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71 ある種の結末に似た始まり

あたしは徹底的に抵抗した。どう抵抗したのかと言えば、どうせ明日判断されるのだったならば、逃げ出そうととにかく、あらゆる方法を使おうとした。

見張りの交代の時に、出入り口から逃げ出そうとするのは序の口、それも失敗して、あたしは思い切り殴られた。

口の中が切れたけれども、無視してまた彼らの隙が出来たあたりで、もう一回脱走を試みた。今度は窓の外から脱走しようとして、これも最後の食事を持ってきた人に見つかり、あえなく失敗した。

この失敗の時も、思い切り蹴飛ばされた。

罪びと扱いの女の子なんて、所詮そんな扱いをされてしまうのだ。

いかに無実であろうとも、王女様のご機嫌を損ねる方が、彼等にとっては問題なのだろう。

逃げ出されたとなったらもう、自分たちの命がなくなっちゃうのは明白な事だから、彼等が必死にあたしが逃げないように、あらゆる方法を使うのはある意味、当然と言えば当然だった。

そしてあたしはほかにも方法がないか探して、自分で解毒可能な毒草を飲み込んで、腹を下した振りまでしたのだけれど、それもここが医離宮だったせいで、あっという間に解毒されてしまった。

ここまで体をはっても逃げ出せないなんて本当に、絶体絶命だ。

神の裁きが何だか全く分からないけど、それがろくでもない物なのは明白だし、だいたいにおいて、神の裁きと世間的に言われるものは、為政者の思う通りの結果を運ぶための舞台装置みたいなものだ。

あたしのように、王女様のご機嫌を損ねて処刑される、とほぼ確定されているらしい貧しい育ちの女の子を、助けるための裁きであろうはずがない。

どうやって逃げ出すか、と思いつく限りのものを使ったのだけど、皆失敗した。


「お前ごときが思いつく方法など、だいたいの罪人が思いつくものに決まっているだろう。お前は馬鹿だな」


「じゃあ後は袖の下しかないってわけか」


「袖の下だと!? お前、私たちを馬鹿にしているのか!!」


「お貴族様が袖の下を飛び交わせているのが、まさか誰にも知られていないなんて思っていたの、あなたたち」


「なにを……っ!」


かなり腹の立つ言葉だったのだろう。兵士は腰の剣に手をやって今にも、剣を抜き放ちそうだった。

それを見た一人が慌てて抑える。


「神の裁きの前に殺したら、それこそ俺たちがただじゃすまないだろう!! こんな安い挑発に乗ってはならない!」


「だがしかし、この娘の言葉はあまりにも我々を侮辱している!」


「侮辱して挑発し、逃げ出す方法を探していると何故分からない!! こんな貧弱な娘一人、もう策は尽きているのだぞ、我々の仕事は、この娘が確実に明朝に、神の裁きの前に立つまで逃げ出さないように見張る事だ」


一人にたしなめられたもう一人が、ぎりぎりと歯ぎしりをして剣から手を離した。

あたしは気付かれないように舌打ちをして、外の月を眺めた。

外の月は今日も明るい。

でも、ルー・ウルフはもうこの世にはいない。

かーちゃんは助かったのかな……といまだ命の炎が燃えていると上級の身分の人が言った事を考える。

かーちゃんまで、殺されたりしないといいのだけれども。

だってかーちゃんは誰よりも被害者なんだから。




「助けにも来てくれやしない、まあ当たり前か」


あたしは、奇跡使いへの希望を忘れる事にした。まさか彼だって、これからほぼ処刑が決まった女の子を助けるために、この医離宮と呼ばれる場所に乗り込んだりしないだろう。

それ以前の問題で、出入り口から出入りできるかどうかすら、あやしい。

彼はお貴族様から嫌われているのだから。

誰も助けには来てくれない。

でも、あたしは生きている。

これからどうなるのか、全く予想がつかない中、あたしは膝を抱えて、痛む足で一夜を明かした。

日の出前に、あたしは物音で目が覚めた。もともとちゃんと眠れるわけがなかったのだから、ぐっすり眠るなんて無理である。

明日殺されるかもしれないんだから、どんなにいい布団の中でも眠れるわけがなかったのだ。


「来い」


兵士があたしにつけられた手錠を引っ張る。

そう、あたしは度重なる脱走未遂のために、手錠が付いたのだ。

その手錠は、下手に抵抗すると、内側につけられたとげで、手首を痛める仕様になっている。

こんな物をつけられてしまったので、あたしの脱走計画のほとんどは不可能になってしまった。

あたしは兵士たちに連れていかれるままに、医離宮と呼ばれたこの場所から、延々と色んな渡り廊下を歩いていく。通りすがりの人なんてほとんどいなくて、やっぱり立派な建物と言う物は、使用人と上流階級の人間が、全くすれ違わないようにできているのだ、と実感した。

渡り廊下を歩き続け、そしてあたしは地下に続く階段に向わされる。

足を止めたらすぐに、手錠についた鎖を引っ張られて、手首にとげが刺さるから、従うしかない。

頑丈な手錠だから、逃げ出してもなかなか外せる人を見つけるのは困難だし、こんなの鍛冶職人に引きはがしてもらわなかったら無理だ。

鍛冶職人だって、こんなものをつけられている女の子を、簡単に助けるとは思えない。

もしもの時に自分の首が無くなってしまうのだから。

誰だって自分の首は惜しい物。

そして見ず知らずの女の子を、むやみに助ける不用心な人はいない。

当たり前の事実で、どうしたって覆らない。

これがねーちゃんの力とかを持っていたなら、男の人たちを夢中にさせて、見事に逃げ出せるのだろうが、あたしはそんな力はないし、持ちたくもない。

じゃりり、と鎖が音を立てる。音が立ったからあたしは立ち上がった。

兵士たちに言われるがままに、ただ足を進めていく。ぼろきれの巻かれた足は、少しはましになった。

高価な塗り薬など、あたしに使うわけもなく、あたしはただ傷口を綺麗にしてもらって、油を塗られて、布を巻かれただけだ。

でも油を塗るのだって立派な治療だから、あたしは文句を言ったりはしない。

地下へ続く階段を降りていく、そうして目の前に現れたのは、とても厳重に守られた扉だった。

守られた、と言うのは肯定的な見方だろう。

これは、何かを、一生懸命に押さえ込んでいる扉だ。

周辺の警備をする人たちの多さとか、物々しさとか、そう言った物からそんな事を感じた。


「ここは」


それだけを聞くと、兵士が言う。


「ここが神の裁きが下る場所、聖なる獣が住まう地下聖域への入り口だ」


「……あたしはここでどうなるの」


神の裁きとやらは、どうやら何かしらの動物に食い殺される処刑方法のようだ。

とても残酷で、そして入口は一つのようだから、逃げ場はなさそうだった。

ここまで来ても助けは誰一人来ないし、何かしらの奇跡は起こらない。

きっと奇跡使いはあたしからは手を離したな、と早々に察するものがあった。

だからあたしは、顔をちゃんと上げて、開いた扉の中にゆっくりと、背筋を伸ばして

入る、その手前で、彼等に願った。


「あたしは殺されても仕方がないかもしれない、でもあたしのお母さんだけは、見逃してほしい。あの人は生きながらに檻の材料にされた。これ以上の酷い事なんてきっとない。だからお母さんだけは、助けてほしいと願ったと、伝えてほしい」


「伝えなかったら?」


「どんな化け物になってでも、あんたたちの夢枕に立ってやる。そして永遠に呪ってやる」


この言葉はかなりの恐ろしさがあった様子で、彼等はつばを飲み込み、こくりと頷いた。

だから伝えてもらえる。

まっとうな神経の大人だったならば、かーちゃんだけは助けてくれるに違いない。

あたしは、王女への呪いの言葉とかは、この扉が閉まってから吐き出そうと決めて、扉の中に今度こそ入って行った。


「あの女の子、全く怖がらないで中に入ったな」


「本当に、無実の罪を着せられたのかもしれない」


「というか、いつもの王女様の癇癪だろうが。王女様の癇癪には困ったものだ。気に入らなかったら処刑だぞ、処刑」


「だいたいにおいて、軽くなって、王女様の目の届かない場所に行くだけだったんだがな」


「あの子もちょっとかわいそうかもしれなかったな」


「でも俺たちだって命が惜しいからな……」


そんな会話が、閉まる扉の隙間から聞こえてきたけど、あたしは振り返らなかった。

そして、青白く光る液体を出す草が、たくさん生えたそのだだっ広い空間にいたのは、一匹の狼だった。

その狼は、あたしよりも体高が高くて、あたしなんて二口で呑み込めてしまいそうな大きさとしか言いようがなかった。

そしてその狼は、非常に気が立っていた。

狼があたしを見る。そして次の瞬間、あたしは飛び掛かってきた狼の頭が視界一杯に広がって、地面に叩きつけられて、肩に食い込む牙に絶叫し―――――――――












短くも鮮やかな夏の光をいっぱいに浴びた花々が、咲き乱れる北の国。

北の国の王宮の、かなり埃くさくなった一部屋に、幾人もの人間が死屍累々と言った姿で椅子の上に倒れ伏していた。

誰もが目の下に色の濃い隈を作り、気絶するように眠っている。

皆、机にもたれかかっている。全員そこを寝床にしているわけではなさそうだ。

その中で、一人の、誰よりも輝く金色の髪の青年が、身じろぐ。

彼の頭の近くでは、机に置かれたネジ巻き式の時計が、がたがたと揺れていた。近くで聞くと結構な騒音である。

しかし周りの誰もが、精根尽き果てたように眠っていた。


「……ううう……仮眠の時間が短い……もっと寝たい……」


身じろぎながらも、青年はその時計を両手で押さえて、手探りで目覚ましを停止させる。


「ええと……計算のここまでは正確だって確認したから……次は目録の総ざらいと計算の直しと……何だっただろう……?」


目覚ましを停止させ、起き上がった青年の瞳から、ふわりと赤く火花が散る。

金に橙、朽葉に山吹。茜にあかがね、と言った光が、青年の瞬く瞳から散った後、燃え盛る炎のような瞳の青年は、ゆっくりと体を起こし、大きく腕を伸ばして、欠伸をした。


「ヴィやヴィザンチーヌさんは、いま引っ越し先で何をしているだろうな……」

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