65 同じ髪の毛をした行方不明の人
かーちゃんを無理やり奪い取られる。かーちゃんの体はぐったりと力なく垂れさがり、本当に命の欠片も見いだせなかった。
かーちゃんは死んだとしか、あたしには思えなかった。
そのかーちゃんを担架に乗せて、兵士たちがどっかに行こうとする。
「返してよ! あたしのかーちゃんだ!!!」
何故兵士たちが、あたしとかーちゃんの亡骸を剥すのかが分からない。
かーちゃんの死体に何をするつもりだ!!!
あたしが喉がつぶれそうなほどの大声をあげると、兵士よりも若干身なりのいい男性が、兵士たちに目配せをした後、近付いてきた。
「あなたの母君の体の中に、まだ魔力の灯が、かすかながら燃えている」
「……え?」
その男性は、北の国の医者によく似た上っ張りを着ていた。
裾が腰よりもかなり下で揺れているその上っ張りには、細かくて絢爛豪華な金糸の刺繍がしてあって、その衣装だけでその男性が、あたしなんかが面と向かって会話するのも恐れ多い相手だと、示す。
金の糸でこんなに細かくてびっちりと刺繍が施されているのだ、当たり前だろう。
金糸は普通に考えて、金を材料にするから、物凄い高価な糸なのだ。
それが惜しげもなく上っ張りに使われている、と言うのはあからさまなくらいにお金持ちの印だった。
「ほとんど死人のような見た目だが、まだ生きているといっていい状態だ」
「……かーちゃん、死んでないの?」
「そうだ。相当に膨大な魔力を有している母君らしいな。悪運が強いといってもいいかもしれない」
かーちゃんが生きている。まだ助かるかもしれない。
でも、かーちゃん以外の皆は死んでしまった。
……せめてお葬式とかをしてもらえないだろうか。
死体に何か非道な真似を、されたくなかった。
「ねえおじさん」
「おじさんと言われる年齢じゃないんだが」
「皆を、ちゃんと埋めてあげてほしい。そのために、すごくお金がかかるんだったら、あたし何年かかってもちゃんと、お金を返すから、お願い」
「……百何人分の死体の墓の代金か……」
豪華な上っ張りの彼が、亡骸の一つをそっと掴んだ時だ。
その亡骸が、ぼろりと崩れ落ちて、ばらばらと粘土の塊みたいなものに変わった。
「え」
まさかの光景に、言葉をなくしていると、粘土の塊は完全に壊れて、中から出てきたのは枯れ果てたアザミだった。
そのアザミを凝視した彼が、あたしを見て、またアザミを見て、叫んだ。
「人間嫌いと言う意味を持つアザミを、核にした土人形……まさか行方不明となった豊穣の巫女、ルフィア姫の術!? ルフィア姫がこの術に関わっていらっしゃったのか!!!?」
そして興奮した彼は、あたしの肩を掴んで言った。
「あなた、ルフィア姫を知っているか!? その薄紅の髪は、まさしくルフィア姫と同じ色! 縁者か!?」
掴んでまくしたてられても、あたしはちっともわからない。
「……この髪の毛、あたしのとーちゃんがそう言う色だったってかーちゃんが言ってた」
「なんと!! 亡国の姫君であったルフィア姫に、男の親族がいたとは!! これは大変な事実だ!!」
彼が叫んでいる間にも、皆の躯だと思っていた物は、どんどん乾いた粘土に変わっていく。
その芯は、どれもアザミが入っていた。
「もうし、この少女を離宮へ! あとで話をきちんと聞きたいのだ!!」
人を呼んで、あたしを担架に乗せて運ぼうとするその人。あたしは奇跡使いがどこにいるのか、割って入ってくれないかと、首を回して探したけれども、彼はどこにも見当たらなかった。
……魔法使いと極端に相性が悪くて、自称嫌われ者の彼が、堂々と出て来るわけもないか、と思うしかなかった。
見捨ててはいないよな……彼かーちゃんに恩があるって言ってたし、恩人の生死不明の状態でどっかに行く人ではないだろう。
「あの」
ただ、一個だけどうしても譲れない事があって、あたしは土の中に残されていた鳥を指さす。
「彼もあたしと一緒に連れていってほしい。……彼はもともと人間で、あたしの家族なんだ」
「え、鳥ですよ、火の鳥」
「余計な疑問をここで言うな! 足を血まみれにしても会いたかった相手なんだぞ、気を使ってやれ!」
豪華な上っ張りの人が、兵士に言い、兵士は不思議そうな顔でルー・ウルフをあたしの所まで運んでくれた。
その時だ。
「その火の鳥は、わたくしへの贈り物ですわよ!!」
人に命令するのに慣れ切った、どういう風に言えば一番威厳があるように聞こえるかわかっている女の子の声が響き、兵士がどうすればいいか、と動きを止めてしまった。