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61 つなぎ合わせられた情報

皆のことをあきらめなくては、あたしは生きていけないのか、と思った時に、感じたのはどうしようもない脱力感だった。

それは絶望に等しい物だったんだろう。

そんな風に考えてしまってしょうがない。


「だって」


「だっての我儘が叶っちゃうような人種ってのは、だいたいが権力者かお金持ちか実力者って決まってんだ、おれたちみたいな何にもない、貧民みたいな生き方しか選べない奴に、だっての言い訳だのごね方ができるわけがないだろう」


あたしは言いたい事を飲み込んだ。事実だ。

ただの事実だ。だって、といって何か状況が変わってくれるのは、そう言った我儘を叶えてくれる力を持った人が知り合いだったり、親がそうだったり、自分自身に力がある人だけだ。

あたしにそう言った知り合いは。

そこまで思い詰めそうになった時、頭に浮かんだのは、かーちゃんの方の親戚だった。

そう、あの、裏社会でかなり実力だの権力だのを持っている、あのおじさんだ。

あのおじさんだったら、何かこの状況を打開できるのでは。

あたしはそこまで思った後に、だめだ、と舌打ちしたくなった。

おじさんに会うためには、もう一回、王都に戻らなくっちゃいけないのだ。

伝染病だか何だかで、住んでいた区域を丸焼きにされたあたしが、戻れるわけがないのだ。

見つかった瞬間に殺されるだろうし、誰が何の目的で、かーちゃん達をあんな風にしたのかは見当がつかなくっても、あたしを逃したという事はそこの騒ぎでわかるだろう。

仮にかーちゃん達が本当に、人間の檻にされていたとしてだ。

何かしらのとんでもない術を使ったのは、まず状況とかを鑑みて王室関係者に違いないのだ。

その王室関係者が、あたしだけ取り逃がしたと知った時に、まず考えるのはあたしの口を物理的に封じる事だろう。

あたしが残った結果、彼等にとって非常に厄介な事が、知られている事になるのだから。


……でも。

でも、まだ、断言はできない。あたしの記憶が正しいのならば、この彼がどうして、アスランだった記憶を失っているのかの説明がつかないのだ。

彼が嘘をついているわけではないのは確かで、実際に王都では伝染病が流行ったということで区域はごっそり焼き尽くされただろう。

となると、彼がご馳走を食べていた記憶が、彼の中に全くない事がおかしなことになるのだから。

もしかしたら。

あたしはそこに希望を見出したかった。

皆は、人間の檻にされていないという希望が欲しい。

彼の記憶にその時の記憶がないまま、ここにこうしているんだったら……皆は何かしらの術に巻き込まれたけれど、まだちゃんと無事でいるという、可能性もあるんだ。

どっちの方が正しいんだろう。

あたしの頭の中の記憶と、彼の頭の中の記憶と、一体どっちが本当のものなんだろう。

あたしは黙ったまま、下を向いた。


「あんたずいぶんと悩んでいるんだな」


おれなら即答だ、と彼が言った。

それはどこか自分を嘲笑っているかのようで、実際にはどうなんだろう。

分からない、でも彼は自分がどういった感情のもとに、それを行うかはわかっているみたいだった。


「おれは自分が可愛いからな、自分が一番長生きできる物を選ぶ、だがあんたはそうじゃないんだろう、どういった事情か知らないが、人間の檻にされた連中を助けたいんだろう」


「そこに、あたしのかーちゃんが使われているのよ」


「かーちゃん?」


「そう。王都でも、一番貧しい区域に暮らしていたけれども、東方の薬草術を学んで、そのあまりの腕の良さから、魔女とまであだ名された人。すごくすごく強いお母さん。あたしとまるっきり似ていない、黒髪の紫の瞳の、背の高い」


あたしがかーちゃんの特徴を一つずつ数えていった時だ。

彼の顔が歪んだのは。


「……真面目に言っているか、それ」


「言っているよ」


「……だからおれが見ず知らずのあんたを拾ったのか……あんたが喜ぶ話でも何でもないけどな、おれはその人を知っている」


「え?」


「春嵐の野郎、寝起きに術を使いやがったな、あの雑猫」


「え、え、どういう事?」


「春嵐の記憶の中に、そんな女がいるんだよ。その女が、おれを縛る呪いの声を使って、命じているんだ」


「命じているって……何を」


「ヴィルを守れ、ヴィルを嫁にするならば、ってな」


あたしは目を見開いた。それはあの皆が金色の糸に変わっていくあの時に、かーちゃんがアスランを叩きながら怒鳴っていた言葉だったからだ。


「……あたしの名前を、知っている?」


「知らないな」


「……あたしの名前は、」


「“ヴィル”」


あたしが自分の名前を口にしたその時だ。

彼が、あー、となんとも言えない声でうめいた。


「なあるほど、あの黒髪の女の人は、確かに強力な呪いをかけたんだな」


春嵐の獅子が、嫌がらない程度の縛り方で、しかし絶対にそれを守るような言い方で、呪ったのだ、と彼は言った。


「春嵐は宿主が正常な状態ではない時に、力を行使する時、必ず宿主にを損壊する。これはおれの故郷じゃよく知られた話だが、同時にもう一つ言い伝えられている話がある」


「何が言いたいの」


「春嵐の獅子は、べらぼうに美女のお願いに弱いってな」


「はあ!?」


なんだそれはと思った時、彼が続けた言葉で、あたしは今までの疑問がやっと解消される事になった。


「俺の記憶の中にある、黒髪美女の“ヴィルを守れ”という呪いの声。見た事のない庭園の光景。あんたの母親がその女と同じ特徴である事。あんたは最初に目が覚めた時に、庭園でご馳走を食べていたといった事。あんたがおれを知っているようなそぶりを見せるという事。知らないはずの春嵐の獅子」


彼が一個ずつ並べて行く情報の数。あたしはやっと飲み込めた。


「そこに、春嵐の獅子が宿主の寝起きに力を使うと、宿主の一部を損壊させるという事実を置いて考えると……どうやらおれは、あんたのお世話になった記憶を丸ごとなくした状態で、焼け跡に倒れているあんたを拾った事になるわけだ」


「だから、ずれがあったって言いたいの」


「ああ。本当ならおれは、もっと早々とあの王都に到着していたんだろう、ヴィル」


「うん。春になる前に、来た。それで、近所の人たちととても仲良くなって、それで」


あたしの眼から、その時、どうして出てきたのかわからない涙がこぼれ落ちた。

その涙を見た彼が、慌てて涙をぬぐおうと手を伸ばすから、あたしは自分の汚れきった袖で涙をぬぐった。

自分の涙位、自分で拭ける。


「うちのアスランだった。ルー・ウルフとも仲良くって、子供たちに好かれてて、近所のおじいちゃんおばあちゃんにも喜ばれてて」


「おれがそんなに人に好かれたって事実が信じられないがな、あんたが言うなら事実なんだろう」


「鶏に逃げられて、哀しくなっちゃう人だった」


「あ、鶏にさえおれは逃げられたか」


「うん、鶏が逃げて、ルー・ウルフが呼び寄せて、お祭りで優勝して、ご馳走食べてて」


あの、色々な物が信じられない事が起きたのだ。

あたしはあとからあとから涙が落ちて来るから、一生懸命にそれをぬぐおうとしていたのに、涙を拭く袖が間に合わない。

鼻水まで出てきた。


「……いっぱいいっぱいだったんだなぁ」


その時だったのだ。

彼があたしの腕を引っ張って引き寄せて、胸の中に抱き込んだのは。


「あんた、自分の記憶とおれの言っている事が意味不明で、怖がらせちまったんだな」


「ううっ」


否定しようにも、事実過ぎて否定できなかった。


「大事な人は皆金色の糸にされちまって、手掛かりは何もなし、頼みの綱になりそうなおれでさえあんたをまるきり知らないとかいう、そんなの心細い以外の何でもないなぁ」


「春嵐の獅子の事言ったら、殺しそうになるし」


「悪かったよ、あんたがあれを全く怖がらないし、忌避しないのもよくわかった、だから本当に悪かったよ、償いはいつかする。あんた一生懸命に、気を張り詰めてたんだな、なのにおれがみんなを助けないなんて言っちまうものだから、もう、苦しくってしょうがないなあ」


抱きしめて、髪を撫でて、背中をそっと叩いて、彼が謝罪の言葉を口にする。

その声のせいで、あたしは一層泣きたくなって、鼻をすすった。


「あんたのかーちゃんの事は、助けないとなぁ。ある意味おれの恩人でもある」


彼が、はっきりとそう口にした。

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