70 火の鳥、墜つ?
「あたしに、大地を豊かにする力も、作物の収穫量をあげる力もないよ。もしもあるんだったら、あたしこんなにやせぎすじゃないでしょ。暮らしていた町の周辺じゃあ、小麦とかは全然実らなかったし。そのルフィア姫の力があったら、あたしもっとたくさん、いい物食べてたと思う」
即座に否定の言葉が出てきた。魔力を分解する力はあるけれど、ルフィア姫みたいに食べ物がたくさん実るようにするなんて、あたしは出来ないのだ。
もしもできていたら、あたしの食生活はもっと楽だったはず。
これを聞いて、女の人が問いかけてきた。
「あなたの日常的に食べているものは?」
「ジャガイモ。その季節に一番安い青菜。酸っぱいキャベツ。豚の脂身、豪華だったらベイコン」
女の人は、しばし黙った。こちらを上から下まで眺めて、何かの聞き間違いじゃなかろうか、と言いたそうな声になる。
「それって、北の国でも収入が極めて少ない人の食べるものよ、農村部の人だって、もっとましな物を食べているわ。蕎麦のお粥も縁がないの?」
「蕎麦よりジャガイモの方が安かったし。蕎麦はジャガイモより調理に時間がかかるし、お腹膨れない」
そう、北の国ではジャガイモ以上に安い食べ物はないのだ。蕎麦もかなり安い部類だが、同じ重さで買った時、ジャガイモの方が安いのだ。
それに、昔、かーちゃんはすぐに腹を減らす幼い子供を、二人も抱えて、蕎麦をかまどでぐつぐつと煮ながら、薬の調合なんてできなかったのだ。
そのため、焚火に入れておけば、器がなくても食べられるジャガイモが、うちで一番食卓に登場したのだ。
かーちゃんがあたしとねーちゃんに食べ物を食べさせるためには、それが一番だったのだ。
結果あたしは、ジャガイモばかりの生活でここまで育ってきた。
それは別に、恥ずかしい事じゃない。むしろ、かーちゃんがここまで食べさせてくれたと、誇るべき事である。
しかし、この国、つまり麦豊かな国の彼女からしてみれば、度し難い貧乏に聞えた様子だ。
「……確かに、ルフィア姫と同じ力を持っていたら、あなたの暮らしていた地域の食物の収穫量は、劇的に上がっているはずよね……そうよね……ルフィア姫と同じ豊穣の巫女が、二人も存在しているなんて、あり得ないわよね……」
彼女は自分の思考をまとめるように、そんな事をぶつぶつと言った。その時だ。
「失礼する」
扉が開かれて、そこから、複数の人が現れた。彼等はいかにも聖職者、と言った格好の人と、物々しい武双をした人の二種類で、彼等は険しい顔をしていた。
あたしは、ルー・ウルフを閉じ込めていた檻を壊した、と言う事しかまだやらかしていない。
いったい彼らが険しい顔をしている理由は、と思った時だ。
「たった今、完全に、火の鳥が死んだことが確認された」
あたしは、それまでのルフィア姫の話と言う、お伽噺に近い物から、急に現実に大きく引き戻された気がした。
ルー・ウルフが。死んだ。死んだのが確認された?
嘘でしょう?
少しぼやけていた頭の中が、信じられない位に明瞭になる。
嘘だ。
だって、かーちゃん生きてたんだよ、奇跡使いの言った事が正しかったなら、火の鳥が死ななきゃ檻の術は解除されないんじゃなかったの。
あたしが術を分解したって言ったって、かーちゃんが生きていた以上、ルー・ウルフにだって猶予はあったはずだ。
死ぬわけない。
なのに死んだの?
どうして?
言葉が何も出なくなったあたしを見ながら、一人が言う。現れた人たちの中では、一番立派な鎧を着ている人だった。
それは城内警備用の鎧として、最も華美なものだったに違いない。
銀メッキでもかけられているように、眩しい鎧だった。
「その事で、王女殿下が大変お怒りになってしまわれてな。檻を壊したから火の鳥が死んだのだ、と訴えている」
「あんな檻に入れておくのがいけないんじゃないか! 魔法のかかった檻になんか入れて、ルー・ウルフだって精神的に参っちゃうに決まってる!」
あたしはそれに対して反論した。村の皆だと思っていたのは、土人形だった。でもあの檻の中にかーちゃんが混ざっていたのだ。
ならば人の気配を感じて、ルー・ウルフが精神的に参らないわけがない。
「お前のいう事など、王女殿下が聞くわけがないだろう。お前は魔法の達人か? 医離宮の人間に聞いたが、お前は魔法の素養など何一つないそうじゃないか。知ったように言うな」
「達人なんかじゃない。でも頭使えばわかるじゃないか、あの時ルー・ウルフはやせ細って苦しんでた、外に出さなきゃいけなかったのに!!」
「馬鹿者! 檻から出して逃げられたならば、一体何人の首が飛ぶと思っている!!」
頭越しに怒鳴りつけられて、一瞬あたしはひるんでしまった。それ位の大声だったのだ。
それ位の声をあげた後、その銀の鎧を着た男の人が、深呼吸をして告げた。
「その際に、お前があの檻の術を解除したのではないか、と言う意見が出た。その髪の色は豊穣の巫女、ルフィア姫と同じ色だとも。そのためお前は、本来問答無用で処刑になる決定であったが、慈悲をかけ、神にゆだねる事になった」
慈悲をかける? 神にゆだねる?
あたしは意味が全く分からなかったけれども、脇にいた女の人は蒼白な顔になった。瞬く間に真っ白に変わったのだ。
「お前は明朝、神の御使いの前に召し出される。そして、お前の未来は決まる」
よく分からなかったけれども、そこで生きるか死ぬかが決定されるのだ、という事は伝わってきた。
「あたし何も悪い事していないのに」
奇跡使いのいった通りだ、本当に処刑されてしまうのだ。
善悪はともかく、王様とか王女様の機嫌を損ねたっていう理由で。
奇跡使い、あなたは真実を言って、あたしを守ろうとして、忠告してくれていたんだな。
「した。王女殿下への贈り物を殺したのだ。お前がどこかの国の回し者だったならば、即座に戦争ものになる案件だ」
銀の鎧の人が言って、あたしを見張るように、他の兵士に命じた。
「絶対に逃がすな。女、お前は召し出される時に、王女への謝罪の言葉を考えて祈っていろ」