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64 声は届き、手は

あんまりほのぼのした話でもご都合主義でもないです。

幸いな事に、誰も彼が屋根の上を歩き回っている事に気付かなかったようだ。

大きな騒ぎが下で起きていないからそう判断する。

下では、火の鳥と王女様を見ようと群衆が押し合いへし合いしていて、そこに飛び降りるなんて事をしたら、まず間違いなく、誰かを押しつぶして殺してしまいそうだ。

どこから下りるべきなのか、とあたしが彼の腕の中で見回すと、彼が一言言う。


「来たな」


「来たって」


「あのつゆ払い付きの馬車は間違いなく、王女の馬車だ、いつ見ても無駄にきらきらしていて、あまり美意識ってものは感じられねえな」


「あなたに美意識という単語が出てくるのが、驚きな気がする」


あたしはそんな事を言いながら、馬車が来ると言う方向に目を凝らす。

どこにいるの、ルー・ウルフ。

そして彼を閉じ込めているという、人間を……かーちゃん達を使ったという檻は。

そんな風にじっとしていると、彼があたしを腕の中から下ろして、屋根の上にしがみつかせる。

見やすいようにしてくれたんだ。


「あんまりじたばたするのはやめてくれよ、屋根ごと落ちたら惨事もいい所だ」


大真面目な警告に、あたしは返事をしないで頷いた。

目を凝らす、凝らして凝らして、見えてきたのは、夏の光に反射する、まばゆいばかりの金の檻だった。

『人間の数が多いほど、檻は豪華になる』

数週間前に、彼が言った事が頭に蘇る。そしてぞっとした。

こんなにも豪華だ。

つまり、彼の言っていたことが正解だったら、そしてあたしが見たあの光景、かーちゃん達が金色の糸に変貌していった結果があの檻なら。

いったい何人の人間を、使えば気がすんだんだ。

その美しい見た目と、それの材料にされてしまった人の数の多さに、吐き気がする。なんておぞましいんだろう。

何でそんなおぞましい物を、この国の王女様は近くに置いているんだろう。

もしかして、知らないのか。

あたしが知らなかったように。

そんな事を思った時だ。

檻の隙間から見えた火の鳥の姿に、あたしの息は止まりそうになった。

何も言えないで動けないでいるあたしの脇で、奇跡使いの彼が言う。


「やせ細ってんな、あの火の鳥は。あれでよくまあ、まだ止まり木に立っていられるもんだ」


彼の言う通りだった。黄金の豪華極まりない檻の中にいる、その火の鳥はやせ細り、燃え盛るようにきらめく羽もたくさん羽が抜け落ちているんだろう。そんな事を思わせた。

あの火の鳥は死にかけている。

そんな言葉が頭をよぎるほどに、その火の鳥は限界寸前のようだった。

火の鳥の檻を脇に置いて、群衆に手を振ってこたえている王女様の帽子飾りに使われている尾羽は、もっと調子のいい時に抜け落ちたものなのだろう。

生きている火の鳥の、力なく垂れさがる尾羽よりも、ずっときらきらしていた。


「……ルー」


あたしは無意識のうちに、言葉が出てきた。

そして、その声を聴いた火の鳥が、力の限りこちらを向いた。

眼が、あった。

結構な距離があったのに、あたしにはその火の鳥の瞳が、すごくよく見えた。はっきりと見えたその瞳の中では、家族同然のルー・ウルフと同じように、焔が燃え盛っていた。

同じ瞳だ、とどうしてかわかった。鳥の目玉と、人の瞳が、同じなわけがないのに、同じだって思ったのだ。

やっぱりあなたなの?

あたしはもう一度、その名前を呼んだ。


「ルー・ウルフ」


この声を聴いた火の鳥が、くちばしを開く。王女が脇で驚いたような瞳をしている。

もしかしたら、鳴き声をあげた事もなかったのかもしれない。


「ルー・ウルフ」


人間の範囲でしか音が聞こえないあたしの耳に、かすかな美しい鳥の声が聞こえた。

応えている。あたしの呼びかけに、答えている。

あたしは、息を大きく吸い込んだ。

ちゃんと、届いてほしいと思った。


「あたしは無事よ、ルー・ウルフ!!!!!!!」


血まみれの足でも、旅で疲れ果てた体でも、胸に獅子の刻印があっても、あたしはここにいる。

ちゃんと生きている。

だからあたしはあらん限りの声で、呼びかけた。

火の鳥……ルー・ウルフが、檻の中の止まり木から、あたしに一番近い格子につかまって、あたしを呼ぶのが分かった。

色んな人が、突如動き出したその火の鳥と、その火の鳥が向かおうとする先……あたしがいる方向に、首を向けている。


「おい、あんた、ちょっと待て」


あたしの隣で、あたしがしようとしている暴挙を止めようと、彼が手を伸ばすが、がむしゃらになったあたしの方が早かった。

あたしは建物の雨樋を伝って、石畳の通りに降りて、人垣を押しのけていこうとした。

でも、あたしを見たいろんな人たちが、われ先に道を開けてくれたから、あたしとルー・ウルフの間には、一本の道が出来上がる。

あたしは血まみれで痛くて痛くてたまらない足だったけど、そこを一直線に走った。

つゆ払いの騎士たちも、あたしが走って近寄るのを、止められなかった。

多分、鬼気迫ったあたしに何か感じ取ったのだろう。よく分からないけれど。


「あなた、無礼よ!! 誰かこのぼろ雑巾のような女を馬車から追い払ってちょうだい!」


馬車によじ登り、ルー・ウルフの前まできて、とうとう足の痛さとかで動けなくなったあたしを見て、王女が嫌悪を込めた声で周りに命令した。


あたしはもう、立てなくて、痛くて、それでも、ルー・ウルフに聞いた。


「大丈夫、じゃなさそうだけど、生きてくれていて、よかった」


彼が、同じ意見だというように、さえずった。

そして。

ぐらり、とその体が傾く。


「……え?」


格子を掴んで、あたしの前で見つめあっていた炎の瞳から、焔が消える。

時間がとてもゆっくりと流れていくように、火の鳥の羽根から、炎が喪われていく。

それに合わせたように、檻の形がじょじょに、檻じゃなくなっていく。


「きゃあああああああああ!!!!!」


王女が金切り声で悲鳴を上げているのをよそに、あたしはそれを全部見る事になっていた。

檻が崩れていき、どんどん、骨と皮だけになった人たちが現れていく。

見知った皆の顔にはもはや生気はなく、死相だけが見えている。


「……かーちゃん!!」


はっとしたあたしは、人をかき分けて、かーちゃんを探した。あの日、お城の庭園に入るからといって、飛び切りの衣装を着ていたかーちゃんは、直ぐに見つかる。

その頬はこけていて、やつれ果てていて、かろうじて胸が上下しているから、生きているとわかるくらいだった。


「かーちゃん!!! かーちゃん、かーちゃん!!!」


周囲が悲鳴を上げているのを遠い場所のように聞きながら、あたしはかーちゃんを呼んだ。

ねえ目を開けてよ。

ねえ、ねえったら!!!!!

あたしの祈りと叫びが届いたのか、かーちゃんの口が億劫そうに開いた。


「すててにげていれば、よかったのに、ばかだね……」


「かーちゃんの事を見捨てるわけがないじゃないか!!」


「この檻に、された時点で、命運は尽きたような、物だから、ね……あんたが、生きていれば、いいとだけ、思ったのに、なんで、きたのさ」


「そんな事言わないでよ、ねえ!!」


あたしの必死の叫びに、かーちゃんが首を横に振る。


「生き黄金の檻は……命を輝きにする……もう、生きるだけの命が、私には、残ってないんだよ」


言葉が途切れ切れになっていく。


「魔力もつかったけど……もう、おそい……」


かーちゃんの瞳が少しだけ開いて、あたしを見る。そして笑った。


「ルウィの子、あいしてるよ」


瞳の焦点が喪われる。体から魂が抜けていくように、力が抜ける。

どんなに呼びかけても、答えは何も返ってこなかった。

兵士に無理やり引きはがされるまで、あたしは涙すら出てこないで、かーちゃんを抱きしめたまま動けなかった。

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