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51 春嵐、にわとり集めりゃご馳走が

さてはて、お供えの場所に着いて、皆で持ち寄った掃除道具で祭壇とかを綺麗にする。

一年前掃除した時と同じくらいに泥まみれで、雪が若干溶けているからべったりと重たい。

重たい事は男の人に任せて、女の人は細かく丁寧に掃除する。

子供たちもそれの手伝いだし、あたしはこまこまと祭壇につるす飾りを簡単に編む。

この飾りは、お嫁さんになる前の女の子じゃないと編んじゃいけなくて、初潮を迎えた女の子でなくてもいけなくて、消去法であたしになる。

というのも、あたしくらいの年齢になった子たちは、だいたいお嫁さんに行ってしまうからだ。

あたしみたいに、十六になっても嫁入り先が決まっていない女の子というのは、割と珍しいものだ。

でも、魔女の娘で、魔女の知識を受け継ぐために嫁に行かない、というのがみんなの認識だから、早くお嫁に行ったら? なんていわれる事もない。

綺麗になったら、去年と同じようにお供えものを祭壇に乗せていって、皆で歌を歌う。

唄と言ったって、ただの唄じゃない。山というものに感謝する言葉であり、それと同時に今年も恵みをくださいと、お願いするお祈りに近いものだ。

それが終わったら、皆いっせいにお互いをみた。


「さて、今年ももうじきあれが始まるわけだが」


おじさんがとてもまじめな顔でいう。


「今年は若い生きのいい奴が二人も増えたわけだが。構成はどうする」


「うちのは去年と同じようにかり出されるわけだろう」


かーちゃんが言う。ちらっとかーちゃんを見た三件向こうのおじさんがうなずいた。


「あんたのところの娘が一番、足が速くて持久力があったからだ」


「山で草を摘むのに、持久力がなくてどうするんだい、薬草の場所まで行けないじゃないか」


「言ってくれるな。あんたの娘は一番長い時間、鶏を追いかけ回せるんだ」


「にわとり?」


そこでアスランが怪訝な声を上げた。

鶏を追いかけ回す。

ほかの町の人がこれだけ聞いて、意味が分かるわけがない。

どう考えたって、ただのものには聞こえないだろう

何かの冗談じゃないかって思うはずだ。


「鶏を追いかけ回してどうするんだ」


「日暮れまでに鶏を一番多く捕まえられた区域は、お城の庭でごちそうを食べられるんだ。一生に一度と思うくらいにすばらしいごちそうだ」


「特別な鳥の丸焼き、甘い甘い真っ白なパン。黄金色のバターや山吹色のチーズ。チーズを使った蜂蜜の丸いケーキ。たっぷりのお乳の上澄みで作った四角い型で型どりしたお菓子。山の実を砂糖で煮込んだもの、とにかくたくさんのおいしいものたち・・・・・・」


一回はお城でのごちそうを食べたことがあるらしい、おばあちゃんがうっとりとした声でいう。

聞くだけでも豪華なごちそうだ。どう考えたってこのあたりの区域の住人が、おなかがはちきれるまで食べられる中身じゃない。

だって、鶏の丸焼きなんて、年に一度の祝祭日でも食べないものだ。

肉って言うのは常に豪華な食べ物で、山でとれない家畜の肉なんて、貴重品以外の何者でもない。

脂の割合が多すぎる肉というよりも脂肪のベイコンくらいしか、この辺じゃ肉らしくないのだ。

鶏とか、夢のまた夢。餌だって空から振ってくるわけじゃないんだから。


「区域、どこからどこまでが仲間なのだろうか」


ルー・ウルフが興味深そうに聞いてくる。あたしは頭の中の地図を描いて答える。


「近所百件」


「百件もあるのに、若い男女が少ないのはどうしてだろうか?」


それだけあれば、あたしをそこまで戦力にしないだろう、と思ったようだが、ちゃんと理由があるのだ。


「少ないんじゃなくて、追いかける人間は数が決まっているんだよ」


「そうそう。人数で不公平にならないように、鶏を追いかけまわす人間の数だけは、ちゃんと決まっているんだ。ちなみに範囲も決まっていてね。そこで、持久力があって小回りが利いて、あちこち走り回り慣れていて、いざという時屋根までよじ登って鶏を捕まえる根性を備えなきゃならないんだ」


「待ってくれないか、屋根の上に鶏が逃げるのかい」


アスランが何とも言えない顔をする。そりゃそうだと思っちゃうけれど、膿まれた時からこの祭りを知っているあたしは、そこまでのこととは思わない。


「捕まえ方が下手な奴が持っていると、鶏が大暴れして屋根まで飛ぶんだよ」


「そうかい」


「それで、ねえ。なかなかヴィと同じ歳まで、子供は生き延びてくれない物だから。百件家があっても、子供が十六まで育つ人数はかなり少ないのさ」


「そんなに少ないのは、どうしてだろうか」


ルー・ウルフがとっさに問いかける。子供たちがそんな元王子様を見つめた。


「だって病気になっても、お医者様なんて呼べないもん」


「魔女じゃ助けられない怪我とかもいっぱいあるし」


「ご飯足りなくて死んじゃったりするし」


「薪なくって凍って死んじゃう人もいるし」


「ねー」


「……この界隈は、そんなに死が身近なのか」


「だからこのあたりの住人の数は少ないし、家同士も密着していないだろう?」


かーちゃんが静かに言った。あまりの事に、王子様だった人は何も言えなくなっていた。


「だから、ご馳走腹いっぱい食べたいんだよ」


おじさんの一人が、にやっと笑ってそう言った。


「そうそう。いっぺんくらい子供にご馳走を腹いっぱい食べさせたいんだよ。じいさんばあさんにも」


それを聞いた王子様の目に、強い光が宿る。


「なら、全力で鶏を追いかけなくてはいけないな」


「おれは追い立てる方だなぁ。屋根に上るのは苦手だ。図体が大きいせいでな」


よそ様の家の屋根に、穴開けられない、とアスランも言った。

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