、問題児のように扱われ、柔らかな表情など見た事がない。第三王子の不機嫌な顔と王の顔に、類似点を見出すのも仕方がないだろう。
自分は、どちらかというと、という問題ではなく、物凄く前の国王によく似た顔をしているらしい。眼の形以外はほぼそっくり、いいや目の色だけだろう、という貴族たちもいたくらいだ。
そのため、使用人たちが口をそろえていったのは、女性受けしやすい格好良さを持っているという事だ。
なんでも、先代の王は、それはそれは浮名を流していたという。
そう考えると、自分の母のような、半分火の鳥と言った女性でも、好ましいと思う何かがあったのだな、と思ってしまう。
浮名を流しているから、女性に好まれているというのは、少しばかり意味が違うのだ。金目当てで群がる女性も大変に多い。
そして王という肩書だけで、夢中になる女性も、一定数いる。
これは王子という肩書だけで、夢中になる女使用人たちや家庭教師が、かなりいたことからも明らかだ。
離宮から出されて、世間一般常識を学ぶ際に、女教師が、息まいて上にのしかかってきた時は、かなり怖かった。
これも授業だというのが嘘くさくて、大声をあげたらその教師は、二度と現れなかった事も思い出す。
おそらくあの女教師は、やり過ぎたのだろう。彼女が行っていい事の限度を超えたに違いない。
色々と考えながらも、王宮医師の元まで第三王子を送り届け、事情をざっと説明すると、王宮医師は頭を抱えた。
まさか王子が鶏に蹴飛ばされて、そのかぎづめに引っかかれて、こんな怪我をする羽目になるとは思わなかったらしい。
それはルー・ウルフも同じだ。
殴られる覚悟はできていたのに、鶏たちに助けられてしまった。当分鶏肉は食べられない、と思う。きっと出されれば、残す事は罪悪だから食べてしまうけれども。
鶏肉を進んで食べたいとは思わないな、となんとなく思っている。
最近美味しそうに見えているのは、蛇なので、これが困った事だ。蛇がおいしそうなんて、自分は一体どうしたんだろう……という事も思うが、誰にも相談できない。
相談すれば、きっと自分が四分の一火の鳥だという、とても重大な秘密を漏らす事になってしまいそうだからだ。
王からも、進んで喋るなと言われている以上、喋るわけにはいかない中身だった。
「しかし、直ぐに来て、傷をよくよく洗えてよかったですよ。これを放っておいて、化膿させたら、無残な痕になる所でした」
化膿した傷を放っておいて、痕程度で済むのは、きっといい薬や設備を使うからだな、とルー・ウルフは内心で思っていた。
ヴィたちのいた所だったら、化膿した傷から熱が出て、看病もできないまま、死んでしまうのだから。
これが王族だから、その程度の結果ですむに違いなかった。
「顔に傷が残るのか!?」
第三王子が激昂して喚いた。喚かれても困る。
顔に傷ができると聞き、血管を浮き上がらせる行王で激昂している彼に、医師が言う。
「ですから、放置していた状態だった場合の話です。大丈夫ですよ、きちんと傷も洗いましたし、王族の顔の顔に傷がついてはいけませんから、宮廷魔術師たちを呼びました」
宮廷魔術師たちは、王族のみが使える特権である。
彼等は貴族の出身で、家を継がなかった者たちだ。そして優れた魔法の力を持っているから、王宮で一目置かれている存在でもあった。
もっとも、自分は火の鳥の血のおかげか、彼等に頼った事が一度もないわけだが……それは言わなくていいだろう。
「ではこれで」
宮廷魔術師たちが来るなら、自分がいても意味がないだろう。仕事に戻らなければ。
まだ帳簿の計算が残っていたはず、と立ち上がったルー・ウルフは、思い切り第三王子に睨みつけられながら、その場を後にした。
「困るのは彼なんだが……そんなにシンシアという女性に贈った贈り物の金額は、問題だっただろうか」
計算はするが、いちいち帳面の中身を完全に記憶しているわけではない。
かなり数字が合わなかったのは確かだが、贈り物の相場に詳しくないルー・ウルフは、よく分からなかった。
まだ明細が部屋にあったら、ちょっと読んでみよう。好奇心に駆られた彼が、仕事場に戻っていくと、そこでは大騒ぎが起きていた。
部屋の前には、今まで見た事のない、侍女たちがひしめいている。何事だろう。
この部屋に、そんなにも侍女たち、にきゃあきゃあ言われる誰かがいるとは思えない。
居たら差し入れなどがあるはずだ。徹夜の時とか。皆の心が折れそうな位に、計算が合わない時とかにだ。
だが侍女たちは、扉を開けっぱなしにして、中を覗き込んでいる。
何だろう。開いた扉から、仲間たちの声が聞こえて来る。
「あ、この!」
「こいつ、なんてすばしっこいんだ!」
「誰か捕まえられないのか!!」
部屋では、仲間たちが皆して、計算に使用した用紙を散らかしながら、一匹の鳥を捕まえようと四苦八苦していた。
部屋を出て行く時には、たしか窓が開いていたから、そこから入ってきてしまったらしい。
それなら窓から出してやるように誘導すればいいのに、窓は閉まっている。
どうしたのだろう。
怪訝な顔になったルー・ウルフを見て、仲間の一人が言った。
「あ、王子様! こいつ捕まえるの手伝ってください!」
「外に出してやればいいじゃないか」
「無理!」
もっともな正解かと思ったのだが、思い切り否定された。
「これは! 王女殿下の小鳥なんですよ!」
息を切らしながら、別の一人が言う。
「なんでも、麦豊かな国から誕生日祝いに贈られてきた鳥らしく」
ぜいぜいと、あえいでいる状態の一人が続ける。
「今ここから逃がしたら、我々の首が飛ぶんですよ!」
「ふうん……」
ルー・ウルフはとりあえず、その小鳥を捕まえれば、皆解決なのだな、と理解した。
そのため、小鳥を見て、周りを見て、まあ鶏たちを集めた時もやったのだから、そんな大騒ぎにならないだろう、と判断した。
そのため、高い所に留まって、こちらをじっと見つめる小さな、綺麗な七色の羽根を持った小鳥に手を差し出した。
息を吸い込み、柔らかな音を、喉の奥から出す。
「La……」
そしてその音に、おいで、という意味を持たせて紡ぐと、その小鳥はそっと舞い降りて、彼の指先に留まったのだ。
そこで唄を止めると、仲間たちがほっとした顔で、息を切らして座り込んだり、椅子にもたれかかりながら言った。
「我々は運動不足ですな……」
「日がな一日計算仕事だからな……」
「王子様、助かりました、ありがとうございます!」
「いいんだ。皆助かってよかった」
指先の小鳥を、外の侍女たちが持っていた鳥籠にそっと入れてやると、小鳥はじっと彼を見つめた。
「いい子だ」
自分から進んで籠に戻った小鳥に言うと、小鳥はそこで鳴き声を上げた。