60 呪が解けたらそれは死への道筋
あたしだけなら、そんな術の範囲から逃げられるって思ったんだろう。
かーちゃんがどこまで術の事に詳しかったかは知らないけれども、間違いなく逃げろといったのだから。
言葉もほとんど出てこなくなって、あたしは相手の顔を見た。
やっぱり冗談を言っている顔じゃなくて、本当のことを言っているんだとわかった。
息を吸ってから、あたしは彼に問いかけた。
「その檻の材料になった人は、どれくらいの時間生きていられるの」
「そっちに目を向けるか」
彼は興味深そうな顔になった後に、答えてくれた。
「そうだな、結構長い事、生きていられるって話だぜ。何でも火の鳥の再生の力を宿す羽の光を、ずっと浴びるからだって」
「長い事って、火の鳥が出て行かなければ、絶対に大丈夫ってわけじゃないの」
「それがどういう風に広まっているか、聞く勇気はあるか?」
彼の声は念を押すような響きで、あたしはこくりと頷いた。
これ以上、知らない事で怖くなりたくなかった。
怖くなって、足がすくむのは嫌だったから。
「大概の資料の中で、それの末路は決まっている。
火の鳥が、どんどん衰弱していくんだ。当たり前だ。そんなくそくらえな檻の中が、居心地のいい物なわけがない。餌を食べなくなって、どんどんと羽の光も鈍くなり、美しかった姿は醜くなっていく。そしてしまいには、檻の中で息絶える。餓死してな。……そして、その干からびたような鳥に、折り重なるように百何人もの人間の死体が折り重なって発見されるんだ」
「生きて助かる事はないの!? 生きて、誰かにその呪いを解いてもらって、っていう話は」
「火の鳥は繁栄と名君の出現を祝う鳥と言われている。その鳥をわざわざ、外に逃がす為政者はいない。逃がした途端に暗君と言われかねないからな。絶対に檻の中から出さないし、逃がさない。そして、火の鳥を捕まえるような頭を持った奴は、檻も自作だからな。逃がすこともしなければ、呪いを解く事もしないってわかるだろう、あんただってなあ」
「じゃ、じゃあ最長で火の鳥は何年捕らえられたまま生きているのか知っている!?」
「もって半年」
「は、半年しか生きられないの、檻の中では」
「水も飲まないらしいからな。どんな生き物も飲まず食わずでそんなに、長くは生きられないだろ」
つまり、ルー・ウルフが死ねば、皆死ぬ。
ルー・ウルフを助けただけでは、皆を助けられないけれども、ルー・ウルフだけ助け出しても、人間の檻を元の人に戻す事はできない。
……でも、あたしには切り札がある。
自分の両手を見つめる。あらゆる魔法を分解する力を持ったこの体ならば、触れば、いかなる術でも無効にしてしまえるだろうあたしなら。
檻に触れば、あるいは力が有効な範囲まで檻に近寄れば、助けられる。
手を見ていた顔をあげると、彼がじっとこっちを観察していた。
「助けに行くって顔してるな、だからやめだって言ってるんだ」
「なんで!? 誰も好きで檻にならないでしょう!? ぐちゃぐちゃになって……皆そんな事望んじゃいなかった!!!」
吼えるような大声に、彼が溜息をついて訊いてきた。
しん、と静かな音を連ねて、言った。
「あんたなあ、助けたら終わりって思ってないか」
寝耳に水ってこんな事じゃないだろうか。そんな言葉をふっと。思った。
助けたら、皆でよかったよかったって喜べないのか。
彼はまるでその後が地獄だと言わんばかりの顔だ。
あたしが、夢見る乙女であるかのような言い方で、それが、あたしを混乱させる。
「……え?」
「あんたが何かしらのとっておきの切り札で、その檻を救いだしたとする。当然火の鳥は逃げ出すだろう。そうしたら王様だのお姫様だのという、権力と見栄の塊が、貴重はなはだしい火の鳥を逃がしたお前と、お前が命がけでも助け出そうとした人たちを、はたして生かしておくか?」
「だって、だっておかしいよ、望まれないで魔法をかけられた人を助けて、命を奪われるっていうんでしょう、そんなの、絶対に間違ってる」
「だってなあ、考えろよ。よくよく考えろよ、あんた馬鹿じゃないだろう、阿呆だけど。権力者が、欲しい物をそういう風に奪い去られて、鷹揚に構えられると思うか? 自分に逆らったというそれだけの理由で、庶民なんて簡単に殺すぜ。庶民はそう言った連中の中では人権なんてないもんだ」
それがどういう意味かよく知っている、と言いたそうな声で、彼が言う。彼は彼の知っている事実を言っているだけだ。
あたしはそれを認めたくない。
彼は暗に告げているのだ。選択を迫っているのだ。
皆とともに死ぬことにするか。
皆を見捨てて自分だけでも生き延びるか。
どっちかしか、あたしには残されていないような物だと、真実を語っていた。
「だからやめだ、やめ。麦豊かな国にはいかない。火の鳥を見に行かない」