66 居候は帰らず
高らかな声を響かせた彼女は、馬車に座っていたお姫様だと、あたしの眼から見ても明らかだった。
何故かと言うと、その帽子に飾られた羽が、火の鳥の羽根で、さらにほかの誰も着ていない、立派過ぎるくらいの衣装を着ていたのだ。
大量の布地を、これでもかとたっぷりと使った衣装は、北の国と比べれば暖かくても、大胆に胸元とかは開けられない意匠だ。
胸元も隠して、腰にはたっぷりときらきらとした房飾りの布を巻いて、それらのどれもが強い色に染まっている。
強い濃い色に染めるのは、染料を何度も使わなければいけなかったり、材料が几帳だったりするから、これまたお金持ちの衣装だ。
王族ってものはどこでも金持ちもしくは、見栄っ張りなんだな、と言う言葉を飲み込んでおく。
「そこの汚らしい血まみれの女なんかに、渡されるものではありませんのよ! それともお前たち、わたくしへの贈り物をその女にくれてやろうと? 命が惜しくはないようですね」
お姫様がただの現実を言う。そうか、と気付く。火の鳥……ルー・ウルフは何かしらの形で、贈り物としてこのお姫様に送られたのだ。
そんな事が出来そうなのは、北の国でも限られた権力者だけだ。
その中でも最もあり得そうで、それを行えるのは一人。
あの国の王様だけだ。
かーちゃんの親戚もやればできるだろうけど、かーちゃんが怒り狂うって分かっていることをやるわけがない。
オウサマ、あなたはじぶんの異母弟を、このお姫様に売り渡したか何かしたの。
大っ嫌いだという異母弟は、あなたにとって兄弟でも何でもない、売れるものだったという事か。
「……」
豪華な上っ張りの人は、ぐっと黙り込み、あたしを見て、お姫様を見て、お姫様に頭を下げた。
「申し訳ありませんでした……少し軽率でした」
それは、あたしの願いはかなわないとすぐわかる言葉だった。
「お前たち、彼女を離宮へ。医離宮ならばその足もすぐに治療してくれるでしょう。……姫様、お返しいたします」
彼がルー・ウルフを両手で持ち、姫様に渡そうとする。姫様は彼を怒鳴りつけた。
「わたくしが火の鳥とはいえ、鳥一匹の死骸を抱えて歩くと思ったのですか!! 無礼な!!」
怒鳴りつけて、彼女は彼の腕の中の火の鳥を叩き落した。
あたしは息が止まりそうになって、次にかっと頭に血が上って、お姫様へ掴みかかろうとして、兵士たち三人に押さえ込まれながら担架に乗せられて、そのまま運ばれる事になった。
あたしの家族を、そんなぞんざいに扱わないでよ、あたしの家族だ!!!!
あたしは叫ぼうとして、あまりにも暴れたからか、みぞおちに衝撃を感じて、そのまま意識が真っ暗になった。
「……ひどいあし。何十日も休みなく、はだしで歩いているようなものよ」
「それも足に傷ができやすいような険しい道を、だな」
あたしの頭の上で、複数の人の声がした。傷薬用の薬草の匂いがする。
目を開けると、そこでは数人の男女が話し合っていた。
彼等はあたしが目を覚ましたのに気付かないで、話を続けている。
「にしても、何から何までルフィア様そっくりな娘だ」
「屋根の上から雨樋を伝って降りて来るところまで、似過ぎていない?」
「魔力検査をしてみたが、全く反応がなかった。何かしらの術で、ルフィア様に似せたわけではない」
「第一、そういう考え方がおかしいでしょう。この人は足を血まみれにして、靴を歩けない物になるほどぼろぼろにして、険しい道を進んでいたとしか考えられないわ。ルフィア様に何者かが似せたなら、もっと楽な道を輿に乗せて進ませたでしょう」
「……じゃあなんだ? 所長の言う通り、ルフィア姫の男の親族の子供だと? 豊穣の巫女、ルフィア姫が行方不明になって十九年。作物の収穫量が半分近くまで減ったこの時に、これだけ瓜二つの娘が現れた意味は?」
男の人の声は尖っていた。
「作物の総収穫量がこれ以上減れば、国民へ穀物を供給できなくなる。その瀬戸際に、豊穣の巫女と見間違うほどの相手が姿を現したんだぞ!! 何かしらの陰謀としか考えられない」
「ルフィア姫が行方不明になった事を、足を血まみれにしても家族を探し続けた女の子と重ねてはいけないわ」
「……ねえ」
声をかけると、彼等はぎょっとした顔になった。
ここで聞かなければ、機会を逃しそうだったからあたしは問いかけた。
「豊穣の巫女とか、ルフィア様とか、誰それ」
彼等は顔を見合せた後に、答えた。
「十九年前に、この国から突如姿を消した、今はすでにほろんだ国の姫巫子だ」
「どういう事をしていたの」
「この国の大地に溜まってしまった魔法を、分解する役割よ」
……あたしと似たような体質だな、とその時なんとなく思った。