表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/80

56 ばらばらになった物と確かかもしれない物

「伝染病が広まった区域の、生き残りって……」


何を言いだすんだろう。意味が分からない、と思っていると、彼がもしかして、と言いたそうな瞳を向ける。


「煙を吸った時、変な夢を見るやつもいるって聞いたな、あんたはつらい現実じゃなくてそっちを見て、頭が混乱しているんじゃないか」


「……よく、分からない。あなたは何を知っているの、アスラン」


「おどろいた、おれはそんな立派な名前じゃねえよ」


「……なんで、それでいいって言ったじゃない!」


「あんた相当変な夢を見たんだな、おれとあんたは初対面だし、あんたはおれが焼け跡で倒れているのを見つけなかったら、たぶん土に埋められてたか燃やし直されてたぜ……」


自分をアスランじゃないという、アスランとそっくりなその人は、深く息を吐きだして、あたしに皮の水筒を渡してくる。


「あんまりおいしいものじゃねえけどな、飲みな。あんた喉をめちゃくちゃやられているぜ、その声。酒焼けしたような声だ」


あたしは言われたままに、その水筒の中身を飲む。そして周りを見回した。ここはどこだろう。森の中だという事は間違いない。


「あなたはどういう状況で、あたしを拾ったの。拾った理由は何?」


「王都に借金の取り立てに行くところだったんだ。長い道を通ってやっと……季節が変わるほどの時間をかけて苦労して付いたと思ったら、取り立て先は焼け野原。聞けばそこで真冬に伝染病が発生して収拾がつかなくなって、他所に被害が出る前にあらかた燃やしたんだってな。あー、くっそ! 嫁さんもしくは大量の金が手に入る事になってたってのになあ!」


冬の伝染病。それは去年も流行ったし、この国で珍しい事じゃない。流行る時は流行る。

でも、燃やすなんて事はあたしが生きて来て一度もなかった事だったのに、燃やした?

そしてアスランに似たこの男は、時間をかけて春までかけて王都に来たの……?

じゃあアスランはどこに行ったの。瞳の中の晴れた空の光まで、そっくり同じのこの男は何者。


「どうしてすぐに動けなかったの」


「あのなあお嬢ちゃん、ばか言っちゃいけねえよ。雪が深すぎるのに、春の手前に旅する場かなんて出来っこないだろうが」


「なんで」


「気温が上がって雪解けが起きて、辺り一面緩くなる。こういう時期に雪崩が起きやすくなって、甘く見たばかが死ぬんだ」


実際に雪に埋もれた女を一人見送った、とアスランは言った。


「きれいな顔して眠っているみたいに死んでいる女だったな、綺麗な豪華な衣装着て。大方どこかのお嬢さんが家出して死んだんだろうよ」


そこまで言ってから、彼は言う。


「あんたの素性は」


「王都で、魔女とまで言われた薬師の、二人いる娘の一人」


あたしはそこまで言って怖くなった。どこまであたしの記憶が正しいんだろう。

……いいやそもそも、あたしの記憶は確かなものなのだろうか。

ぎゅうっと手を力いっぱい握る。握りしめて、必死に唇をかみしめて、息を整えようとする。

あたしの記憶は嘘じゃない。

金色の糸に変わるかーちゃんや、区域の皆のことをちゃんと覚えている。

それが、もっと前に燃やされていたなんて冗談じゃない。


あたしは”歩く解毒薬”だ。それは何を意味する。

……何かの術を、自分の周りだけ無効化したこともあり得る。

だがそんな事は可能なんだろうか。時間を逆行させて、過去をかえる事は誰にもできない事だろう。

出来たらそれは、神様だ。

情報が足りない、とそれだけはわかった。


「ねえ、王都に戻ったり「お前はそこなしの大馬鹿か?」


いきなり言われて戸惑った。大馬鹿ってなんで。


「お前のいた所は伝染病が広がって収拾がつかなくなって燃やされたって言っただろう。そこで生きてたやつがのこのこ戻って行ってどうなるか、考えもしないのか」


「だって」


「だってじゃねえ。生き残りはどこでも鼻つまみ者にされるんだよ。経験者は語るってやつだがな。だからせっかく生かしてやったのに、死にに行くのを選ぶのは勧めないな。第一お前はおれのものだ」


「いつ決まったの、そんな事が!!」


あたしが怒鳴ると、アスランに似た人は、その晴れた空のような光を放つ瞳を瞬かせた。


「おれが生かした。それ以上に理由が欲しいなら、今見せてやる」


彼の指先があたしの胸元に伸びる。掴まれた服の襟を引き下げられて、胸があらわになった。

何するのか、とその顔をひっぱたこうとした手が止まる。

胸に、何かが刻まれている。


「お前はもう、“春嵐の獅子”の所有物だ」


刻まれているのは、豊かなたてがみを持った獣が下に落ちて行く図案だ。

その獣は体の中に、茨をはい回らせている。


「……何なのこれは」


「……何なのこれは、はおれが言いたい台詞だな。所有印だったら雌獅子のはずだ、何故雄獅子の模様が出る。……おい“春嵐”、何をとち狂ってこんなの刻んだ? これは所有印じゃねえだろう」


彼が物騒な声で言う。見ているものが信じられないって言いたそうな声だった。

でも春嵐の獅子はどこにもいない。……というか、アスランと同じものをこの人は抱えているのだ。

一体何が正しくて何が間違っているんだろう。

情報の類似点と相違点がぶつかり合って、頭が混乱しそうだ。


「……いつまであたしの服掴んでいるんだよ!」


とにかくあたしは、いつまでもあたしの貧相な胸元をさらけ出している手を振り払った。

振り払った手が、彼の指先にぶつかった時だ。

ばりい、となかなか鋭い雷に似たものがほとばしって、彼の腕を駆け上った。


「ってえ!」


普通雷の痛みって想像以上だっていうから、彼が体をはねあげたのもおかしい事ではない。

あたしは彼を見た後、彼がうんうんうなって、酷く物騒に笑ったから、何でそこで笑うのかと一歩距離を置いた。

それ位に彼の笑顔は怖かったのだ。

しかし彼にはわかった事があったらしい。


「なるほど、そういうからくりか」


「……何かわかったの?」


「色々さ」


彼はそれ以上答えてくれなかったけれども、次に言った言葉はあたしにとって信じられない物だった。


「これから近くの麦豊かな国に行くぞ」


「なんでそこに行くの、そこまでかなり遠い気がするんだけれど」


ルー・ウルフのことも何もわからないというのに、王都から離れてしまったら、二度と彼と会えなくなるような気がした。

一度町を離れたら、二度と会えないなんて事は、家族であっても結構な確率で起きる事だから、それは間違いじゃないのだ。

かーちゃんが毎回毎回、どこかに薬草を採取しに行って、無事に帰ってきている事の方が、すごい幸運なのだ。

しかしかーちゃんは本物の旅慣れた女傑だから、毎回戻ってきていたのかもしれないが。


「そこでは、珍しい火の鳥の羽根を使った装身具を、美貌の姫君が、披露するらしい。火の鳥と言えば、国家繁栄や名君の出現、聖女の覚醒といったおめでたい事が起きたって知らせる鳥だ。その鳥の羽根を使った装身具の発表なんて、お祭り騒ぎの理由にしかならない。稼ぎ時だな」


「火の鳥」


ルー・ウルフは赤々と輝く炎をまとった、金に燃え上がる猛禽だった。

もしかしてあの時、彼は来れなかったんじゃなくて……火の鳥を狙う誰かに、さらわれていた?

だから、十二時を超えても、王様の所から、庭園にやってこなかったとしたら?

よその国で、まるで図ったように、伝説でしかなかった火の鳥の存在が広まっているのは、彼がそこにいるからではないか? とあたしの頭の中の何かが囁いた。

それとかーちゃん達がああなった理由がどうつながっているのかわからない。

でも、何かつながりがある気がして、あたしは顔を上げた。


「ねえ、火の鳥って一般人も見せてもらえそうかな」


「火の鳥は豊かさの象徴でもあり、王位の強さも現すと聞くから、権威付けに見せてもらえることは多いだろうよ」


なら作戦が立てられる。もしもルー・ウルフが望まない呪いをかけられて、またあの姿になっているなら、助けようがある。

それが、かーちゃん達を取り戻す何かにつながるかもしれなかった。


「ねえ、あたしも火の鳥のいる国に連れていってほしいって言ったら、あなたは嫌がる?」


「もともとそこで稼ぐ予定なんだ、こんな集客率が跳ね上がりそうなかわい子が一緒に来るなんて、嫌がる理由にならないな」


あたしの記憶と現状が一致しなくって、アスランらしき人との認識も合わなくって、あたしの足元は結構がたがた揺れているけれど、とにかく、ルー・ウルフの手掛かりになりそうな物は、掴まなきゃいけないと思った。

それが、皆を取り戻すための、何かにつながるような気がしたから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ