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63 足は血まみれ、涙塗れだろうと時間は進む。

「そろそろ完全に麦豊かな国の都だな」


彼が言う。彼はあたしを気遣うように視線を向けて、一言問いかけて来る。


「足は大丈夫か」


「あのねえ、あたしはこれでも山の中を一日中歩き通りだって平気な女よ。足が大丈夫かなんて心配しなくったっていいよ」


「歩き方がぎこちないだろ」


「ぎこちなくったって逃げ切れるだけの足があれば十分」


あたしはそう言ったけれども、実際には結構辛いものがあった。あたしの靴底はもう限界で、穴が開いていたし、縫い目とかを誤魔化すのだって限度があった。

そんな靴で歩き続けていたから、実際には足が痛くてしょうがない。

それでも、あたしは歩き回らなくちゃいけないのだ。

だってあたしが遅くなったら、それだけで皆の生存率と言う物が下がる。


「それに何日もろくに眠れていないだろう」


「野宿はあんまり得意じゃなかったみたい」


「それだけか?」


彼が疑わしいといいたそうな顔で言ってくる。あたしはそれに対して嘘を吐く。


「それだけ以外に何があるっていうのやら」


「……今日はせめて、どこかの宿に入れればいいな」


「宿なんてろくでもないでしょ、虱だらけのわら布団とかの宿しか、あたしたち入れてもらえないんじゃないかな、お金の問題で」


焼け跡から引っ張り出されてきていたあたしが、お金を持っているわけもない。

彼がいい宿に泊まれるだけのお金を持っていることも、可能性としてはとても低い。


「まあそうだな、だったらあんたはおれの傍を離れちゃいけないな、あんたみたいな綺麗な顔した女の子だったら、一晩いくらでやりとりされかねない」


「そういう事情はどこもかしこも同じなの」


「美人は金になる」


身もふたもない言い方だったけれど、それはある意味この世の真実でしかない。

美人はお金になるという言い方をしてしまうのは、ちょっと変な言い方かもしれないけれど、綺麗な女の子を売り飛ばして大金をせしめようと狙う、悪い連中は掃いて捨てるほどいる。

そして、これまであたしが守られてきた理由である、魔女の娘という肩書は、ここでは全く役に立たない。

魔女と恐れられるほどの薬草の知識を持った、国の裏を取り仕切っている家の家系の女の、実の娘、というのは下手な悪党には危険でしかなかった。

だからあたしは、そう言った意味で狙われた事は一回もない。

でもここは違う国、かーちゃんのことも、ましてあたしのことなんて誰も知らない。

知らないから、見た目だけで判断される。

これでも自分の見た目が、可愛い部類に入る自覚はある。そっくりと言われたねーちゃんの顔は、間違いなく可愛らしく可憐な美少女だったのだから。


「だから離れるな。目を離した瞬間に、裏道に引きずり込まれていても、おれは助けられないかもしれない。だから自衛してくれ」


「あなたから離れなければ問題なさそうじゃないか」


「それだけで済む事ばっかりじゃないんだよ、あんたあんな界隈に暮らしていたのに、結構守られた育ちだな」


「かーちゃんの親戚、怒らせたら一族郎党根絶やしにしかねない過激派だったから」


「あんたのかーちゃんは本当にただの美女じゃないな……」


彼はそう言って、絶対にあたしに、一人で道を歩いてはいけないと念を押してきた。

北の国の村という村を避けて進んできたから、これが山を下りて初めての町になる。

なぜ村を避けてきたかと言えば、彼が奇跡使いという因果な物を持っているという事実のためだ。

奇跡使いは嫌われる。魔法を押しつぶせるからだ。

魔法を素晴らしい物と考える常識の中で、彼がそれらを覆せると知られたら、彼はそれだけで石を投げつけられて殺されかける。

確実に麦豊かな国に入るためには、こそこそと足元の危険な険しい山を進んでいかなくちゃいけなかった。

それに、あたしは反対できなかった。あたしは旅の初心者だ。初心者が、旅慣れた相手に逆らってまともな結果になるわけもない。

あたしはそれ位の事は、ちゃんと考えられたんだ。


「……でも一つ聞いていい、どうしてこんな国境近くが、都なの」


「このあたりが一番、繁栄する道だからだ」


「繁栄する道……?」


それってどういう意味だろうか。あたしが眉を寄せると、彼ががりがりと地面に棒きれ一本で、何かを書き始めた。

道なんだろうか、あたしは地図の読み方も知らないから、はっきりとは言えないけど。


「これがこのあたり。これがここで、こっちが北の国との国境、それからここが山岳地帯、それからこっちが荒野広がる場所」


「……あなた何気に、道とかすごく詳しいんだ」


「こんなの歩き回ってりゃいやおうなしに覚える地形だ。おれくらい、世界から逃げまわってたらこうなる」


あたしは彼の描く地図をまじまじと眺めている。かなり詳しくなかったら、ここまで細かく描けないんじゃないだろうか。地図の書きかたなんて知らないけど。


「……この地図が正しいと、このあたりで一番まっとうに街を作れるのがこのあたりって事にならない?」


「だからこのあたりが栄える。道もここを目指すなら通しやすいしな。そして豊かな町が中心地になって、そのうち都に変わっていくものだ」


「そんな風に都っていう物は出来上がっていくの?」


「寂れた王都なんて聞いた事ないだろ。あー、それに、栄えた所に都が移動するって話も結構あるんだぜ。ちょくちょく都を移す珍しい国もあるくらいだ」


あたしはそこで、彼をじっと見た。浅黒い肌の、暗い茶色の髪の毛の、瞳は春の空のような光を放つ彼を。


「……もしかしてあなたも、実は結構いいところのお育ちとか言うネタバラシあったりするの」


「おれの相方は、長生きに長生きを重ねていたから詳しいだけさ」


嘘か真かよくわからないことを、しれっと言った彼は、大きな猫科の生き物が音を聞くようなそぶりで、あたしに合わせていた視線を首ごとずらす。


「……意外とおれたちはちょうどいい時に、都に入ったのかもしれないな」


「え?」


「王女殿下が火の鳥を連れて、町の大通りで行進しているらしい。なんでも火の鳥の尾羽を使った美しい帽子をかぶって、一層美人らしいぜ」


「じゃあ、そっちに行けばもしかしたら」


「多少はわかるだろ、多少は」


あたしは急いで大通りという場所に行こうとして、失敗した。この街の地理に詳しくなかったからだ。


「あんたなあ、多少は周りを見て走れ、素直すぎるんだよ、なんで貧民街でそんな一直線のまっすぐお嬢ちゃんに育つんだ」


彼があっという間に迷子になったあたしに言う事は、現実だ。そして改善点でもある。


「この街だったらこっちだな、行進の速度はかなりゆっくりしていそうだ。王女に対する歓声の大きさで、結構判断しやすくて助かる」


彼があたしの腕を掴んで、引っ張って歩き出す。

あたしはそれについていこうとして、足に走った激痛でくぐもった悲鳴を上げた。


「うぐっ!!」


「あ? ……あんたなんだよ、その血まみれの足は」


「大丈夫、血まみれだろうが爪が割れてようが、歩ければいいし、走れれば」


「おいおい馬鹿言うな。そんな血みどろの足の女の子を、おれの速度に合わせて走らせようなんて言わないぞ」


あたしは悲鳴を上げた結果、自分の足元を見てげんなりした。

靴はもともと、あたしのもとに来た時点で新品ではなかったから、穴は開いているし靴底はさっきも言ったけど壊れているし、そこから覗くあたしの足は、爪も割れて血まみれで、たぶんどこかで尖った物を踏んだからだろう、信じられない位真っ赤だった。


「行かなきゃ、かーちゃんへの手掛かりの一つもルー・ウルフの手掛かりもつかめない。今あたしが痛いのくらい、我慢しなきゃ」


見た途端に、痛みが悪化してきた。傷を見ると余計に痛くなる、よくある現象だ。見なきゃよかったのにって、よく言う話でもある。


「あのなあ、傷から破傷風なんてものになるのは簡単だし、あんただって破傷風だの傷が膿んでひどい熱をだすのだって知っているだろ」


「だって、だって痛いって言ったって何にも進まないでしょ!?」


急いで行進の中にいる火の鳥を確認したくて、あたしは焦っていた。王族に近付くなんてこう言った機会が回ってこなかったら普通にできなくて、時間切れになったらあたしの大事な家族も、親戚同然だった近所の人たちも、元王子様も助けられない。

死を覆すとっておきの奇跡なんて、あたしは扱えないんだから。


「進まないなら言う意味ないでしょうが! だって、だってかーちゃんが死んじゃったら」


「わあったよ。 泣くな、そこで泣くな、この前も思ったんだがな、あんたの泣き顔心臓に悪いな、おい」


あたしは実はいっぱいいっぱいだったらしく、顔からありったけの涙が出てきてそうだ。

人通りの少ない行き止まりでよかった、本当に。

涙腺が近年まれにみるほど、緩い気がする。

痛いし間に合わなかったらと思うと絶望的な気分になる。

また顔を汚すように、袖で涙を拭いていたあたしを見て、彼が小さな声で言った。


「おい、相方、足を貸せ」


それがどんな意味を持っていたのか、あたしはよくわからない。

分かったのは、彼があたしを両腕で抱えあげて、助走もなしにひとっとびに、民家の屋根の上まで飛び上がった事だけだ。


「先に言っておく。これが春嵐の獅子の力の一端だ、寄り付かせた奴は双方の同意の元、春嵐の獅子の持つ圧倒的な身体能力を借りられる」


あたしを持ち上げている彼の顔は見えず、彼がどんな思いでそれを言っているのかも、あたしにはわからない物だった。

ただ、一個だけ事実があって、彼は出来るだけ隠していたかったその力を、あたしのために使ってくれたという事だけだった。

気付かれないようにひた隠しにしていた力を、こうも堂々と町中で使うのには、どれだけ勇気が必要なんだろう。

この人は口はともかくお人よしで、覚悟も決めてしまったんだろう。

決めさせた事に、罪悪感がよぎった。

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