68 山の民の財産
あたしはここで、不意にかーちゃんの言っていたことを思い出した。
あれはまだ、ねーちゃんがうちにいた頃の事だ。
どこか山の方から品物を交換しにやってきた人たちが、きらきらと輝く銀の装飾品を、ありとあらゆるところにまとっていたのだ。
でも、衣装は、あたしとそんなに変わらない位の、貧相な物で、小さかったあたしは、とても不思議だった。
だから問いかけたのだ。
「あの人たちは、継ぎを当てた衣装はいいのに、お飾りは豪華にしたいの? あんなにたくさんのお飾りを持っているんだったら、衣装だっていい物が手に入るんじゃないの?」
かーちゃんは乳鉢でつぶしていた木の実を脇にやって、あたしを膝の上にあげた。
そしてどこか、懐かしそうな声で、話しかけてきたんだ。
「山や荒野で暮らす人たちは、衣装は粗末でも、その装飾品は驚くばかりの豪華さの時がある。それはどうしてだか、わかるかい」
「わからない」
うちはそんな装飾品もない家だったし、衣装も結構なぼろだったから、なんで装飾品は豪華になるの、と思ったのだ。
かーちゃんはあたしを見て、頭を撫でて、こう言った。
「それが彼らの先祖代々受け継ぐ、全財産だからだよ。山の方の人たちは、もしもの時自分を守るために、全財産を体にまとうのさ」
「なんで?」
「山崩れで家が壊れた時に、家の中にそう言った物があったら、取りに戻れないだろう」
「……」
そういう事があるのだ、とあたしは信じられなかった。家の近くの山は、崩れた事がなかったのだ。
「それに、何かの事故とか事件とか、災害で、独りぼっちになった時、間違いなく価値があるものを持っていたら、それと交換で、食べ物とかを手に入れられるだろう? 銀の飾りは万国共通で価値の高い物。つまりどこの国の人も、何かと交換してくれる」
かーちゃんは歌うように続けた。
「古い物で、どういった経歴で自分の所までやってきたか、分からない物だって、銀の飾りであれば、間違いなく財産だ。山の民は身にまとうよ。それが何であろうとね」
このやりとりを思い出したあたしは、だからルフィア姫も、普通の町の人だったらしまい込んでおくような品物も、頭にかぶっていたのだな、と合点した。
でも、いろんな人が血眼で探していた物だったんなら、他所の村と交流があった時点で、分かっていそうな物だ。
そこで、今女の人が、言っていた事と組み合わせて見る。
輪冠探しが、一番すごかった時期には、たくさんの模造品が出回った。
つまり、他所の村の人たちは、それを模造品の一つだと認識していたって事かな……?
そうでなかったら、その時点で大騒ぎが起きていたはずだし。
隠れ住んでいたなら、牧童に見つかるのは軽率だし、隠れ住んでいなかったのだとしたら、その輪冠の意味を全く分かっていなかったようにしか思えない。
山の民で、風習として先祖伝来の品物を、肌身離さず身にまとっているのが当たり前だったとしても、その輪冠は規格外な品のような気がしたのだ。
いいや、そもそもルフィア姫って、自分がどういった身の上か知っていたのだろうか……?
疑問が口をついて出た。
「……ルフィア姫は、自分が何者かわかっていたの?」
「まっっっったく分かっていなかったな」
あたしに対する当たりのきつい男の人が、言い切った。
「滅んだ国から逃げてきた人々が作った、という伝説がある山奥の村で育ったらしい。村の誰もが、そんなのは単なる言い伝えだろうと言っていたとか。村の女性たちは、皆銀の飾りをたくさん身に飾っていたらしい。自分の持っている輪冠も、伝説の品物、とか言われていたらしいが、村の誰もが、まがい物がたくさんあるから、その一つだと信じて疑わなかったそうだ。滅んだ国など、言い伝えの中のものでしかなかったとも言っていた」
それに、と男の人が続けた。
「問題の輪冠をつけた彼女を、発見したのが牧童と言うあたりもなかなか厄介だった。なにせ牧童というものは、半年以上村に降りてこない職業で、情報が限られていた。おまけに百五十年前に滅んだ国の、失われた姫巫子の輪冠の話なんて、全く知らなかったし、その国の王族の特徴はもっと知らなかった」
「たしか、お祭りの手伝いのために、村に戻ってきていた牧童の一人が、山で可愛い女の子を見つけたんだ、と話したのがきっかけだったんじゃなかったかしら」
「それがその村の村長の耳に入ったんだ。村長は祖父の日記に書かれていた、当時の大騒ぎから、もしやその女の子は、と代官に報告したんだ。代官も興味をひかれて、彼女をお祭りに連れて来るように、と牧童に命令し、連れてこられたのがルフィア姫だったというわけだ」
「あなたたちは詳しいのね……」
彼らの年齢は、かーちゃんくらいだ。つまり……ルフィア姫と同世代と言うわけか。
若い頃にそんな事件があったなら、あっという間に広がっただろうし、娯楽として詳しくなっても変ではない。
「でも、詳しい話を聞くために、誰かルフィア姫の育った村に行ったんじゃないの」
「流行り病で全員死んでいた。……俺は調査隊の一人として、なくなったその村に行ったんだ。墓しかない廃村だったぞ。それも馬鹿みたいに険しい山奥の」