53 春嵐、落ち込むならば追いかけろ!
「犬猫に嫌われてんのは知ってたんだけどなあ……」
「落ち込む暇があったら鶏探して! 顔を見られた瞬間に逃げられるんだったら、こっちの都合のいい道に、追い立てるのは上手って事でしょう! ほら走って走って!」
あたしはショックのあまり肩を落としているアスランを叱り飛ばす。
たかだか鶏に逃げられたくらいで、そんなに悲しい顔をされても困るのだ。
だってこれからが一番大変で、一番大盛り上がりの鶏大乱闘が始まるのだから。
鶏とほかの区域の人とさらに、お役人という三つと争うこの、どんちゃん騒ぎはまだ始まったばかり、ここでやる気をそがれても困る。
「ヴィ! 私の所に一匹飛び込んできたぞ! 何処に連れていけばいいんだ?」
思い切り逃げ出されたアスランとは真逆に、慌てふためき逃げ出した鶏は、何とルー・ウルフの所に飛び込んでいったらしい。
両手で大事そうに鶏を抱っこしている元王子様に、なんとなくほのぼのとした気分を抱いてしまうあたしだが、とにかく鶏を捕まえたなら、早く専用の檻に入れなくちゃいけない。
このお祭りの鶏を捕まえたら、区域ごとに檻に入れて、最後に数を数えるのだ。
「この前話した、あっちの檻」
「ああ、行ってくる! それにしても、鶏はちゃんとふわふわした生き物なんだな、どくどく脈打っていて温かい」
「ルー・ウルフ、感動してないで早く行くの!」
「ああ!」
嬉しそうに笑った彼が、うちの区画の檻に鶏を入れに行く。それを見送って、さて今年はどこに鶏が多く転送されたかな、と考えた。
そう言えば、鶏がいる方角の方には、のろしがたかれるのだ。
町中を延々とさまようよりも、多少は場所が分かるようにした方が、鶏争奪戦も盛り上がるという理由で、数年前にのろしが採用されたんだった。
「のろしはどっちに上がったかな」
「あっちだ」
「城の方と、商店街の方に上がっているな、二手に分かれた方がいいだろうか、やはり」
「そうだね、アスラン、あんたあたしらと一緒に行くんだよ! あんたが追い立てて、あたしらが逆方向から捕まえれば、優勝に近付く!」
アスランのいい動かし方を見つけたおばさんが、アスランの首根っこを掴んで、商店街の方に走って行く。
あたしはと言えば、ルー・ウルフが戻ってきたらすぐに、一緒に城の方に走って行く予定だ。
なにせ彼は鶏争奪戦の初心者で、アスランよりも乱暴な事が苦手なのだ。
色々教えておかないと、怪我したりひどい目に遭いそうなのだから。
「……って、戻って来る時点でなんで顔に痣作っているの!?」
「他所の区域の人に、鶏を奪われてしまったんだ、この争奪戦は、鶏をただ捕まえるだけでなくて、奪うのもありだったのか」
「まあありっちゃありだけれど……ひっどい顔。頬にそんな真っ青な痣が出来るほど殴るなんて、普通じゃない!」
「抵抗したら、お役人とももみ合いになったんだ、みつどもえで争いになったから、力加減を間違えてしまったんだろう。それよりも、これからどこに追いかけに行けばいいだろうか」
「あののろしをたどっていく」
あたしがのろしを指さして言うと、ルー・ウルフが頷いて、あたしの手を掴んで走り出す。
「あ、あなたいつの間にこんなに足が速くなったの!?」
「仕事先でお使いを頼まれるようになってからだな、お使いも時間制限があるんだ」
にぎわう人たちが、色々声をかけたり野次を飛ばしたりして、鶏を捕まえる代表たちを見送る。
あたしたち以外にも、城の方を目指す代表の人はそれなりにいる。
まあ、去年と違って、最初の三分の間に、どこの区域も鶏を捕まえられなかったのだから、皆今年は全速力で鶏をたくさん捕まえようとしてくるだろう。
「今年は荒れるな……」
「あれるって、空はいい天気だ」
「今年の争奪戦は、すごく争いになりそうって話」
「よく分からないが、危なくなったら私の後ろに隠れてくれ。私は体が頑丈で、直ぐに怪我が治るのが取り柄だ」
「怪我前提にしないで!」
あたしたちは手を握って走る。驚くほどその速度に差がないものだから、ルー・ウルフがすっかり足腰も鍛えたな、と感心してしまう。
「あ、いた! 屋根の上だ!」
誰か通りすがりの人が、どこかの屋根の上でこけこけ鳴いている鶏を指さす。あたしはその鶏の茶色と緑の体を確認した。
「ルー・ウルフ、足掛けになって!」
「どんな風にだろうか」
「壁の方を向いて手をついて、肩を脚立の代わりにするから!」
「わかった」
彼が言ったとおりの状態になったから、あたしは助走をつけて、そのすっかりたくましくなった肩に飛び乗って、そこから飛び上がって、屋根の上によじ登った。
「うわ、さすがあの地区の歴戦の戦士だな!」
「他所の区域の人は、屋根から落して捕まえようとするからな」
何て声も下から聞こえて来て、皆あたしのこと見慣れたよな、と笑いたくなる。
ねーちゃんはこのお祭りが大嫌いだった。騒々しすぎるって言って。
それに蛮族みたいだって言ったけれどお、あたしはこのお祭りの、全力で温かくなったことを祝う姿勢が好きだ。
とにかく、あたしは屋根の上から落ちないように、じりじりと鶏と距離を詰めていく。
鶏の方も、結構慎重に逃げまわる。
「ああもう! 意外とちょこまかして!」
「助太刀はいるだろうか」
「え、ルー・ウルフ、あなたもよじ登ってきたの!?」
「とぼうと思ったら、呆気なく飛び上がれてしまったんだ」
それって不死鳥の何かしらと関わりありそう……と思いながら、あたしは鶏を指さした。
「あれの注意をひいて。あたしが後ろから捕まえる」
「わかった。……鶏は何が好きだろう」
言いながら、ルー・ウルフが膝をつく。何しているの、と思う間もなく、彼が口を開いた。
……柔らかい音の連なりが、彼の口から飛び出す。
「さて、鶏殿。追い立てまわして申し訳ないと思うわけだが……」
「あの兄ちゃん、鶏に謝罪始めたぞ……」
下で見物している人たちが、笑っている。
鶏の方は、じっと彼を見つめて、微動だにしなくなる。
それを幸い、あたしは背後に回って、その鶏をがっちりと捕まえた。
「ごっげえ!!!」
掴まれた衝撃で変な声をあげる鶏。あたしはそれをしっかり抱え、屋根の端までそろそろ降りる。
「私が先に降りて、飛び降りるヴィを受け止めればいい」
どうやって降りるかな、とちょっと考えた矢先、焔が翻るような何かを同伴させて、ルー・ウルフが先に飛び降りた。
そして何の衝撃も受けていないように着地して、あたしに手を広げる。
その気なら信じよう。あたしは鶏ごと、彼の腕の中に飛び降りた。
がっちりと掴まれる。落とされなかったと安心して、あたしは区域の檻の方に走り出す。
あたしが捕まえた途端、あたしを追いかけだす他所の代表の数名。
悪いけれど、このお祭りで何年も鶏抱えて逃げまわったあたしに、追いつくと思うな!
「あの娘っこ相変わらず滅茶苦茶早いんだけど」
「諦めろ、毎年あの娘を追いかけて、誰も捕まえられないんだから!」