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59 地獄の檻

「はあ? おれが自分からすり寄ってあんたの膝の上に寝たってのか!?」


そろそろあたしも寝たい、とその謎の生き物だった彼を揺り起こした時、彼は自分が何をしたのか全く理解していなかった。

そのせいで一部始終を聞いた瞬間に、吼えた。

その吼えた音がびんびんと辺りに響く。

近くにあった獣の気配もなくなる位だ、相当きつい音でしかない。


「だって本当だし、だいたい自分の首を絞める男に、あたしが進んで膝を貸して枕にすると思う?」


「その前に、自分の首を絞める男から逃げ出さないか」


それは、自分の縄張りだったら可能な話だ。

ここほ見知らぬ山のなか、話が通じるのはこの人だけ。

この人はそれを、わかっていなさそうだ。

こっちよりも山の危険性を知らないと言うのか、危険な目に遭わない幸運を持っているのか?


「あのねえ、あたしは旅と言う物が何もわからないど級の素人。たとえ首を絞める相手でも、多少理性があって、首を絞めない可能性があるんだったら、一緒にいるわよ」


「何だそのとんでも根性……」


「どっちの方が生き残れるかって言ったら、首を絞めていたのに、泣いたとたんにびっくりして手を外して、謝って来る相手と一緒にいた方が安全じゃないか」


あたしのいう考え方はかなり異質だと知っている。でも実際、現実的に二人ぼっちで森の中で夜を過ごすって、そういうことを思わせるのだ。

実際に山賊なんかが現れて、危機一髪だったわけだ。もしもあの時この人が獅子にならなかったら、あたしは彼等に引きずられて、どこかに売り飛ばされていたに違いなかった。


「あたしは自分の命のためだったら、多少の自分の苦手意識とか恐怖とか、ねじ伏せられるんだ」


それが生きるということだからだ。薬師は怖がりでは務まらない。

自分の薬が効かなかったばっかりに誰かが死ぬとか、日常的に考えていたら。精神的に不安定になって調合がおぼつかなくなる。

薬草の処理を間違えて、手がかぶれたら、なんて思って怖くて練習できなかったら、いつまでたっても上達しない。

慎重なのはいいことでも、臆病は生き残れない。

底辺の生活だ、それが。

そう言った人生がなかなか長いから、あたしは命のためならいろいろ見ないふりもできるのだ。


「……じゃあ、おれを殺して、あんたが春嵐を手に入れるか?」


どこに、じゃあ、で済む話があった?


「あなたを殺して? 遠慮する。あなたが自分で言ったんでしょう。あたしは春嵐の獅子の何も知らないって。物騒なのが間違いない、大型の猫の獣に関わりある力を、無知なまま分捕るなんてばっかじゃないの」


「ははっ、普通はそうだな」


「……もしかしてあなた、知らないのに誰かから分捕ったの」


引っ掛かりを覚える言い方だ。


「分捕ったというかな、横取りだ横取り、あんなもん横取り以外の何でもなかったな」


「あなた聞いているだけでも結構なひどい男ね……」


「よくまあ言えるな」


「これまでの数日の経験で、これ位の暴言だったら怒られないって判断したの。あなた結構怒らないし」


「怒りっぽいんだぞ、おれは」


「怒りっぽかったらもっときいきい喚いてる、うちのねーちゃんそうだった」


きいきいぎゃあぎゃあ、何のいら立ちがあるのかと思う位に喚き散らすのがお得意だった。

それでいて自分が一番じゃない時にいらないから、かーちゃんがあたしのために何かすると途端に始まる癇癪が、小さい頃はよくあった。

あたしに綺麗なものもおいしいものも何も、譲られなかったのを、今ふと思い出す。どうして思い出したのかはわからなかったけれども。


「……あんたが、とんでもない大人物か、底なしのあほなのは、今の発言でわかった。ああくそ、やめだやめ」


「……何を止めるの」


「麦豊かな国に行って不死鳥を見るのをだよ」


「なんで? 火の鳥見るんじゃなかったの」


それだけがルー・ウルフの何か情報を掴める契機なのに。

彼はあたしをちらっと横目で見た後に、ぐいと体を起こしてあたしの前に座り、いいや、膝をついて言い切った。


「火の鳥の檻が、ろくでもないものだからだ」


彼は淡々と言った。


「あんた、材料が人間の檻ってしってるか?」


間が、開いたような気がする。


あたしは言葉の意味がよくわからなくて、本当によく分からなくて、だが、かーちゃんが金色の糸になっていくが、不意に頭をよぎった。


人を使って作る、檻?


まさか……骨を組み合わせるのか? そんなものがあるわけない、そうだ、あるはず……ない。


「あんまり有名じゃないがな、結構重宝する檻だ」


さらりと言われた中身が、あんまりにも残酷で、残酷すぎて。

自分が息をのむのが分かった。


「人間が材料の檻って……なに、それ」


冗談だと言ってほしいのに、彼は全く持って冗談という空気ではない。

嘘を言う空気でも顔でも、気配でもなかった。

ただ知っている事実を喋る顔だ。

あたしはそう言った表情を、よく知っている。かーちゃんが残酷すぎる物を喋る時の顔だ。

この人は、それによく似た表情をとっている。


「文字通りだ。火の鳥ってのは自分から殺生するのをことさら嫌う温厚な種族、それを利用したくそったれな檻だ。自由に空を舞うのを好む、標高が馬鹿みたいに高い険しい、銀光りする山を根城にする、燃え盛る火よりもきらぎらしいあの鳥を、閉じ込めて置けるたった一つの檻」


あたしはそれ以上聞くと、何かとんでもない事に気付くんじゃないかという気がしてしょうがなかった。

それでも顎を動かす仕草で、話の続きを促すと、彼が告げた。


「ただ人間の骨を使うっていう誰でも作れる檻じゃない。生きた人間を百人以上、檻の材料として、完全な金属たる、黄金により合わせて作られる檻だ。使われた人間が多ければ多いほど大きく豪奢な檻になり、ここからが肝心だが、……檻になっても人間は生き続けるという吐き気がする檻でもある」


「何でそんな物で、火の鳥が」


「言っただろう。火の鳥は殺生が嫌いだ。だから”生きている”檻なんて壊せない。人間がただ見ているだけなら、そりゃあ豪華で、純度の高く価値の計り知れない金色の檻なんだが、一皮むけば人間を生きたまま、ぐちゃぐちゃに混ぜてくみ上げた呪いの塊だ。食べる時以外、虫一匹だって殺すのを嫌う火の鳥が、本能的に壊せない檻になる」


区域の皆は金色の糸になっていった。

あたしは顔や体から、どんどん血の気が引いていくのが分かった。

あの時。かーちゃんは逃げろといった。あたしだけなら逃げられるって。

かーちゃんは。


「あたしをその術から逃がそうとした」


口からこぼれたのは、そんな言葉だった。

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