表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/80

55 悪夢のはじまりは歓声とともに

鶏を集めるのに、魔法とかの禁止はなかったはずだった。

他の区域がいくら文句を言ってみても、うちの区域が違反を一つもしていないのは明らかで、皆悔しがっていた。


「そっちの区域の隠し玉隠し玉過ぎていやだ!」


「そんな歌があるなんて聞いてない!」


「秘密兵器過ぎるだろ、ずるい!」


あっちこっちで色々すったもんだがあった物の、違反じゃないなら合法なのだ。

うちの区域は、数えた限り六十年ぶりの優勝を果たし、今、皆ではち切れそうな位にご馳走を、お城の庭園で食べている所だ。

勝ってうれしい人たちが、お酒もぐいぐい飲んでいく。うちの区域の人は、お酒も滅多に飲めないから、お酒だって飛び切りのご馳走の一つだ。

お酒を飲まない人や子供たちは、この時しか食べられないと思え、と言わんばかりに食べ物を詰め込んでいる。


「うちで食べる食べ物と全然違う!」


「とーちゃん、鶏のお肉っておいしい!」


「そうだろうそうだろう、もっと食べなさい!」


「ああ、人生生きていてもう一回、このケーキを食べられる日が来るなんてねえ……」


「ばあちゃん、感激しすぎてあの世に行っちゃだめだからな!」


そんなにぎやかで、うちの近所ってしみじみ貧乏だな、と思うことが聞こえてくる中、あたしはルー・ウルフを待っていた。

優勝した後……元王子様が集めた鶏の数は六十七羽だった……彼は陛下に呼び出されて、戻ってこないのだ。

いつまで待たせる気なのだろう。こういうご馳走はあまりものを、一人で食べるよりも、誰かと食べた方が間違いなく美味しいから、あたしは待っているのだ。

かーちゃんは、先に食べたり飲んだりしている。先に食べたりしていて、とあたしが頼んだからだ。

いつもすきっ腹を抱えているような家ばかりだから、もしかしたら皿の上にお肉の一かけらも、何も残らないかもしれないから。

あたしは待てるし、食べるんだったら、彼と一緒に食べたかった。彼が集めた鶏で、食べられる事になったご馳走だからだ。

他の人たちは、待ちくたびれて食べ始めちゃって、今のどんちゃん騒ぎに至っている。

でも、あたしが知っている世界のどんなご馳走よりも、ずっと豪華なご馳走を前にして、我慢が三十分以上続く飢えた人っていないと思う。

皆が先に食べ始めたのは当たり前だ。

アスランは、鶏を逃がしてしまった責任が何とか……と言って申し訳なさそうだったのを見たおばさんたちが、自分の子供たちと一緒に卓に座らせてしまったから、食べている。

卓に座っているのに何も食べないのは、失礼に値するのだ。

かーちゃんは、アスランの隣がちょうどよくお酒に近いから、それで楽しそうにお酒を飲んでいる。かーちゃんはご馳走は子供に譲っている感じがする。

かーちゃんは子供を大事にする人だから、子供たちがお腹いっぱい食べた後の残り物を食べるつもりなんだろう。

実際に、匂いのきつい、子供が手を付けない豪華なもの……例えばこのあたりでは手に入らないカビの生えたチーズとか、苦い味のするペーストを塗ったパンとかをおつまみにしている。


「ルー・ウルフ、いつになったら戻って来るんだろう」


あたしはどんちゃん騒ぎから少し離れた場所で、庭園の入り口に近い方で、元王子様がやってこないか、首を長くして待っていた。

あたしの予想を上回るほど豪勢なこの食事会は、給仕の人にお酒が足りないというと、持ってきてもらえる。

ご馳走も、頃合いを見て、新しいものが運ばれたりしている。

ちらっと見る卓の上のものは、子供が好きな感じの甘じょっぱいたれを塗った家畜の肉とかケーキとか、ふわっふわの柔らかいパンとかはなくなっていて、一口で食べられるようなものが、こまこまと並ぶようになっていた。

これに近所の人たちも、お酒が進んで進んで、寝ている人とか笑って誰かに絡んでいる人とか、歌っている人とか、大騒ぎだ。

そうして騒ぎに騒いで、もう、時計の針は頂点に達しようとしているのに、ルー・ウルフは一向に現れない。ご馳走を食べるつもりがないのだろうか……彼だってこんなご馳走はしばらくは食べられない筈なのに、と思ったその時だ。


ごおおおおん……


普段は真夜中だからという理由で、鳴らされない十二時の鐘が鳴り響き、皆と楽しく笑っていたはずのかーちゃんが、はっとした顔であたしを見た。


「逃げるんだ、ヴィ!!!!!」


「……え?」


かーちゃんの手から、お酒を飲んでいたグラスが、落ちる。

違う。

あたしの眼は信じられない物を映していた。

かーちゃんの手から、グラスが落ちたのではない。


「かー、ちゃ」


「あんたなら逃げられる、逃げ切れる!! 逃げるんだ!!!!」


「何が起きているんだ?」


「あっはっは、酔っぱらい過ぎて自分の手足が見えなくなってきたあ~」


「明日になればちゃんと生えているだろうよ! 今日はご馳走もたらふく食べたし、いい一日になったなあ!」


「このお酒はいい香りがするね、手足が蕩けて行くようだわ」


「ヴィ!!!!!!! お前まで巻き添えを食らっちゃいけない!!!!!!」


あたしは動けなかった。自分の見ている物を信じたくなかったんだ。


「かーちゃん達の体が、溶けてる……?」


近所の皆の体が、ご馳走を食べて眠っている子供たちの体が、手足から徐々に、金色の糸のような物になって、どこかに流れて行くのだ。

何が起きてそうなっているのか。

何の始まりなのか。

あたしには全く分からなくって、動きが固まる。


「ヴィ、ヴィ!!! ……アスラン!! あんた嫁は安全な所に連れて行きな!!!!」


かーちゃんが、隣でつっぷして眠っちゃったアスランの耳元で怒鳴る。もう、その手足は見えてない。

あたしはそこではっとして、かーちゃんに駆け寄ろうとして、それで。


ばりばりばりばり!!!!!! というすさまじい音とともに地面から解き放たれた稲妻を最後に、何も見えなくなった。






「……い。おいしっかりしろ!!」


「う、うう……」


あたしは肩を揺さぶられて、徐々に意識がはっきりしだした。


「何が起きたの……?」


「ああ、あんた息があってよかった、煙を吸っていたから、もしかしたらだめかもしれないって思ったんだ」


視界に映ったのはアスランで、アスランは煤塗れの顔でほっとしていて、ちょっと笑った。

しかしその後難しい顔になって、あたしに謝ってきた。


「悪い」


「悪いって何が……? かーちゃんは? ルー・ウルフは? そうだ、近所の皆は!? お城の庭園でご馳走を食べていて」


あたしがまくしたてると、アスランは怪訝な顔になった。何を言いだすんだろうって顔だった。


「あんたは、伝染病を出した区域のたった一人の生き残りだろうが」


「……は?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ