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62 奇跡使いは縄張り争いが基本らしい

まあ恩人だろう。あの時春嵐の獅子を使わなかったら、彼も金の糸にされていたに、違いなかったんだから。


「あやうくおれは、あたり一面血の海にして、さらに王家断絶させるところだった」


しかし彼の言っている事はあたしの想像をはるかに超えたもので、冗談の気配が欠片も見つからない空気で、彼が真剣な顔で言う。


「何でそうなるの」


血の海って誰の血だろう。

あたり一面血の海って事は……うちの近所の人とか、かーちゃんとかがひき肉とかにされていそうな気配がするのはどうして。

あたしはそれに対しての突っ込みも何も入れられなかったけど、さすがに、何でそう言う事になるのかは、聞かなきゃいけないと思った。

彼の扱う奇跡の中身を、少しは知っておく方がいいって思ったのだ。

この人の手繰り寄せる奇跡は、あたしの聞きかじった魔法の力とか、そういう物とは違う世界の作用なのだ。


「春嵐の獅子が、宿主をそんな風にされたならば、即座に呪返しが始まる。春嵐の獅子の呪返しは、そりゃあ恐ろしいものだからな」


人を呪わば穴二つ。呪返しとは文字通り、呪いとか術を使用者にはね返すものだ。

どんな術であっても、呪返しの宿命からは逃れられないという。

単純な火の魔法とか風の魔法ならあまり気にしなくていいけれど、高度な術になればなるほど、呪返しで受けるものはすごい事になるらしい。

かーちゃんが、あたしたちが小さい頃に話してくれた事だ。

何度も噛んで含めるように、かーちゃんは言ったのだ。


「だから、誰かを呪ったりしちゃいけないんだよ、ばれたら自分はその何杯も苦しむからね」


「え、じゃあばれなきゃいいんじゃない!」


そんな反論をしたねーちゃんに対する、かーちゃんの対応は鉄拳制裁だった。


「ばれなければ何をしてもいいって話じゃないんだよ!!! 魔法は文字通り、魔、つまるところ悪魔の法なんだ。人間はそれをちょっと借りている程度なんだよ。今でこそお貴族様は、魔法を誇らしくしているけれどね、大昔は、魔法が使えるってなったら、それこそ石打の刑にあうくらいのものだったんだ。根本を忘れちゃいけないんだよ」


「魔法って便利でしょ」


「今は体系化したものしか使わないから、そんな事を言う愚か者が一般的になったけれどね。魔法が生まれたてだった頃は、決まった呪文も何もないから、一人一人、全く違う魔法を使うしかなかったんだよ。それこそ、命がけのものだった」


あたしはぼんやりとしかその話の事を覚えていない。魔法なんて使えっこないと信じていたからだ。所詮貧しい生まれのあたしが、ある日いきなり素晴らしき魔法と言われるものに目覚めちゃう、なんてありえないって思ってた。

ねーちゃんはどうだったんだろう。

そこは思い出せない。

話がそれてしまった。


「……そんなに?」


あたしは恐る恐る問いかけた。

確かに、魔法の力を封じ込めてしまう奇跡使いの、相方らしきものの呪返しは、相当な力だろう。

おそろしいと言いながらも、彼は楽しそうな声である。


「怖いぜ、おれを好きだと言ってくれただろう近所の人たちも、近くにいた衛兵とかも皆引き裂かれて、噛み砕かれて、術者だの関係者だのは魂を食いちぎられて、命令した張本人はこの世で最も恐ろしいかじられ方をするわけだからな」


獅子を怒らせたらそんなものらしい。


「まあ、同種だったら即座に犯されてるから、そっちの方が地獄かもしれないけどな」


「同種って、春嵐の獅子に同種がいるの」


「春嵐の獅子は何匹もいるんだよ」


「え」


「奇跡使いの七割は春嵐の獅子か近接種だ。ってくらい、多いんだ」


「だからかーちゃんも春嵐の獅子の奇跡使いを知っていたの」


「知ってたんだろうな、十分にあり得る話だ。春盛りの国のあたりにいる奇跡使いとか、東向かう国とかだったら、かなりの割合で春嵐の獅子使いだからな」


奇跡使いって、結構隠れた存在だけど、実際の人口はかなり多いんだな、そのたくさんの人たちが、皆揃ってひっそりと世間の目から、その力を隠しているんだな、とあたしはその言い方で察した。


「あなたは、自分のほかに奇跡使いの事を知っている?」


「顔見知りすらいないな、奇跡使い同士だったら見ればわかる。相手のあっちこっちに、くっついているのが見えるからな。でも、お互いに避けて生活するものさ」


「なんで? 協力し合わないの?」


「春嵐たちは、縄張り争いをするのさ。自分の支配領域に当たる場所に、よそ者が住み着くと、まず自分と相手の格を争う。力も争うし、とにかく面倒だ」


……春嵐の獅子とかって、本物の獣みたいに、縄張り意識が強いんだな、だから奇跡使いは身近に同種の人がいないのか。

あたしは、なんとも言えない力をしょい込んだ彼に、少し同情した。


「まあ、そんなんだからお互いに、相手の縄張りだってわかってたら近寄らない物なのさ。誰だって無意味な喧嘩は好きじゃないだろ」


そんな事を言った彼が、続けた。


「まあ、話が大きくそれちまったけど、とんでもない真似をしなくて済んだわけだから、あんたのかーちゃんは恩人だ。それに、あんたはおれを怖がらなかった。逃げもしない。あんたがかーちゃんとかを助けるのに、協力してもいいだけの材料は、そろったな」


明日は山を下りて、そうすれば麦豊かな国へ続く石畳の道がある。

彼はそう言って、それ以上は何も話さなかった。



その国は明らかに暖かかった。

暖かいなんてものじゃなかった。

国境線を越えるであろう付近からして、もう、生えている草の種類が大違いだった。


「麦豊かな国って本当に豊かなんだ」


あたしは通ってくるあまたの商人が、驢馬に背負わせているものものの多さから、そう感じた。

北の国にくる商人は、こんなにたくさんの驢馬を引いてやってこない。

引いてやって来ないには理由があって、道々が険しいこともあるし、いつ冬の雪に巻き込まれるかわからないから、危険を冒せないんだ。

雪の中に閉ざされたらしゃれにならない。儲けがみんな雪に飲み込まれるなんて、商人からしてみれば悪夢以外の何でもない。

下手しなくても、儲けにならなくて元手を支払うこともできず、借金まみれ担った後、末は取り立ての地獄と言うとんでもないものだ。

かーちゃんはそんなことにはならなかったけれど、近所にそういう人が逃げてきたことなんて、山のようにある。

そういうことよりも先に、借金まみれの取り立て地獄を経験した人が、最期に逃げてくるのが、うちの近所だ。

どこに逃げても借金取りは追いかけてくるものだと言うけれど、うちの近所まで逃げてきたら、つかの間の平穏があったりするのだ。

なぜかと言えば、空き家が多かったから。

空き家になるのは、その家の人が何らかの事情で家を手放したからだ。

家を手放す理由なんて、色々ありすぎる。

大きな理由は、その家の人間が全滅したと言うことだろう。

貧しい家の人は、それくらい簡単に全滅する。

そして、親兄弟をなくした子供が行く先はだいたい……寺院だ。

でも、そういう事情で寺院に向かうことになった子供の未来は、とてもとても苦しい、とかーちゃんが言っていた。

何でも、寄付と一緒に送り込まれてくるお貴族様の子供にいじめ抜かれて、貧民と差別されまくり、神官とかのいらだちのはけ口にされるからだとか。

……それが苦しくて、逃げ出して、悪い人につかまって、売られて。

結局奴隷同然の人生を送ることになる、そんな子供も珍しくないんだ。

うちは幸いそういう人生を送ることにはなかった。

それがとても運のいい人生だと、あたしはちゃんと知っている。

ねーちゃんは、そういう風に思わなかったけどさ。

いつも上を目指していたから、うちの貧しさが本当にいやだったんだろう。

それだけいやなのも、身近に死人がたくさんいたからかもしれない。

一番下の人間は、上を目指すか自分の立ち位置に荒みながら慣れていく。

あたしは、慣れた。

ねーちゃんは、上を見た。やりすぎたけれども。

歩く惚れ薬なんて言う体質じゃなかったら、ねーちゃんもっと立ち回り上手だっただろう。

……あれでねーちゃん、いい身分の相手への外面はよかった。

身内への配慮ってものは髪の毛一本ほどもないけど。

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