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73 そちら側の事情と矛盾

彼がここに戻ってくる前に、彼は上司とともに王に謁見した。

その時は、ちょうど鶏を捕まえた大勝利の宴の真っ最中で、近所の知り合いたちが楽しそうに笑いあって食事をする声が響いていた。

彼もそちらに参加したかったのだが、どうしても、彼は来てほしいと言われて、上司とともに空腹のまま、王の前に立っている。

もしかしたら、誰かが待っているかもしれない。ご馳走を目の前にして、ぐっとこらえているかもしれない。

それはあまりにも不平等な気がしたので、彼は伝言を誰かに頼む事にしたのだ。

そのため、彼は適当な、その辺を歩いていた使用人の一人に、ヴィたちに自分の事はいいから先に食べたり飲んだりしていて欲しい、仕事ができてしまったのだ、と伝えるように頼んだのである。

使用人には、銀貨一枚を渡したため、これが簡単で、割のいいお小遣い稼ぎだとわかっている使用人が、それを破るわけもない。

彼は王の前で、王が苛々とした声で喋る言葉を聞いていた。

話の中身は、彼が騒ぎを起こした学園の事であり、学園で彼がどんな振る舞いをしていた、を改めて確認すると言う物だった。

こんな物必要なのか、と思いつつも、彼は一つ一つ、王の問いかけに答え、時折王が苛立つのを、上司がなだめている。

王は、散々婚約者をないがしろにし、男爵家令嬢だったヴィオラと親密な仲になった彼が、どんな振る舞いをしていたかを聞いてくる。

そのため、彼は一つ一つ思い出しながら、答えていった。

確かに、婚約者とはすれ違ったら挨拶をする程度のことしかせず、彼女が行う茶会には出席せず、しかしヴィオラが招待された場合は、呼ばれていなくても参加した。

義務として昼食を共にする事になっていた婚約者が、他の令嬢たちと食事をしたいというのを受け入れ、自分はにこにこと近寄って来るヴィオラと食事をした。

愛しい人に贈り物をする、という行為の際には、ヴィオラに、素敵だと思った物……生花を渡したり、綺麗なお菓子を渡したりしたが、婚約者には、適当に宝石を贈っていた。

誕生日の際には、婚約者には祝いの言葉と一そろいのパリュールを、これまた彼女に親しい貴族の意見のままにそろえて贈り、ヴィオラの誕生日には、朝一番に駆け付け、祝いの言葉のたくさん書かれたカードを手渡し……休みの日には同じベンチに腰掛け、お喋りにふけったりした。婚約者との茶会は、呼ばれていないから出席せず。

このあたりで、王が頭を抱えた。

上司はなんとも言えない微妙な顔になった。

何がいけないのだろう。

彼は、頭がヴィオラで一杯になっていても、婚約者は婚約者だから、適当であっても祝いを忘れる事はいけない、とかろうじて思っていたため、こんな雑な扱いになったのだ。

だがそれが、王にとって頭が痛くなる案件だったらしい。


「つまるところ、お前は男爵家令嬢という名ばかりの、平民の娘と、接吻さえせず、しかし溺愛し、公爵家令嬢に激昂され、婚約破棄された、という事か」


王はそこは本当に想定外だったらしい。まあそうだろう。はた目から見てもいちゃいちゃとしていた自覚のある彼が、後々振り返ってみると、あれだけ人目をはばからずに愛を囁いていたのだ、誰しもが一線を越えていると思うに違いなかった。

だが事実として、彼は接吻さえしていないのだ。

それ位に彼女を大切にしていて、彼女とそう言う事に及ぶ際には、結婚した後だと決めていた。

結婚までに何かあった時に。彼女が処女でなかったら、誰が彼女を守るのだ。

彼女を結婚するまで守るためには、彼女に手を出すわけにはいかなかったのだが。

そのため、彼ははいと首肯した。


「はい。その通りです」


「何故それをパーティの際に言わなかった」


「あの時は、彼女と愛し合っていると思っていたので、公爵家令嬢に言われるのももっともだな、と思ったので」


「肉体関係なしにか」


「肉体関係だけが全てではありません。私はそう、イヴァン兄上から学びました」


「あの男の話をするな!」


国王、ヴラドレンが忌々し気に怒鳴る。まだ、彼の同じ歳の異母弟の話は、王にとって禁句のようである。

それもそうかもしれない。

長い間、彼等は後継者争いをしていて、先代の王の死去の後も泥沼のような争いを繰り広げていたのだから、彼が未だ異母弟を敵視していても、不思議はなかった。

だが、そのイヴァンこそ、自分を隠しながら育ててくれていた兄である。

目標となるべくはあの兄で、あの兄の言動や立ち振る舞いなどを学び、彼の役に立つべく、自分は数学の腕を磨いたのだ。


「……イヴァン殿下は婚約者とも礼節を保った関係を維持し続けていた。それは間違いない。そして春を売る女を買った事も一度もなければ、使用人に手を出した事もない。……お前はそれを見て育ったのだったか」


上司が彼を見ながら言う。彼の出生は謎が多いのだ。いったいどこから現れたのか、イヴァンのみが知る所であり、そしてそのイヴァンは後継者争いに敗北し、死んだ。

そのため、彼の出自は、イヴァンの書いていた日記にのみ記されているのだ。

イヴァンは慎重な男だったため、この異母弟を隠し育てるために、腹心の使用人たちを使っていた。

彼がヴラドレンに発見されたのは、彼が暮らしていた離宮を新しく立て直し、そこを後宮の一つにする、と決められた時なのだ。

誰もいないはずのその場所で、ただ、兄の訪れを待って生活していた、血のつながりがはっきりとわかる顔立ちをした少年。

それが、あまり大きな声で言われないものの、彼の生い立ちであった。


「陛下、やはりルー・ウルフは、そう言った情緒が欠落して育ったのです」


「イヴァンらしいやり様だ。少なくとも、派手な間違いは起こさないように育てたというわけか。そのくせ貴族社会を学ぶために通った学校で、あんな騒動を起こすなど」


王はどこまでも、異母弟を否定したいのだ。よほど劣等感があるらしい。

言葉の端々から、苦々し気な物が立ち上っている。


「陛下、よろしいでしょうか」


彼は発言の許可を得るべく声をあげ、王が頷いたため問いかけた。


「私が礼節などを保ちながらも、ヴィオラ嬢を溺愛して、婚約者との意思疎通をないがしろにした事が、何故今更問題になるのでしょうか」


「大ありだ馬鹿野郎」


ヴラドレンの声が苦々しいもののまま、思いっきり彼を馬鹿にした。

何故ここで馬鹿野郎なのだろう。

彼が首をかしげると、王が吐き捨てるように言った。


「お前がやった事が、貴族社会では別段問題がない事だったと、明確になったからだ」


「婚約者をないがしろにするのは、良くなかったのではないでしょうか? 公爵家令嬢にもそうやって言われましたが」


「お前は誰とも一線を越えなかった。女遊びをするでもなく、子供のように好きな女とおしゃべりに耽るばかり。婚約者の茶会には適度に顔を出し、誕生日などの祝い事にはきちんと贈り物を渡した」


「適当な贈り物でしたよ……?」


「適当だろうが何だろうが、お前は一流の職人に依頼したものは、公爵家令嬢に渡していただろう。それに劣るどころか、貴族社会では価値がないと言われる花だの、磨いたガラス玉だのを男爵家令嬢に贈っていたと、自分で言っているではないか」


「この北の国で、満開の花束は、一番素敵な贈り物だと、聞いていたので……」


彼が困惑すると、上司が何とも言えない声で問いかけてきた。


「それも、イヴァン殿下が?」


「はい」


「確かに、イヴァン殿下は、生花を価値の高い贈り物として贈る家の出自でしたから……都では、宝石の方が素晴らしい、と教えなかったのでしょう」


弟が、宝石を買い求められる身分になれるとは、おそらく予想していなかったのだ。賢明なイヴァンだからこそ、あえて宝石の事を話題にしなかったに違いない。

上司はそう判断した。

弟を死ぬまで大切に、文官として隠し通す事こそ、イヴァンの望みであったのだろう。

……公爵家令嬢と婚約していた、この青年の兄王子が、落馬してその怪我がもとで死ななければ。

ヴラドレンも、公爵家とのつながりのために、この世間知らずの天然な弟を使おうとは、一生思わなかったに違いない。


「つまりだ」


話を元に戻すつもりの声で、王が言う。


「お前が礼節を保ち、節度を持って、婚約者を尊重しながら格下の恋人を持つ事は、なんら不義理ではないのだ。だが、公爵家令嬢は……」


「彼女に何か不手際が?」


「お前との、手紙のやり取りさえ拒んでいたと聞く」


「同じ王子でも、こんなに手紙が下手な相手とは手紙をやりとりしたくないと、言われましたし、いつでも婚約を破棄できるとも言っていましたし……」


「その馬鹿公爵令嬢が、妊娠しているのだ」


「……は?」


さすがに予想していなかった。彼が奇妙な声をあげた際に、上司が変わって説明をした。


「彼女が、他国に嫁ぐため、他国に行ってしまったのは知っているだろう? そこで彼女が妊娠しているのが分かってね。さて、誰の子供だ、とあちらでは大騒ぎなんだ。君の子供かとも言われたのだが、彼女がこれはその国の王太子の子供だと言い張ってね……未婚のままそう言った関係を結ぶのは、明らかに不貞だ。……君と彼女の立場が、妊娠によって逆転したんだよ」


彼は必死に頭を巡らせて、一つの答えにたどり着いた。


「つまり、彼女が不貞を働いていて、それを誤魔化すために、私に文句をつけていたという風にですか?」


「そうなんだ。君の名誉は回復され、彼女の名誉は地に落とされ、そして未婚のまま相手を妊娠させた王太子もろとも、彼女の立場が悪くなってね」


「王太子との婚姻が不可能だった場合、お前との婚姻をさせろ、と公爵が娘可愛さに言い出しているのだ。舐められたものだな。お前なら言いくるめられると思っているのだ」


王が苦い声で言い切り、そして言った。


「この通りの状況で、お前を市井に野放しにしておくわけにはいかなくなった。お前はイヴァンの日記にある通り、火の鳥の血をひいている。それが大っぴらになる事も遠くないだろう。そうなれば、お前は最高の切り札になる。よって王宮に連れ戻す事になったのだ」


「なったのだって、私の意見は……」


「ない。あるわけないだろう」


彼が呆気に取られて、反論する言葉を探している間に、上司にさえ言われてしまったのだ。


「君を狙って、ヴィやヴィザンチーヌにもしもの事があったら、物凄い騒ぎにしてしまうだろうからね」


いつの間に、どんちゃん騒ぎは終わったのだろう。

彼が、宴をしていた庭園の方を見ると、灯りも消えて、すっかり宴は終わってしまっているようだった。

彼は大切な家族のような二人を頭に思い浮かべ、それから、いきなり現れたものの、害意はなさそうなアスランのことを思った。

彼女たちを守るためなら、自分がこちら側に戻る事も、必要かもしれない。


「よって、君を私の部下として命ずる。王城で雇われなさい。雇われれば身元も保証される。そして王城内の部屋を借りれるからだ」


「そして、ヴィや魔女たちは、今のうちに、もっと南の地域の開墾に向かわせる。あの者たちが暮らしている地域は、そろそろ大掛かりに取り壊さなければならないのだ。あのあたりの下水が機能していない」


南に行くのか、それはうらやましい。彼はそんな事を思い、そうやってヴィやヴィザンチーヌさんたちを王が守ってくれるのだな、と考えた。

そのため、頷いたのだ。


「はい、わかりました。……長期休みをもらって、彼女たちに会いに行く事はできますよね?」


「気分による」


こう言った物が王の気分次第なんていうのはざらだ。彼は特に不信感も抱かなかった。




そうして彼は、ここの雇われになったのだ。

何も知らずに。

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